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魔法の訓練(1)


 唐突だが私はよく見る夢がある。

 とても大事な人がいて、その人を想って想って泣く夢だ。それは私の記憶から消えた家族に対してかもしれないし違うかもしれない。つまりはよくわからない。

 そして忘れた頃に見せられる同じ夢の不思議さには慣れたが、もの凄くブルーな気分で目覚めることになるのは未だにいただけない。


 目覚めると同時に大きなため息を吐くと、目尻を伝う雫を雑に拭ってベッドから起き上がる。

 視界の端、カーテンの隙間から見える外はまだ薄暗い。けど二度寝の気分でもなく仕方ないとベッドから降りた。

 毎度のごとく気分は大変すぐれない。

 ため息をもう一つ追加して寝巻き兼部屋着のワンピースの上から愛用のローブを羽織り、部屋を出ようとしたところで窓の外の音に気づいた。



 ――シュンッ! ――ブンッ! ――ザザッ!



 何だろう? 聞き慣れない音だ。


 恐る恐るカーテンの隙間から外を覗けば、ルークさんがデュランデル(聖剣)を振り回している。

 いや、振り回してるは語弊がある、これは所謂鍛錬ってやつだ。



( 休息が必要って言ってたのにねー… )



 むしろ言い切ってた。

 私はカーテンを少し開け、窓枠に肘を付きルークさんを見下ろす。ここは二階だし余程集中してるのかルークさんがこちらに気づくことはない。


 デュランデルを構えて、足を一步引き斜め下からの振り上げ――シュンッ! からの手首を反して後方への払い――ブンッ! そして元へと戻る。

 構えを変え、足の運びを変え、決め手を変え、ルークさんは何度も繰り返し続ける。

 きっとこれを毎日しているんだろう。たぶん昨日も。私は起きるの遅かったし。


 今はちょっとだけ険しい端正な顔には汗が滴り、師匠用に買い置きしておいたルークさんにはピッチリ過ぎるシャツは、この鍛錬の経過時間を物語るように完全に色を変えている。

 暫くそれを眺めた後、私はグッと伸びをして腕をまくる。



「――さて! では美味しい朝食でも作りますか!」



 ブルーな気分はいつの間にか晴れていた。




□□□




 朝食を並べ終えたタイミングでルークさんが居間へとやって来た。

 汗を流してきたのだろう、濡れ髪に首からタオルを掛けただけの上半身は裸。大胸筋と六つに割れた腹筋を惜しげもなく晒している。

 色気が…、色気が半端ない。これは完全にR指定のやつだ。


 ……うん、鼻血吹き出していい?


 脳みそと心臓に重大な衝撃を受けて逆に感情が飛んだ。



「オハヨウゴザイマス」

「ああ、おはよう。でも何で片言?」

「ソウイッタ気分ナノデ」

「そう? ――あ、ごめん、君がいると思わなかったから、ちょっと服着てくるよ」

「ソノホウガイイ思イマス。 チノウミ二ナルンデ」

「ちのーみ?」

「ナンデモナイノデハヤク行ッテ」



 血の海地獄は何とか堪えたけど、朝から偉い目にあった。恐ろしい肉体美だ。背中側でも凄かったけど前はダメだ。心臓止まるかと思った。

 心を落ち着ける為に、リラックス効果のあるハーブティー(師匠作)を飲んでいたらルークさんが戻った来た。ちゃんと服も着ている。大丈夫だ私、平常心、平常心。


 新たなピッチリシャツを着たルークさんはテーブルに並んだ盛り盛りの朝食を見て気まず気に頬を掻いた。



「あー…、今日は早起きなんだね…。もしかして外…、いや何か見た?」



 並んだ大量なる食事を見て、私が気づいたか探りを入れるルークさんにニッコリ笑顔を返す。

 


「何かとは?」

「あー、いや、何でもないよ」

「そうですか! じゃあ食事にしましょう! 必要なくても、その肉体び……体には養分が必要なはずです!」

「養分…」

「そうです! ()()()()()使った体は使った分だけ色々減るんです! だからしっかり食べないと」

「……そう、だね…」



 ルークさんは何とも言えない顔で頷いた。

 弱み(切り札)はそう簡単につまびらかにはしないものですよ!



 それはさて置き、どうだ!とばかりにテーブルに並ぶのは。

 召喚魔法を駆使した朝採り卵のオムレツに、こんがり厚切りベーコンとボイルドソーセージに新鮮野菜のサラダを添え、塩漬けハムと根野菜のさいの目切りを入れたコンソメスープと、奮発して買ってきた白パン。そして、再びの召喚で手に入れた搾りたて牛乳、で完璧(パーフェクト)



「魔力の使い方が破天荒過ぎる…」

「そうですか? 私にとってはちゃんとした有効活用ですよ」

「うん、まあそうなのかな…」


 

 何となく濁したような言葉尻が気になるものの、搾りたて牛乳が美味くてそれどころではない。しかも牛乳は()()()()()にイイと聞く。

 自分の胸を見下ろす。そういえば、ルークさんの大胸筋の方が()()()気がする…。

 

 二杯目の牛乳を注ぐ私にルークさんが言う。

 


「ああ、そう。その魔法の訓練なんだけど」

「おわ…っと! えーっと、…はい」


 

 思わず牛乳を零しかけたが堪える。

 そんな私をルークさんが若干胡乱な目で見るけど、違うよ動揺しただけだから、忘れてないから。



「……そう、どこかに広く拓けた場所とかないかな?」

「拓けた場所? 訓練にですか?」

「ああ、万全を期した方がいいからね」

「万全て…」



 どういうことだろう。私が逃走するとでも思っているのか? だとしたら不服だ。



「私は今更逃げないですよっ」

「――ん? …ああ、違うんだ。魔力が暴走した時の為だよ」

「いや、暴走て…」


 

 次は不穏な言葉がきた。


 え、どういうこと!? ルークさんさわりだけだって言ったよね!? 魔力を感じれるようになればって! その訓練てそんなに危険なの!? いや師匠も度々危険な目にはあってたけども、主に私の訓練で!


 ……………だからか。

 

 

「…あー、えーっと、森を二十分くらい行った所なら」

「よし、じゃあ食べ終わったらそこに行ってみよう」

「や、でもルークさんも危険てことですよね?」

「それは暴走の件? でも君の師匠も大丈夫だったろ?」

「はい、まあ」

「だったら大丈夫。暴走しても俺が抑え込むから」

「………」



 めっちゃ笑顔だ。ついでに今、頭の中で、その笑顔のまま片手で抑え込まれる(子ドードー)が浮かんだんだけど…。

 私は遠い目で牛乳をグビリといく。ルークさんがスパルタでないことを祈ろう。




□□□




 街とは反対側に、森を歩いて二十分。木々が途切れポッカリあいた広場に出る。



「うん、ここなら良さそうだ」



 ルークさんは周囲をぐるりと見渡して頷く。



「あのー、出来ればお手柔らかに…」

「はは、そんなに構えなくても。今日はそんなに大変なことはしないよ」

「…()()は…?」



 やっぱり不穏だ。

 

 広場の真ん中に移動したルークさんはそこに座り込むと私を呼んだ。



「ドーリー、目の前に座って」



 ある程度の距離をあけ座ると、もっと近くにと言われ最終的には膝を突き合わせる距離となった。……近くない!?

 でもルークさんは気にすることなく両手をこちらに差し出す。手のひらを上に向けてだ。これはあれだ、前回と同じ。

 ルークさんが鍛えようとしてるのは魔力でなく私の精神力か?

 平常心と心の中で三回唱え、なるべく視線は下げたままで手を重ねる。



「じゃあ前と同じ要領で。手のひらに魔力を感じたら言って」

「はい………――あ、きました」

「うん、次はその感覚を体の中に取り込む感じで」

「中に?」

「そう。指先から腕を通して体の中心に持って行くんだ。まあでも、たぶん直ぐには無理だと思うから、今回は強制的に魔力を送るね」

「いや、強制的って!?」



 唐突にきた不穏ワードに思わず視線を上げてしまって無駄にダメージを負う。くっ、顔が近い!

 そして一切の口答えは許さないというような、清々しいまでの笑顔!



「まあ、取りあえずはやってみようか?」

「……了解デス」



 今度は目を閉じる。その方が感じ取れやすそうな気がするし、無駄なダメージも食らわない。



「それじゃあ仕切り直すよ。もう一度魔力を感じて」



 ルークさんの声を頼りに再び手のひらの魔力に集中する。



「まずは指先」



 指先からほわりとした温もりが入り込み、じんじんとする。



「次は腕を通って鎖骨に」



 温もりは広がるようにゆっくりと腕を上り鎖骨をくすぐると、体の内側が一気に熱くなった。


 酷い熱さというわけではない。これはアレだ、師匠に内緒で秘蔵のお酒を盗み飲んでみた時の様な。アルコール度数の高いお酒は私の体の中をカッと燃やした。それと同じ。

 ふわっとした脳内に、「どう?」とルークさんの声が響く。



「酔いそう…」

「酔う? えーっと、気分が悪い?」

「いえ、違うくて……」



 むしろ気持ち良いし心地良い。これはルークさんの魔力だからだろうか?

 ちなみにお酒を飲んだことは直ぐに師匠にバレて、めちゃくちゃ怒られた。


 拒絶の声がないことで納得したのか「だったら続けるよ」とルークさんの声。とりとめもなく広がっていた熱が、その瞬間ぎゅーっと集束されてゆく、体の真ん中へと。



 ―――熱っ!?



 これは本当に熱い。明確になった熱の塊は丸く、体の中でぐるぐると渦巻くよう。

 ギリギリ耐えられる熱さだが長くは持たなさそうだ。



( 強制的にって、これか!? )



 反動とかそんなものだろうか? と、考えるがそろそろ限界が近い。



( …うん、これ以上はちょっと無理だな )



 ルークさんにギブアップを告げようとしたとこで、急に熱が和らいだ。


 渦巻いていたものが落ち着き最初の温度へと戻る。丸く暖かい温もりが、その場に定着する。そこがあるべき場所だと。

 そして次に浮かんできた感情は。



 ―――懐かしい、……だった。




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