第1話 勇者追放
巨大ゴーレムを前に、俺は仲間に背後から襲われた。
「死ねえ、イーサン!」
「――ガハッ!!」
ギリギリで回避したつもりが、腹部に槍が刺さった。口から血を吐き出し、俺は死にかけた。
う、うそだろ……よりによって、一番信用していた親友に裏切られた。
「フハハ、苦しそうだな……イーサン」
「……ガイウス、てめぇ……」
ガイウス・フェイルフレンドは、村で一緒に育ち、今日まで苦楽を共にしてきた仲間。クルセイダーであり、今まで俺の盾として守ってくれていた。なのに、なぜ……俺を刺した。
他の仲間も笑って見過ごしている。
コイツ等……最初から俺を裏切るつもりで……!?
クソッ、目の前には巨大ゴーレムも迫っているっていうのに。
「イーサン、あとはお前でなんとかしろ! もっとも、助からないだろうがな!」
もう一人の仲間、マクシミリアン・フェイクウェルが悪魔のような笑みで俺を見下す。プリーストのする顔じゃねぇ……。コイツこそ邪悪そのものじゃないか。
みんな倒れている俺を置いて、去っていく。
クソ、クソ、クソオオオオオオ!!
ズシン、ズシンと俺の方へ迫ってくる巨大なゴーレム。
こんな土くれ、俺ひとりでなんとかしてやらァ!!
「うおおおおおおおおおお……!!」
俺は勇者だ。
世界を救う男なんだ……!!
▼△▼△▼△▼△
魔王城の前にある高難易度ダンジョンを踏破した俺。ギガントアイアンゴーレムをぶっ倒し、生還した。
街へ戻ると、人々は俺を見て青ざめていた。
「お、おい……」「勇者様の腹部に槍が……」「大丈夫なのかよ」「いつもの仲間はどうした?」「なんでも裏切られたって話だ」「勇者が死にかけているぞ」「いいのか、あれ」「誰か治療してやれよ」
なぜお前達は俺をそんな目で見る。
なぜ、俺を助けない……。
俺は今まで人間の為に尽くしてきた勇者だぞ。
だ……誰か……せめて、水を……。
その場に倒れ、俺は力尽きた。
クソ……誰も助けてくれない。
疲れ切った中、街の役人が現れた。
「勇者イーサン、これを見ろ」
「な、なんだ……」
「これはお前の手配書。お前は世界中の敵であり、お尋ね者」
は……?
なんで、どうして……そうなった?
「い、意味が分からない!!」
「手配書にはこう書かれている。イーサンは“偽の勇者”だとな! よって人間界を追放するとな」
「追放……だと」
「お前は人々を欺き、裏金を得ていた……そうなんだろ!?」
ふざけるな、そんなことをするワケがない!
……チクショウ。
恐らくはガイウスの仕業だ。
俺をハメたんだ。
許せねえ……!
このままだと捕まって処刑される。
そんな屈辱を受けるくらいなら、俺は単身で魔王城へ乗り込む!
懐からアイテム『アオベの葉』を取り出した。これは特殊な転移アイテムであり、どこでも使用可能だ。
魔王城前までは移動できる。
「転移・魔王城前……!」
「イーサン、貴様ああああああ!!」
俺を捕まえようと役人は向かってくるが、その前に転移できた。
▼△▼△▼△▼△
ギガントアイアンゴーレムの棲息していた渓谷を抜けると、その先に魔王城・クロンハイムがある。
この先は魔界にも通じるシュヴァルツヴァルトがある。
魔物が好んで住む暗黒世界だ。
俺は高レベルモンスターから隠れながら、先へ進んだ。
いちいち相手にしていたらキリがないからだ。
ついに魔王城・クロンハイムに潜入した。
城内にある『モンスター迷宮』のことは、ある賢者に聞いていた。情報通り。迷宮にはヤバイモンスターがわんさか。いわゆるモンスターハウスと化していた。
通常ならアレを討伐しながら向かうしかない。だが、ここを簡単に突破する方法を俺は知っていた。
普通に迷宮を歩くのではなく、天井を歩けばいいと聞いていた。
ジャンプして天井へ。
すると足がついた。
やっぱり、そういう仕掛けなんだな。
これなら簡単に魔王の元へ辿り着ける。
急いで走っていくと、魔王の部屋が見えてきた。
大きな扉を開けると、そこには――。
『……よくぞ来た。勇者イーサンよ』
少女の声がした。
噂通り、魔王は女か。性別なんてあるのかも分からないけど。少なくとも人間基準で言えば少女で間違いない。
「お前が魔王ハティ!」
「そう警戒するな、勇者よ」
「なに……?」
聖剣を構えていると、闇から魔王が姿を現した。
黒いシスター服に身を包み、赤い宝石のみついている指輪、イヤリング、ネックレスをしていた。微かに見える銀の髪は、この世のものとは思えない輝きを放つ。
なんて美しさだ……魔王とは思えない。
まさか、こんな若い少女だったとは。
はじめて見る姿に俺は、ただただ驚いた。
「イーサン、お前は仲間に裏切られ、世界に裏切られた……だろう?」
「な、なぜ知っている!」
「分かるさ。ギガントアイアンゴーレムを通して見ていた。それに、街の出来事も使い魔で監視していた」
「ずっと見ていたのか」
「それより、イーサン。お前は不運だな……親友と思っていた相手に殺されかけて」
「だ、黙れ! お前を倒してやる。それで世界は救われるんだ」
けれど魔王ハティは、覇気もなく冷たく笑うだけだった。
コイツ……殺気がまるでない。
まるで対話だけを望んでいるような、そんな態度。
「わたしを倒す? その深く傷付いた体で挑もうなどするな。弱体化した勇者を倒したところで、なんの価値もない」
「なんだと……!」
「そんなことよりも我が軍門に下れ。お前は薄々気づいているはずだ……自分の心の奥底に“闇”が根付いている、と」
……そうだ。
俺は仲間と世界に裏切れた。
それからというものの、聖剣は光を失い……俺自身も力を失っていた。今の状態では魔王を倒すことなどできない。そんなことは分かっていた。
それでも俺は世界の為に……と。
馬鹿だ。
なぜ世界を救う必要がある。
こんな世界は……もういらない。
いっそ魔王に支配されてしまえばいいのだ。
「魔王ハティ、お前のしようとしていることは世界の支配、間違いないな」
「そうだとも。我が正義の為に人間界を支配する」
「正義――か。魔王が正義を語るとはな」
「こちらにも大義名分がある。それを分かろうとしないのは人間の方だ」
まあいい。俺にはもう人間を守る意味なんてないのだから。
勇者は必要なくなった。
必要とされなくなった。
なら、俺は好きに生きるよ。
ずっと縛られてきた人生だ。こんな時こそ、俺は好きなようにする。
「魔王ハティ、俺はあんたの軍門に下る。忠誠を誓うよ。この聖剣イルミナリウスにもな」
「よかろう。お前には『ナハトズィーガー』の位をくれてやろう。最高幹部を超える地位だ。不満はなかろう」
「夜の王か……分かったよ。で、なにをすればいい?」
「まずは手当をしてやろう」
手を向けてくるハティ。俺は警戒するが、なぜか治癒魔法が飛んできてビックリした。魔族がハイネスヒールだと……?
驚くべきことに、俺の穴の空いた腹が完治した。
ありえない……魔族がここまでの高位治癒魔法を扱えるなんて。いや、ないことはないか……。いや、だがこれは……神聖すぎる。
「今のは聖者や聖女クラスの治癒魔法だったぞ」
「そうさ。わたしは魔王だが、治癒魔法が扱える。だが、不思議なことではない。ボスクラスともなれば、大抵のモンスターは回復していただろう」
確かに……ピンチになれば、どのボスモンスターも自己回復をしていた。けど、ここまで人間らしい回復スキルを使うモンスターは存在しなかった。いたとしても、ほんの一部。
魔王はその一部だとでもいうのか。
「いったい……」
「今は休め、イーサン。お前の心身が疲弊しておる」
「そ、そこまでの気遣いをしてくれるとはな」
「無論。お前は特別さ。今は休め」
「……分かった。従う」
今は魔王城でゆっくりと休もう。