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春を夢見て

作者: 笹木 人志

 雪がしんしんと森の中で降り積もります。木々の枝にはたっぷりの雪がのっているので、枝は大きくたわんでいます。時々、その雪がざざーっと落ちて、枝が跳ね上がりました。

 地面に積もった雪の上には、いろいろな動物の足跡が、色々な方向に向って点々と描かれていました。


 雪の斜面には、何かのはずみでころころと、雪をまといながら転がってできたゆきまくりが、木立にあたって止まっていました。


 雪で覆われた山は、とても静かでした。まるで羽のようにふわりふわりと落ちてくる、おおきなぼたん雪が落ちる音でも聞こえそうです。


 そんな静けさをやぶるように、鳥の声が近づいて来ました。名の知らない鳥は、山の中のすこし開けた場所に飛んでくると、そこの枝で綺麗な声でさえずりました。


 その鳥が止まった木の近くには、こんもりと小さな雪の山がありました。それは、今はもう使われていない、ちいさな炭焼きのかまに雪が沢山降り積もったものでした。


 その小さな雪の小山の中で、小さな声がしました。


「おかあさん、あのきれいなこえはなぁに?」


 それは、この冬の初めに生まれた小熊の声でした。お母さん熊は、お父さんと結ばれたあと、この中で冬ごもりをしていたのです。お父さんは、お父さんで自分の体が入る大きな穴を探すために遠くに行ってしまいました。

「あれは、冬にやってくる小鳥さんの声ね」お母さん熊は眠そうに答えました。熊はぐっすり眠る事はありません、大きな体を持っている熊でも、寝ている間に襲われたらひとたまりもないので、あさい眠りの中に居ることが多いのです。


暗い炭焼きのかまの中にかすかに届く鳥の声に、親子はぼんやりと目を覚ましてしまったようです。


「おかあさん、おなかすいた」と小熊がいうと、お母さん熊はそっと、小熊を引き寄せておっぱいに近づけました。小熊はおっぱいをちゅうちゅうと吸うと、お腹一杯になったのかあっという間にまた寝てしまいました。


 可愛い小熊を抱き寄せ、お母さん熊は、ぐうとお腹が鳴るのを感じました。何時ものことですけど、冬ごもりをしてから雪が溶けて、沢山の美味しい草木の新芽が芽をふくまでは、何も口にすることはないのです。


 この冬が始まる前の秋、この山ではどの木も実りが少なくて、どんぐりも、ぶなの実も沢山食べる事が出来なかったのです。お腹に中に子供がいる母熊はとても困りました。


 仕方なく母熊は人影の少なくなった里に降りて廃屋の庭に生えた柿の実や、耕作されなくなった畑の芋などを食べていたのですが、たくさん歩いたりした割りには、満足できるほど食べる事ができませんでした。どうしても途中で人に見つかって追い返されてしまうことも多かったからです。


「春が待ち遠しいわ」お母さんは、そう思いながらまた浅い眠りに就きました。お腹一杯食べられる夢を見ながら・・・


親子は、そうして時々目を覚ましては、おっぱいをあげたり、会話をしたりしていました。


「ねぇ、ぼくらはずっと、このくらくてせまいいところにいるの?」子どもはある日、そう聞きました。その頃の母熊といったらめっきり痩せてしまい、ひもじい気分でした。


「いいえ、暖かくなったら、ここを出て外の広くて明るい場所に出るのですよ。」お母さん熊はそう言いながら、アマニュウの新芽やネマガリタケの味を思い出していました。ーああ、もう少し辛抱すれば、春が来るのにー


「そとって?」


「お日様というものが、全てを照らして。眩しいくらいなの、そして、お日様が沈むと、暗くなるけど沢山の星々が輝いてきれいなの」


「おひさま、おほしさまというのがあるんだ・・・はやくみてみたいな」


「おひさまは、ひとつしかないけど、とても眩しくて、全てを照らすの。お星様は、とても小さい光だけど、沢山お空に散らばっているのよ」


小熊は、そんなお日様やお星様ってどういうものなのだろうと、考えながらうとうととしました。



 ある日、小熊は目をさますと、炭焼き窯の出入り口に積もった雪に触って、「つめたい」と小さく叫んで腕を引っ込めました。


 「まだ外は冬だからね。今はこうして丸くなっていたほうが暖かいよ」母熊は、小熊の指を大きな手でそっと包みました。「そのうち、春がくれば外も暖かくなるわ」



「おかあさんより、あたたかいの?」小熊は、そっとお母さん熊に寄り添いました。


「ええ、こうして寄り添わなくても、どこでも暖かく過ごせるわ」


お母さん熊は、そう言いながら記憶にある春の光景を思い出しました。あとどれくらいで春が来るかしら?


「じゃあ、もうこんなせまいところに、いなくてもいいだね」


「いいえ、外の世界では、春、夏、秋、冬と巡っているの、冬がくればまたこうして、穴を探して冬ごもりをしなくてはならないのよ」


「はるって?」小熊は訊きました


「お日様の暖かさを感じる季節ね、沢山の若葉や芽がでてきて、山は新緑で覆われるの、、そして美味しい食べ物が沢山生えてくるのよ」


「おかあさんのおっぱいより、おいしいの?」


「ええ、そうよ。」


「ぼくもたべてみたいなぁ」


「この穴から出られるようになれば、お母さんが食べられるものを教えてあげますからね」


「たのしみだなぁ、はやくここからでられるといいのに・・・なつは?」


「ちょっと、暑くてしんどい季節かしら、食べ物も少なくなってくるから、山の上の方にあがって、涼しい処でのんびりと過ごすのよ。」


「しんどいのはいやだなぁ、できればのんびりしていたいな。」


「冷たい川に飛び込んで遊んでみると良いわよ。きっと他の熊の子供達も遊びに来ているかも知れないわね」


「ほかにも、こどもがいるの?」


「もちろん、きっと出会えるわよ」


「おともだちになれるといいな」


「そうね」と返事をしながらも、じゃれあいながら、生存競争に勝つための喧嘩も覚えないことを思うと、ため息も出てしまいました。


「あきは?」


「冬を前に、山に沢山の木の実が実るわよ。どれも美味しいものばかり、山の木々が赤や黄色に変わってゆく姿も綺麗なのよね」


「きれいないろよりは、おいしいものがいいな」


「あらら、食いしん坊さんね。お母さんが食べられる木の実を教えてあげるわよ。でも、みんな一生懸命に食べるから、他の熊に負けないように、沢山食べないといけないから、それはもう競争よ」


「ぼく、ちゃんと、たべられるかしら?」


「大丈夫、そんな時のとっておきの場所もあるの」母熊は、その場所を本当に教えるべきか実はずっと悩んでいました。人家があるので危ない場所でもあるからです。


「どこなの?」


「それは内緒・・・」


「ずるいなぁ」


「ふゆは?」


「冬は今、外は寒くて食べ物もないわ・・・山は、雪で覆われて真っ白なの」


「さむいのはいやだな」


「だから、こうして寝ながら春を待つのよ」


「うん・・・はやくはるになるといいね」


「そうね、もう少しの辛抱よ。いまは寝ていなさいね」


2匹は、また静かに眠りにつきました。母熊のお腹がぐうと鳴きました。


 ある日、お母さん熊はひもじさのあまり、子どもを置いて外に出ることにしました。小熊に話したとっておきの場所に行ってお腹の足しになるものを探しに行ったのです。


 そこは以前人が住んでいたところで、その集落の外れには畑がありました。そこに行けば芋でも残っていると思ったのです。ふらふらになった体を動かし、廃屋が並ぶ村に出て、雪に埋もれた畑を掘り返しました。夢中で掘っていると、案の定幾つもの芋が土の中から出てきたので母熊は、子供に飲ませるお乳のためにと、無我夢中で幾つもの芋を食べました。


 その時、大きな音がして、母熊は猛烈な痛みをお腹に感じて雪の中に倒れました。夢中になって食べていたせいで、人の匂いに気づかなかったのです。母熊は、血を流しながら雪の中でもがきながら再び立ち上がり逃げようとしました。


 しかし、もう一度大きな銃声がこだますると、母熊は雪の中にどさっと倒れてしまいました。もう動く事もありませんでした。


 やがて熊の周りに、銃を持った人々がやってきました。


「こいつか?」


「いや、この前襲ってきたのは、もっと大きいやつだった。」


「いずれにしろ、今年の秋は木の実が不作だったせいで、途中で目覚める熊が多いからな、やつらは飢えて危険だ。目覚めたやつは処分した方がいだろう、可哀想だけど仕方ないさ」


 母熊の亡骸は、人間たちが力を合わせてトラックの荷台に積み込まれました。そして、柔らかくなった雪をはね飛ばしながら、トラックは山から去ってゆきました。


 小熊は、母熊が帰ってこないことに寂しさを感じていました。そしてとてもひもじい思いをしていました。小熊はどんどんやつれ、空腹のあまり深い眠りに落ちてゆきました。


 夢の中で、小熊は春の夢を見ていました。温かな日射しを浴びて、青々をしたやぶの中を、母熊と一緒に進んでゆく夢でした。


「きもちいいね」と小熊は、夢の中で暖かい空気を吸いながら青い空を見上げました。


「本当に今日は良い天気だわ」と母熊は、元気そうについてくるよちよち歩きの小熊を振り返りました。「疲れないかい?」


「だいじょうぶだよ」小熊は、元気そうに答えました。でも、お腹がぺこぺこなので、本当は、休みたい気持ちもありました。


 小熊の、歩調から疲れているかもと母熊は思いましたが、もうすこし先に行った処に、食事をする場所があったので、あえて休みませんでした。


 やがて、小熊の鼻を美味しい匂いが、通過してゆきました。

そこには、たくさんのネマガリタケが生えていたのです。

「春には、これが美味しいんだよ」と母熊は自分でそれを食べてみせました。小熊もそれを見習いました。そのおいしさに小熊は、思わず「美味しい!」と叫んでしまいました。

「あらら、食べる時は静かにね・・・ここはお母さんの秘密の場所、声を出したら他の熊に見つかってしまうわ」


「え、ほんとう?」


「本当よ」と母熊に言われて小熊は不安になって、辺りを見回しました。そんな様子がおかしくて母熊はくすりと笑いましたが、小熊はそんなことを知るよしもなく、周りを見回しては静かに柔らかい筍を口にしました。


2匹は、沢山食べてお腹がいっぱいになると、大きな岩の陰に隠れてじっと休みました。母熊は、小熊を温めるように体を丸めて、子供を包んでいました。


 夜には、沢山の星が見えました。「はるは、よるもきれいだね。」小熊が手を伸ばすと、小熊の魂はすーっとお星様にさそわれるように、北の空に飛んでゆき、こぐま座に吸い込まれて行きました。そこには、冬を越せなかった仲間達が小熊を歓迎して待っていました。


 小熊は、北の空に一年中いて、故郷の山の四季の移り変わりを見ることができるようになりました。そして母熊の魂も大熊座に吸い込まれて、小熊に寄り添いながら、優しく語りかけるのでした。


「今年の春はどんな春になるのかしらね」


「きっとすてきなはるだとおもうな」



読んでくださり、ありがとうございました。

ご指摘、感想などありましたら宜しくお願い

いたします。


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― 新着の感想 ―
[一言] 文章がとても美しいなぁって思いました。 母グマ、かわいそうでしたね。 夢で子グマと会えたのにはホッとしました。
2024/01/23 10:27 退会済み
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