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そこはかつて、〇〇だった。  作者: 夕暮 瑞樹
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第一話 旅の始まり

 サタは小屋の扉を開けた。

「ミラ、調子はどう?」

欠陥だらけの部屋の中にポツンとあるベットに寝ていた彼女は、サタの声に反応して身体を起き上がらせ、開いたであろうドアの方をじっと見つめた。

「ミラ?」

サタはミラの側に寄ると、手探りでランタンを探し、自身の鞄に手を伸ばし、これもまた手探りでマッチを取り出す。手にしたマッチの火をランタンに移してミラに見してやれば、ミラは安心したようにまたベットに寝転がった。

「なんだ、サタか。」

長い沈黙を過ごしていたミラの声は、掠れてはいるものの、暗くは無かった。その様子に安心したサタは、ランタンを紐に吊るして鞄を下ろす。

「誰だと思った?」

「番人か、お母さんか。」

「こんな時間に?」

「…今何時よ。」

ミラはまた身体を起こして時計を確認したが、どうやら針が止まっていた様で。舌打ちと共に寝そべった彼女は、「ん。」と此方を指差した。その意を察してミラの代わりにサタが時計を確認してみれば、時計は二時半を指している。

「二時半丁度。」

「…何て時間に来てるんさ。」

アハハと空笑いをするサタ。ミラは寝返りを打って、サタから顔を背けた。

「ごめんって。ずっと寝てるもんだからちょっと心配になってね?」

敢えて問いかけてみたけど、彼女は返事をしなかった。

「…本当は、久しぶりに会いたかっただけ。」

サタは静かにそう答えた、ミラに嘘は通じない。ミラへの心配が嘘って訳じゃ無いけど、それなら明日にでも出来る。それに、サタが連絡も無しに会いに来たのはこれが初めてであり、寂しさが故にそうなった事も、親友のミラからしたら明らかだった。


「天井、ぶち抜いて仕舞おうか。」


唐突に聞こえてきたミラの言葉に、サタは驚いた。

「有っても無くても変わらないんじゃ、屋根なんて意味ないでしょ。」

「雨の時は?」

「雨を楽しむ。何も変わらない部屋よりは、何か変化のある方が面白いでしょうよ。」

さらっと言いのけたミラの顔に迷いは無い。流石に雨を凌ぐ範囲くらいは残しておいた方が良いんじゃないかとは思ったけど、屋根を壊す行為自体に対して何か反対の意見を持っている訳では無かった。

 ベットから流れる様に起き上がったミラは、早速小屋の外に出て行き、ゴンカンと音を鳴らす。一瞬の沈黙の後に聞こえた衝撃音で、屋根の一部がサタの側に欠け落ちた。

「其処にいたら危ないかもよ。」

開いた天井の隙間から覗くミラの顔は、暗がりの中でもさらに暗さを増した黒となって此方を見つめる。その後ろにちらりと見える揺るぎ無い満月は、一時的にミラに神秘性を纏わせた。

「ほら。」

ぼーっとしているサタを急かすと、ミラは容赦無く屋根を壊していく。板を並べて接着しただけのボロ小屋の屋根は、最も簡単に無くなってしまった。ミラは消え果てた天井から直にベットへ飛び降りると、此方に手を振り作業完了の合図をした。

「これなら壁もいらないんじゃ無い?」

「いや、壁はいるよ。一応私の家なんだから。」

サタはそっか、と相槌を打つ。これで屋根のない家に住む友人を持つ事になったサタは、木の破片で多少の汚れが見えるのに構わずベットに寝転んだ。

 続けて寝転ぶミラは、サタが思っている以上に、久しぶりの友人の訪れに興奮していた様で、

「散歩に行こうか。」

と何時もなら口にしないフレーズをサタに聞かせた。サタの回答を待たずして立ち上がると、食料やらなんやらを詰めた鞄を手にする。さっきから立ったり寝転んだりを繰り返している所為か、ミラはクラクラする頭を手で摩っていた。

「何処まで行く?」

サタが問うと、ミラは視線を変えずに考える。


「…行けるとこまで。」


長い沈黙の後、ポツンと浮きだったミラの声は、まるで月の様だった。





 相変わらずの満月が浮かぶ最中、ミラはサタにもたれ掛かった。

「疲れた?」

そうサタが問うと、ミラはサタにもたれ掛かりながら頷いた。

 この街はずっと暗い。何時までも、何処までも暗い。だからランタンやマッチは欠かせないし、無くなったらもう月明かりしか頼りは無い。ミラは「行けるところまで」とは言っていたが、サタが所持するマッチはもう余りが無い上、ミラの家は森で囲まれている。今はもう森を抜けてしまってるが故に、早く行ってしまわないと次に何時マッチが手に入るか分からない。

「帰れなくなるかもよ?」

サタがまた問うと、ミラもまた頷いた。

「それでも良い。」

「…。」

ミラが肩に掛けた鞄を持ち上げると、中からビニールシートを取り出して地面に広げた。二人して同じシートに座り、寝転がり、何年もみて来た夜空を見上げた。

「家、折角天井破ったのに。」

勿体ないという口ぶりでサタが言うと、ミラは「どうせ寝るだけなんだから何処でも良い事に気が付いたんだ。」と納得がいくようでいかない答えを返して来た。

「知ってる?私達が生まれるずっと前の、誰かさんの研究の中で、人を時計の無い地下室に閉じ込めて体内時計を測る実験があったんだって。それは時間の管理に陽の光が果たして必要かどうかの実験なんだけど、研究者が予想した通り、地下は太陽の陽の光が入らないからどんどんその人は時間の感覚がずれてくる。精神状態も崩れて、鬱症状が出てくる。女性なら特に、男性にもほとんどに発症する。…私達って、おかしいのかな。私達の時間って、狂ってるのかな。」

ミラは真っ直ぐ夜空を見上げながら、そんな事を言う。サタはまた鞄を引き寄せ時計を手にし、中を確認する。

「今何時だと思う?」

「…三時半くらい?」

「正解は四時。この誤差なら正常と言って良いよ。」

「そう…いやそう言う事じゃ無くって。」

ミラは否定しようとしたけど、だからと言って答えを的確に説明できるかと言われるとそうでも無かった為、それ以上の事は言わなかった。少し痙攣しがちなミラの手は、サタが持つ懐中時計を奪うと針を確認した。確認して、驚いた。今まで自分の時計しか見てこなかったからなのかもしれない、人の時計を見た事がなかったからなだけかもしれない。

「…ねぇ。」

「何?」

「針が四つあるんだけど。」

見知らぬ単位があるのかと、四つも張りがある懐中時計を顔に近付ける。サタも覗き込むから、サタも四つめの針の存在に気付いてすらいなかったのだと知る。

「何処?」

「此処。」

指を刺してやると、サタはあぁ、と感嘆詞を放った。

「何だろうねそれ。」

「新しい単位じゃないの?」

「そうかもだけど、なんか違う気がする、形が。」

「形?」

ランタンをも近づけ、よくよく懐中時計の中を覗き込むと、確かに針の先端の形が違う。

「分解してみる?」

ふと、ミラが冗談か本気か分からない程度に言う。

「それこそ時間の管理が出来なくなるけど良い?」

サタが念を押した上で、互いの同意の確認を取る。いつの間に取り出したのか、ミラが工具を手に持ち、構えをした。

「ファイナルアンサー?」

今日一の表情筋を使い、眉を上げて問うミラ。

「ファイナルアンサー。」

後先を考えない勢いでそう答えたサタ。それを合図に、ミラは分解を始めた。

 分解というよりは破壊に近い彼女の手捌きにより出てきた()()は、何かの鍵のようだった。

「「…、」」

思いもよらぬ発掘品に、互いに顔を見合わせた。

「サタの家の鍵?」

「ううん。鍵はそもそも付けない。掛けたとしても、暗いから無くしたら探せないし逆に危険でしょ?」

と言うサタ。だとすればこれは一体何処の鍵なんだろうか。時間を売ってまでして手に入れた謎の鍵。無色な時間を切り裂いてまで手に入れた、色を注ぎ込む着色剤。例え答えがしょうもなくったって、これは探さずにはいられないだろうと二人が思うのは、ほぼ同時であった。


 彼らはこれから、時間の無い旅に出る。


お読みいただきありがとうございます。

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