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横顔

作者: 鰯田鰹節
掲載日:2023/03/25




 長く広報部にいた。商品のキャンペーンや広告を打つ。

 自分の案が採用されれば、心から喜びを感じることができた。生きがい、と言い換えてもいいかもしれない。

 私が勤めているのは、化粧品会社だ。名前を言えば、知らない人はいないほどの有名企業だ。

 その本社で、広報活動のトップを担っていた。そう、言い切れる自信が私にはある。

 失敗だらけ…。でも全力疾走した日々が、仕事への誇りになっていた。


 ある日、右下腹部に痛みを感じた。

 痛み止めを飲めばおさまる。それで、放っておいた。

 新商品の売り出し方の方針が決まり、慌ただしい冬だった。病院に行くなんて、考えもしなかった。

 冬物のふっくらとしたロングコートを、春物の軽いトレンチコートに変える頃、お腹の痛みは耐えられなくなっていた。

あまりの痛みに、出勤途中、電車の中でうずくまった。しゃがんだ時、額から嫌な汗が吹き出した。そのまま意識を失った。

 春の芽吹きに合わせるように、私も発病した。

しかもそれは、大きく広がり、投薬治療だけで何とかなるものではなくなっていた。

 すぐさま手術の日取りが決定し、その後、3ヶ月、私は療養休暇に入ることになった。


上司は入念に根回しをしてくれた。

私が広報部で、負担なく働けるよう、仕事量や質を精査してくれた。関係部所や取引先にも、きちんと連絡してくれていた。

いつ私が戻ってきても、私の居場所があるように準備をしてくれていた。

だが、私は突然、異動を告げられた。本社から支社へ転勤になった。

部は、広報部ではなく、管理部だと言う。管理部はその支社独自のグループらしい。備品の発注、整理整頓や細々したことが仕事の内容のようだが、何をやっているのか、あまりよく分からない。

通勤時間は今の倍かかる。


「そんなの、ずるいじゃないですか。」

上司は怒った。私の異動に関しては、全く相談なく急に決まったと言う。

私たちは、ミーティングルームで話し合った。午後の弱々しい日差しが、低く控えめに差し込んできていた。

「あなたが異動する理由はないんです。

異動希望は出していないし、今までと同じようにここで働ける。

むしろ、今までより働きやすくなるように、僕たちチームはたくさん考えてきました。」

見る間に頬が、耳が、赤くなってきた。

瞳が、何かの意思を帯びてギラギラと光っていた。

テーブルの上でギュッと組まれた指が、さらに固く握られる。

「本調子ではない体で、そんな遠いところまで通えますか。

新しい仕事を覚えるのだって負担です。

まるで…」

そこで上司は言葉を切った。後に何が続くか、充分理解出来た。


ー辞めろって、言っているようなものだ…。


「ありがとうございます。」

私は、彼に頭を下げた。彼はフイッと横を向いた。ひそめられた眉は綺麗な形をしていた。

「本当に、ありがとうございました。」

もう一度言うと、彼は私に横顔を見せたまま、歯を食いしばった。

壁にかけられた時計の音が、ただ、時を刻んだ。


あの時の、上司の怒りに燃える横顔を、私は生涯忘れないと思う。

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― 新着の感想 ―
[良い点] タイトル、あらすじ、本文のストーリー展開、オチ、直接描写されていない要素・背景など、完成度の高い短編だと思いました。 [一言] 最後の1文がとても鮮烈でした。
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