横顔
長く広報部にいた。商品のキャンペーンや広告を打つ。
自分の案が採用されれば、心から喜びを感じることができた。生きがい、と言い換えてもいいかもしれない。
私が勤めているのは、化粧品会社だ。名前を言えば、知らない人はいないほどの有名企業だ。
その本社で、広報活動のトップを担っていた。そう、言い切れる自信が私にはある。
失敗だらけ…。でも全力疾走した日々が、仕事への誇りになっていた。
ある日、右下腹部に痛みを感じた。
痛み止めを飲めばおさまる。それで、放っておいた。
新商品の売り出し方の方針が決まり、慌ただしい冬だった。病院に行くなんて、考えもしなかった。
冬物のふっくらとしたロングコートを、春物の軽いトレンチコートに変える頃、お腹の痛みは耐えられなくなっていた。
あまりの痛みに、出勤途中、電車の中でうずくまった。しゃがんだ時、額から嫌な汗が吹き出した。そのまま意識を失った。
春の芽吹きに合わせるように、私も発病した。
しかもそれは、大きく広がり、投薬治療だけで何とかなるものではなくなっていた。
すぐさま手術の日取りが決定し、その後、3ヶ月、私は療養休暇に入ることになった。
上司は入念に根回しをしてくれた。
私が広報部で、負担なく働けるよう、仕事量や質を精査してくれた。関係部所や取引先にも、きちんと連絡してくれていた。
いつ私が戻ってきても、私の居場所があるように準備をしてくれていた。
だが、私は突然、異動を告げられた。本社から支社へ転勤になった。
部は、広報部ではなく、管理部だと言う。管理部はその支社独自のグループらしい。備品の発注、整理整頓や細々したことが仕事の内容のようだが、何をやっているのか、あまりよく分からない。
通勤時間は今の倍かかる。
「そんなの、ずるいじゃないですか。」
上司は怒った。私の異動に関しては、全く相談なく急に決まったと言う。
私たちは、ミーティングルームで話し合った。午後の弱々しい日差しが、低く控えめに差し込んできていた。
「あなたが異動する理由はないんです。
異動希望は出していないし、今までと同じようにここで働ける。
むしろ、今までより働きやすくなるように、僕たちチームはたくさん考えてきました。」
見る間に頬が、耳が、赤くなってきた。
瞳が、何かの意思を帯びてギラギラと光っていた。
テーブルの上でギュッと組まれた指が、さらに固く握られる。
「本調子ではない体で、そんな遠いところまで通えますか。
新しい仕事を覚えるのだって負担です。
まるで…」
そこで上司は言葉を切った。後に何が続くか、充分理解出来た。
ー辞めろって、言っているようなものだ…。
「ありがとうございます。」
私は、彼に頭を下げた。彼はフイッと横を向いた。ひそめられた眉は綺麗な形をしていた。
「本当に、ありがとうございました。」
もう一度言うと、彼は私に横顔を見せたまま、歯を食いしばった。
壁にかけられた時計の音が、ただ、時を刻んだ。
あの時の、上司の怒りに燃える横顔を、私は生涯忘れないと思う。




