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「まつりくーん、ありがとね。荷物持ってもらっちゃって」

お昼ご飯の買い出しに行ったスーパーの帰り道。

とりあえず、お昼ご飯の分だけの材料を買った。

俺は左手に膨れ上がったエコバッグを持っていた。


「いいよ、全然平気」

「うわお、やっさしーね」

ねね子は人差し指を俺の頬の近くを指さして小馬鹿にするように言ってきた。


 俺はスルーした。


 重くなったエコバッグを持ち直す。

なにかあったとき用に鞄に入れていたエコバッグが役に立った。

母親がくれた、働いているアパレルショップの物らしい。

だから、よく分からない横文字と淡い緑色の水玉模様だ。

こんな所で使うとは1ミリも思っていなかったから少し恥ずかしかった。

母親的には俺でも使いやすい用に緑色にしたと言っていたが。


「まさか、ビニール袋が有料だなんて」

ねね子はスーパーでも披露した、びっくりした顔をして手を口元へ運んだ。

彼女はさっきと同じく、乳白色のキャスケット帽に白い手袋、小さめのポシェットを下げていた。帽子から出ているクルクル髪の毛も依頼の前と後で何も変わらない。

「びっくりしちゃった!」

「有料だなんて」の後に間を空けて、あざとめの顔をして言った。

こいつ、こんな顔をして色んな男を騙してきたんだなと思った。


「結構前から有料だよ。ねね子もエコバッグ必要だよ」

俺はチラリとねね子の顔を伺って言った。

「そっか〜」と空を見ながら呟いていた。

「ねね子って、ほんとに買い物に行かないっていうか、料理できないんだね…」

スーパーでは全然わけわかっていないねね子をなだめるのに必死だった。


 色んな野菜を見て、「まつりくん、これいる?」

色んな形に切り刻まれた肉を見て「まつりくん、これはなに?」

お菓子を見て「まつりくん、あれ!」

その他「まつりくん、これは?」「まつりくーん、」「まつりくーん」「まつりくーん!」「まっつりくーん!」以下略。


 ずっとこんな感じだった。

まるで子供だ。

俺の1個年上(らしい)で、警察と対等に話をしたと思えば、忍法やらお菓子を見て喜んだりやらと子供っぽいところもある。

スーパーで俺は子供モードのねね子をあやしていた。

最初はいい気になっていたが、途中からめんどくさくなっていった。


「今日の空、綺麗だね〜。依頼終えてスッキリしてるからかな?」

ねね子は手を後ろに組んでルンルン歩いている。

俺の「料理できないんだね」はスルーした。


「そうだね」

俺はどう答えていいかわからず、適当に相槌を打った。

ねね子はくすくす笑っていた。

俺は笑った意味が分からなかったから、少し悔しかった。


「Excuse me?」

馴染みのない音に驚きつつ、反射的に声のした方を振り返る。


「Excuse me? 〒%#$♪*×¥ ?」

金髪短髪の白人っぽい背の高い外国人が話しかけてきた。目青っ。鼻高っ。

オレンジと緑のビビットの目立つリュックを背負っている。

きっと彼は観光客とかだろう。こんな街に観光客が来るのか?と思った自分がいた。


「〒%#$♪*×¥ ??」

スマホを押し付けてなんか言っている。


 でも俺だって、中学3年間真面目に英語の授業を受けてきた。だから、絶対理解できる。

きっと、この人は駅の場所を聞いているんだろうなと思った。

しかし、理解はできても何も出来ない。

話せやしないのだ。

反射的に話せる言葉は、「アイアムマツリ」と「アイハブペン」くらいだ。

「え、え」

俺はパニックになってアワアワするしかなかった。


「おー、@$#♪×〒%*€☆*#◎」

バッッと音が出そうな勢いで隣を見た。

彼女はペラペラと英語を話しているではないか。手を動かし、ジェスチャー混じりに。


 え、ほんとにねね子?


 乳白色のキャスケット帽に白い手袋、小さめのポシェット。帽子から出ているクルクルの髪の毛。もう一度確認してしまった。ねね子だった。


 外国人の彼は、ねね子が話せるのに対して嬉しそうな顔をした。

しかし、彼はスマホを1度確認したあと、またねね子に話しかけた。

「#☆&¥%*×$☆♪ △?」


 道案内をして欲しいんだろう。

俺はなんとなくそう思った。さすが俺。

「あー、☆$¥#○〒? あれ、€%×? うにゅー」

ねね子は、はてなを頭に浮かべに首を曲げて、人差し指をこめかみに当てて悩み出した。

口をすぼめて顔のパーツ全てが中心に寄っている。


「ねね子、駅までの道?」

苦悩してるねね子に少し勇気を出して言ってみた。できるだけ小さな声で、だったが。


「え、あ、うんそう。まつりくん、道わかる?」

ねね子は意外そうに頷いた。

「ここの道、まっすぐ行って、2つ目の信号を右に曲がったら大通りに出るから。そのまままっすぐ行ったらある」


「おぉ、おけ」

ねね子は目を輝かせ大きく頷いた。

「ゴホン、あー、¥$°☆♪$*@&△◎×……」

身振り手振りで外国人の彼へ伝えていく。

彼はスマホとにらめっこをしながら、頷いて話を聞いていた。

「oh,OK! I see.Thank you!」

伝わったようだ。良かった。

彼が放った言葉も俺にも伝わった。


 彼は「サンキュー」と言いながら、ねね子に握手を求めた。ねね子は嬉しそうに握手をした。

彼はまた「サンキュー」と言い、次は俺にも握手を求めた。驚いてオドオドしながら、手を差し出した。

オドオド振りにねね子は笑っていた。

横目でしっかり睨んでおいた。


 外国人の彼は俺の手をぎゅっと握り、また「サンキュー」と言った。

俺もつられて「サンキュー」と返してしまった。思いのほかカタコトだったのが少し恥ずかしかったが、俺は握手の温かさをまた知った。本日3度目だ。

感謝されることは、なんだか、悪くない。

心にポッと灯りが灯った感じだ。

外国人の彼は手を振りながら、俺がねね子に伝えた道を通って行った。


「…これが、人助けってやつか」

俺の口から出た言葉はこれだった。

ねね子はくすくす笑った。

「ふふっ、そうね」

「なんだよ、」

「彼が駅に向かうことが出来たのは、まつりくんのおかげだよ」


 このねね子の言葉が少し、いや、相当嬉しかった。

人助けというものはこんなにいい気持ちになれるんだ。俺もいい気持ちで助けられた彼も、ねね子もいい気持ちだ。

小さなことのようだけど、俺にとっては大きな出来事になった。

「また別かもだけど、何尚屋(なんなりや)ってこういうことをする店なのよ」

ねね子は誇らしげにしながら笑った。

「そっかー」

俺は少し助手になってやってもいいかもしれないと思った。

俺が、このどん底の俺が、誰かの助けになれるなんて凄いと思う。誰か1人でも必要としてくれるなら、助手しても、、


 「ね!だから助手になろう!まつりくん!」


 この勢いでさっきの助手になってもいいという淡い気持ちは消え去った。

目をまん丸にして顔を覗き込んでくるねね子。

「いや、遠慮しておく…」

「えー、なんだよー」

ねね子は「もぉー」と言って顔を覗き込む体制を戻した。


「ねね子…スカウト下手だと思うよ」

「…ん?なんか言った?」

俺はボソッと言ったが、鼻歌を歌ってたねね子には幸いにも届かなかったようだった。


 ご機嫌なねね子と俺はこの後、何事もなく大人しく何尚屋(なんなりや)へ戻った。


 そこで改めて知った。


 何尚屋(なんなりや)は不思議な内緒の店だ。

道は分からないし、道は暗いし、路地裏すぎて見失う。

何尚屋(なんなりや)に帰ってきて、ねね子はいったい何者なんだろうと思った。



  * * *



 俺は今、豚丼を作っている。材料も少なく味付けも簡単でとても美味しい。何尚屋(なんなりや)のキッチンでそれを作っている。不思議な感じだ。

肉を炒めて、キャベツを刻んで、米をよそる。それをいつもと違う倍の量の2人分。


 ご飯を作るために、パーカーとブレザーは脱いで今はソファーの上に放置してある。鞄と一緒に。


 ねね子の姿は見当たらない。どうやら、店の奥の方に引っ込んでいるみたいだ。

奥の部屋は、玄関と同じようにガラガラと横に開くタイプの扉で窓が半透明になっている。


 ねね子にまで聞こえるように俺なりに声を張る。

「ねね子ー、ご飯できたけど。どこ運べばいい?」

すると、扉が少し開き、ねね子が奥から顔を出した。


「お!できた?こっちにダイニングテーブルあるの、そこで食べよ。いい?」

自分の店なのに「いい?」と聞いた理由が分からなかった。でも俺に害は特にないので「うん」と頷いた。

「おけ」ねね子は笑ってまた引っ込んだ。

扉は少し開いたままだ。


「まつりくん、こっちおいでー」

奥から声がしたので、豚丼2つ両手で持ってダイニングへ入る。

中が見えない仕様になっている扉があるから、きっとこの奥は完全なプライベートルームだろう。何尚屋(なんなりや)内装の雰囲気とはまた違うのかもしれない。俺は少しドキドキした。

「…お邪魔しま〜す」

小さな声で言い、足を踏み入れる。年上の女子高生のプライベートルームへ。



 「…きったな!」


 目の前にあるのは、ダイニングテーブルの上いっぱいの書類。山積みされている。

「えー、まつりくん正直者すぎー。今場所空けてるでしょ」

ねね子は能天気に書類を横にスライドさせ、少しの隙間を空けていた。

思ってたのと違う。

女子のプライベートルームのイメージがガダガダと崩れていった。

いや、もうこいつは女子ではないのかもしれない。


 ねね子が作った隙間に豚丼を置き、少し周りを見渡した。

何尚屋(なんなりや)の内装イメージと全く変わらないダイニングがあった。

全体的に茶色い探偵事務所みたいな部屋。

こいつにプライベートなんかないのだと思った。

「ここも、何尚屋(なんなりや)だね、」

「ふっ、そうだね。この空間全部何尚屋(なんなりや)だよ」

ねね子は小さく「何言ってんだ」と笑って言いながら、お茶とスプーンを持ってきてくれた。


「いっただっきまーすっ!」

ねね子は嬉しそうに俺を見たあと、豚丼を向かい合った。



 やっとお昼ご飯が食べられる…。



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