肆
今の状況を説明しよう。
カップル宣言をされたあと、何も聞かずに腕を引っ張られて人の波に紛れ込んだ。
そのまま、ねね子は俺の右腕に自分の手を巻き付けピッタリとくっついている。
身長差が5センチも変わらないことが悔しい。ねね子がただの白い靴じゃなくて厚底だからだ。本当はもっとあるはず、身長差。
そして、この状況に慣れないし、何よりも恥ずかしくて全く動けない。
「…ねね子、離れないの?」
チラッとねね子の方を見る。
白いキャスケット帽子を被った頭がこちらを向く。
う、上目遣いだ…。顔は整った方なのだとここで気づいた。不甲斐ないが少し心が揺れ動いた。ときめきってやつなのか。
「離れるわけないでしょ、カップル役してんだから」
当たり前でしょ、と呆れた顔をしてふいっと前を向き直すねね子。
頭の中では、ねね子の馬鹿なの?という声が聞こえてきそうだ。
「あ〜まつりくん、ちょっと緊張してる?可愛い女の子と腕組んで歩くとか!」
もう今後一切、彼女にときめいたりすることはないだろう。
俺も前を向き直し、ガン無視した。
それを否定と捉えたか、肯定と捉えたかは知らないが。
「えー無視かよ〜」とねね子がいいながら笑い、また前を向く。
「一応役柄があるの」
「役柄?」
別に俳優じゃないし、腕組んで歩いてるだけじゃんと思った。
「私がね、細かい役柄ある方が、できるのよ」
ドヤ顔でそんなこと言われましても、知ったこっちゃないっス。という心の声は口から漏れずに済んだ。
「いい?今から私たちはそこらじゅう、どこにでもいそうなカップルね」
カップルに対して悪意のある言い方をするなと思ったが、何も言わない。
俺の仕事は黙ってねね子の言う通りにすることだ。本能で思った。
「付き合って、一年ぐらいかな〜?告白は、君からね」
「…細かすぎない?」
「これぐらいでちょうどいいのよ」
俺の腕を掴んでる反対の手で手招きするような仕草をした。大阪のおばちゃんかよ。
「今日は放課後映画デートで、今はその帰り!よし、いける」
「ベタなデートだなぁ」
「ベタがいいんだよー、わかってないなぁ、まつりくんは」
女はベタすぎると飽きるのよと母親に言われたことがあった。やっぱり人によって違うと改めて知った。
ねね子はその後、くだらないどうでもいい話をしていたがちゃんと聞けなかった。
なぜなら前からやばめ人が来たから。
背が高く、顔があほみたいに整っている、とてつもない美人オーラの人。
美人は美人でも少し童顔っぽく可愛さを兼ね揃えている。
茶髪のボブでふんわり髪が巻かれている。ピッタリめのワンピースを着ている。チャイナドレスみたいだ。そのスレッドから高いヒールの上にある長い足がチラリと見える。
そんな人がいたら見てしまうのはしょうがない。
彼女は、両脇に筋肉質なマッチョな男の人を連れてどこか勝ち誇ったような顔をしていた。
きっと、この人は喋っても見た目のままなんだろう。誰かさんと違って。
この道ってこんな人も通るんだぁ、なんて思ってたとき、気づいた。
「ターゲットは、コードネーム黒猫」
「外見性別は女。身長はそうだな、ねね子より十センチくらい大きいはずだ」
「茶髪の肩ぐらいまでのボブヘア。スレッドの入ったタイトワンピースを着ている率高め、だそうですよ」
刑事二人組とねね子の会話を思い出した。
ねね子の方を見る。何も気づかないまま話し続けている。
ねね子の身長と女の人の身長を比べると、約10センチくらいの差があった。
この特徴ってこの女の人では!?
黒猫と呼ばれている人ってこの人!?
ねね子!俺ターゲット見つけちゃったんだけど!?
どうしたらいいんだろう!
焦りながら俺は何も出来ない。もうすれ違う直前まで来てる。
「ね、ねね子…」
「ん?はぁーなんか疲れちゃったぁー」
突然疲れた顔をして、俺から腕を離し両手をあげて伸びをした。ついでにあくびも。
俺はねね子の手を目で追った。
ちょうどそのとき、ねね子側に黒猫らしき女性が通った。
マッチョは人を避けるため黒猫らしき女性の前後にいる。
その瞬間、伸びをしているねね子の黒い手袋を着けた人差し指が黒猫らしき人物の首を撫でた。
触れられる距離まで近くなっていたことに今気がついた。
「はぁー、この後カフェでも寄ろう」
ねね子は伸びをやめてそのまま何も無かったように俺の腕にまたまとわりついた。
違和感を感じたが、気のせいだったらしい。黒猫らしき女性は俺の勘違い?
「…みやさん?」
野太い声がした。振り返るとマッチョが喋ったらしい。
「え、みやさん!どうしたんすか!」
もう一人のマッチョが声をかけたときには、黒猫らしき人物は地面に崩れ落ちていた。
バタッと音がして、完全に野垂れ死に。
え
「きゃー」とどこからか女の人の声がした。
え
「まつりくん、あれどうしたんだろうね」
え
ほらなんか喋れよ、とねね子から圧がかかった。
「そうだね、遠いとこ、行こうか」
遠いとこってどこだよ
自分にツッコミながらねね子をまとわりつけたまま歩き出す。
え
いつもより自然と早歩きになった。
え、
え、あれ、ねね子
触ったよね、?
あれのせい?
え、ほんとに
死んだの?
え
俺の頭の中は混乱でいっぱいだった。
「まつりくん、怖〜い」
ねね子、混乱の現況は黙っててくれ。
せめて誰か!説明して〜!!!
混乱するしかないこの状況。
しかし、いつも通り俺は顔には出さない。
さすが俺。でも本当はねね子を揺さぶって真実を聞きたいところだ。
ふと見ると前から溝ノ口さんが走ってきた。
俺の救いの人が来てくれたー!
「あ、溝ノ口さ、、ん?あれ」
目が合ったはずの溝ノ口さんが通り過ぎていく。
「大丈夫ですかー?」
チラリと振り返ると倒れている黒猫らしき人物のそばにしゃがみ、声をかけている。
マッチョ二人組は何も出来ずに呆然としていた。
「あ、私刑事なんですよ〜。今救急車呼んだので大丈夫です」
溝ノ口さんのハキハキした明るい声に周りの通行人やガヤたちは安心した空気を吐き出す。
刑事という箔は人を安心させるものだ。
しかし、反対にマッチョ二人組は急に慌て出した。
「どうされました?」
ニコッとマッチョに笑いかけている溝ノ口さん。その顔を見て、恐怖を感じた表情をしたマッチョ二人組は仲良く遠くの方へ駆け出した。
「急用ですかね〜、とりあえず救急車を待ちましょう」
溝ノ口さんは、マッチョ2人組に関して干渉せずに他の通行人たちにも声をかける。
黒猫らしき女性の傍を離れない。
「ねね子、あれ溝ノ口さんだよね?」
やっと声が出たのでねね子の方を見る。
ねね子は静かに溝ノ口さんや黒猫らしき女性がいる方を見つめていた。
「…ねね子?」
ねね子はハッとして俺の方を向いた。
「ごめん、まつりくん。店に戻ろう」
「…うん、わかった」
俺は素直に頷く。
ねね子の遠くどこか悔しい顔を見たら頷き、肯定することしか出来なかった。