弐
「んー!苺美味しいー!あまぁーい!」
女はデカい声を上げてソファーに座りながら、飛び跳ねる。
キッチンの棚から小さなフォークを取りだしてパクパク食べ始めたところだった。
女のポシェットは部屋の奥にある木製のポールハンガーにかけて、着けていた白い手袋とポシェットに入っていたスマホは、机の上にそっと置いてある。
俺も無意識に持って来ていた鞄をソファーに置かせてもらった。
元気よく「はい」と渡されたフォークでそろりそろりと苺をかじってみる。俺は甘さをしっかり感じたいのでヘタ側から食べる。
美味しい。女の言うことも一理ある。
「ねっ!美味しいよねー!松山様に感謝感激だねっ」
こいつまた俺のこと、悟ったのか。いや、まぐれか。本当に心を読まれているみたいでわけが分からなくなる。
女は「美味しー」と言いながら苺の尖った方をかじった。
俺は、なん、、なんとか屋について聞くためにまだここにいる。
なのにまだ何も聞いてない。こいつはずっとニコニコして何も話そうとしない、少しもどかしくなる。
「あの、話してくれるって…」
「あぁ、そうだったね」
まるでそんなことも言ったかしらみたいな顔をした。自分から言ってきたくせに。
仕方ない、俺から動くか。
「ここって、?」
「“な・ん・な・り・や”」
「なんなりや?」
疑問を全て伝える前に答えてきた。しかも1文字1文字をめちゃくちゃ強調して言った。なんか、すごく腹が立つ。
女は話すことに興味がなさそうに苺をしゃぶってる。
「そ!何尚屋!何でも引き受ける、便利屋みたいなもんだよ」
「もんだよ」と吐き捨てるように言う。
「便利屋…」
そんなの小説やドラマなどでしかないものだと思っていた。あるんだ、実際に。
「何尚屋、以後お見知りおきを!」
女は親指と人差し指で丸を作り、自分の目に当て、覗き込む仕草をした。ついでにニヤッと笑った。
イラッとしながら、変な行動をするやつだな、と思った。
「始めはね〜、私の祖父の店だったのよ」
やっと詳しく話す気になったのか、フォークを置いて、スマホを操作し始める。
「ほら、これ。開設当初の写真」
見せてくれたスマホの画面には、古い写真を撮った画像が映っていた。周りの建物や太陽の差し具合が多少違うが、今と変わらない何尚屋があった。
本当に時間が止まっているように。
「ほんとだ、そんなに変わってない」
「おじいちゃんがずっと守ってたきたの」
「へぇ」
「私、尊敬してるんだぁ」
意外とおじいさん思いなんだ。と初めてそんな思いをこいつに抱いた。
「今おじいちゃん、ここには居ないんだけどさ。私がこの店引き継いだの」
次は俺が悟った。きっとこいつのおじいさんはもう既に……
「あ、死んではないから。今ねぇ、老人ホームなの」
俺の悟り失敗。こいつの悟り成功。死だと感じた俺は真っ赤な勘違いで、それを考えてたことがこいつに見破られたわけだ。
すごく悔しい気持ちになる。
俺は何もなかったように「ふぅーん」と軽く頷く。
女はそんな様子を見てくすっと少し笑った。
「んでね、なんでも引き受けるから地域の人達から依頼来るのよ。だから、依頼人様ね」
「なるほど。さっきの松山様って人は、猫を探してくれっていう依頼をした、あんたの依頼人ってわけか」
「そうそう。いいね!飲み込みが早い子は好きよ」
目の前にいるやつは、そう言って身を乗り出し、ふざけた調子でウインクをしてきた。
少し、いやまあまあイラッとしたのは黙っておく。
「そういえば、君。その制服はあそこの高校生かい?」
女は高校があると思われる方向を指さした。その後魔法をかけるように人差し指を回して俺の方まで指さした。パッと自分の服を見る。
そうだ、入学式の帰りだったんだ。と他人事のように思った。
「あぁ、そうだけど」ツンと返す。
「入学式の帰り、とかかな。君、新入生でしょ」
「あぁ、そうだけど。なんで」…分かるんだよ
「ピカピカで少し大きめのブレザーでしょ。自転車漕いでるのにズボンが汚れてないもの」
本当によく見てる。新品のブレザーはまだ硬いままだ。
女は「ね?そうでしょ」当たり前のことのように言ってきた。
「よく、分かるね。探偵みたいだ」
淡々と何も感じてないように答える。
「お、褒めてくれた〜ありがと!まぁ、探偵業みたいなものだしね」
褒め言葉など、思ったことを口にすれば、相手も思ったことをちゃんと返してくれる。小学校のときにできていたはずのことを忘れかけていた。
目の前の彼女は、ふふっと笑いながらまた苺を頬張り始めた。
俺はその様子を見て、ふと笑ってしまった。
変なやつ。でも少しおもしろいかも。
俺は無意識に彼女のことを知りたくなる。
「俺は、一年だけど。あんたは?同じくらいに見えるけど」
「私は二年だよ!私の方が一つお姉さんだね」
やっぱりちょっとイラッとした。
知りたくなるとか、全くの気の所為だったみたいだ。
「一つしか変わらないじゃないか」
「変わるでしょーよ。年下の…」
ブーッブーッブーッ
「ぎゃーーーー!!!」
彼女のスマホが鳴った。と共に彼女が叫んだ。俺は彼女の声の方に驚いた。
彼女のスマホのロック画面に時間が表示されている。アラームが鳴ったようだった。
「あーーーーーーーーーーーー!!!!!!!やばい!!!忘れてたあ!」
大袈裟に慌ててソファーから立った。それにつられて俺も慌てて立ってしまう。
「え、なにっ」
「やばいやばいやばい!依頼の時間だ!遅刻しちゃぁうー」
ドダバタ暴れて、店の奥に引っ込む。
数秒経ち、次出てきたときには小ぶりなポシェットが少し膨らんでいた。
「え、え。俺、どうしたらいい」
焦った俺の心の声が漏れる。さっきまで冷静を装っていたのにもかかわらず。そんなことどうでもいい。さっきまで余裕でお姉さんぶってたやつが騒ぎ出してびっくりしてるのだから。
「あっ!君!付いてくる!?」
「え!?」
「いいからいいから〜、ね!」
「えっ、あ、はいっ」
俺が反射神経で返事をしたのと同時に彼女はもう一度店の奥に引っ込んだ。すぐあと、またなにかを抱えて出てきた。
「よしっ!ほらおいで、早くー」
彼女は俺を置いて店を出た。
「ごめんね〜、走らせちゃって〜、私忘れっぽくてさ〜、」
ヘラヘラと話しているが、只今絶賛全力疾走中である。
俺は去年まで部活もしてたし、一応男だし、走れないことは無い。しかし春休み中ずっと家に引っ込んでいたからか、ちょっと体力が落ちている。
それに比べて彼女は、俺と同等のスピードで同じように全力疾走している。汗は少しかいているが、ゼェゼェとはなっていない。
体力があるのほうなのか。あと、運動神経がいいのだろう。フォームがしっかりしている。元運動部の俺が言うから、絶対そうだ。
「ちょっと待ち合わせしてたんだけどさ〜、すっかり忘れちゃってて〜、まぁご贔屓様だから許してくれると思うんだけど〜」
まだヘラヘラと話し続ける。
「あ、そういえばさ、君。お名前は?」
「は?」
急に話を変えたと思ったら、名前を聞いてきた。
「いや、今さ、全力疾走中だよね?いま、聞くこと?」
「君、ちょっと疲れてる?」
俺の言うことを無視して、「ふふっ」 とバカにするように笑う。
俺はまたムッとした。
「さっきさー、そういえば名前知らないなぁって思って」
「別に後ででもいいだろ」
「名前って大事だよ?」
「じゃあもっと最初に聞くだろ」
俺は少し笑ってしまった。
「確かに、でも忘れたものは忘れたんだもん〜」
俺に釣られて彼女も笑う。なんか楽しい。
「先に自己紹介しろよ、礼儀だぞ」
「んあ、そうだね」
やっと信号で止まったので、俺はバレないように小さく呼吸を整える。
「私は“白峰ねね子”。何尚屋の店長だよ」
彼女はそう笑顔でいい、名刺を渡す仕草をした。
せっかくだから、もらってやろうと手を出したが。
「おい、何も持ってないじゃないかよ」
透明な名刺でもあるのか、ここには。そう思ったが、それは言わなかった。
「えへ、名刺まだないのよ。作りたいんだけどねー。雰囲気は大事でしょ」
もらってあげようとした俺の気持ちを返せ。
「あ、私の方が年上だから。さん付けね」
「年上感ないのに?」
「うるへー」
ニヤニヤしてた顔が少し不貞腐れた顔になったのを見て俺はニヤニヤする。少し勝った気になった。
「では、君のお名前は?」
「匤本、祭利。」
今日の入学式で何度も言い、何度も呼ばれた名前だ。
「きょうもと、まつりっ、くん!」
なにかしっくり来たように俺の前をリピートして何度も頷く。
「よしっ!じゃあ、まつりくん!」
ねね子と名乗った彼女は、俺の肩を掴む。
なんだ急に。
目の前に大好物を置かれた犬みたいだ。
今日1番の笑顔とニヤニヤ顔で元気良く告げた。
「私と一緒に何尚屋しよう!」
「…は?」