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俺たちのプロポーズ

作者: 雉白書屋

「っ買って来いっつたろーがよぉ!」

「チッ、死ねばいいのに……」


 荒れ狂う妻、掃き捨てるように死ねと言う娘。仕事から帰ってきたのに、おかえりもない。俺は、どうしてこんな地獄に陥ってしまったのだろう。結婚当初は……なんて回想に入ることも許されなかった。飛んできたテレビのリモコンが額に当たり、じんとした痛みが込上げてくる。

 命中! と笑う娘。得意げに笑う妻。俺は、へへへと媚びるように笑い、そっとリビングから離れ、上着を脱ぎシャツとズボン、サンダルでまた外へ出た。

 あの家に逃げ場はない。妄想すら、あの下卑た声に邪魔されるのだ。

 心が休まるのは、こうして外を歩いている間だけだ。二人が寝静まった頃に帰ろう。ああ、あの日をやり直せたら……と、痛い。また邪魔されて、なんだ? おもちゃか? 銀色の卵のような……と、捻るとガシャポンのカプセルのように開きそうだ。重みがある。中身が入っているだろう。なにか気晴らしになれば、と俺は力を込めた。


「え、うあっ!」


 突然、噴出した煙が俺を包む。罠? 悪戯? 煙玉? 毒ガス、と一瞬、死を想起し、それもいいかと思った自分にゾッとしながらも蓋を閉めると煙は止まった。


「え、ここは……」

 

 煙が晴れるとそこは俺の元いた場所ではなかった。でも見覚えのある場所。そうだ、間違いない。ここは俺が妻にプロポーズをした公園じゃないか。


 あ! あれは俺たちだ!

 あそこで並んで歩いているのは間違いなく若い頃の俺と妻。では、ここは過去の世界なのか? この銀の卵はタイムマシン? 夢? 幻覚……いや、今そんな事を気にしている場合じゃない。

 どうにかしてプロポーズを阻止しなければ。お、妻が携帯電話を片手に離れて……ああそうだ、いよいよと思ったときにタイミング悪く、友達か誰かと電話し始めたんだった。

 確か記憶によると……うん、少しの間、戻ってこないはずだ。

 今がチャンス。近づいて殴ってでも指輪を奪えば……いや、指輪無しでもプロポーズはできるか。

 何せあの時は勢いがあった。勇気を振り絞り、踏み切った。そう容易く折れはしないだろう。

 それに今この場を阻止しても、いずれは……。

 なら、直接話した方が早いか。

 しかし、過去の自分と会って大丈夫なのか? 映画や漫画なんかでは駄目だった気が……。


「駄目だ」


「やっぱそう思いま、え? 誰、え」


 後ろから声がし、振り返るとそこにいたのは……俺だった。


「よすんだ。俺は未来のお前だ。あそこにいる過去の俺を説得し、結婚を阻止した後、俺は家に帰った。

……すると妻も娘もいなかった。ああ、上手くいったわけだ。だが猛然と後悔が込上げてきたんだ。もっと話し合えば良かったんじゃないかってな。家に帰ったと言ってもローンで買った一軒家じゃないぞ。ボロイアパートさ。がらんとした部屋のな。どうやら生活の質まで下がったらしい。励みになっていたんだ、必要だったんだよ! だから俺はこうしてまた過去に――」


「そこまでだ」


 と、俺たちは声のほうを見た。そこには……また俺がいた。


「お前はそこの俺を説得するつもりだろう? ああ、それは上手くいった。プロポーズを静観し、妻と娘は元通りだ。

……だがな、あいつらは話なんて聞こうとしない。獣だ。このひっかき傷を見てみろよ。やはりプロポーズを――」


「待て」


 また俺だ。過去の俺を含めて五人目の俺。


「思い出してみろ。妻にも娘にも可愛い時期があっただろう? やはり消すべきじゃないんだ。その程度の傷が何だというんだ。今ではその傷だけがあいつらといた証だ。俺はあれからずっと後悔している。やはりプロポーズを阻止するべきではないんだ。妻と娘はもう一度よく説得を――」


「やめておけ」


 六人目だ。しかしその有様は……


「この傷を見ろ。刺されたんだ、妻にな。ああ、大丈夫だ。意外と深くはない。話し合おうと、しつこく食い下がったらこの様さ……。あの女は今この場で殺すべきだ。でないといずれ殺されるのは俺、いや俺たちだぞ」


「それはやめておくんだ」


 七人目。


「うまくいかなかった。うしろから石で殴ったが、ぎゃーぎゃー喚き、俺自身はタイムマシンで現代に逃げおおせたが、過去の俺がやったことにされ、刑務所行きさ。驚いたぜ。未来に戻ったら独房の中なんだからな。大したケガじゃななかったはずだが、殺人未遂と取られたらしい。プロポーズを阻止するだけにしておけ。それだけでいい」


「そ、それじゃぁぁぁぁ……生ぬるいぃ」


 八人目。思わず息を呑んだ。ひどい有様であった。


「ゴホッ! 阻止し、その後、俺は……はぁはぁ、あの女に嫌がらせされ続け……こ、この通りさ……。

あの電話はこれから絶対プロポーズされると……ぐぅぅぅ、友人に吹聴していたらしい……。恥をかかされたたと思っているんだ……だから、執拗に、そ、そこの俺は知らないだろうが部屋が、がらんとしていたのは、そ、そのせいさ。慰謝料だなんだと金を、取られ続け、お、お前ら、いや、俺たちを待っているのは地獄の生活さ、うっゴフッゴホッゴホ!」


 ――やはりな! あああああ殺そう!

 ――駄目だ! ちゃんと話し合うべきだ!

 ――無理だっての!

 ――お前の話し方が悪いんだろう!

 ――お前は俺だろうが!

 ――頼むぅ……俺を救ってくれぇ……


 俺たちはあーでもない、こーでもないと話し合った。

 だが元々優柔不断の俺たちだ。結論が出る前に過去の俺は、ばっちりプロポーズを決めていた。

 その光景を目にし、俺は思った。覆らない。それもそうだ。

 己を奮い立たせ、人生最大の決断をしたあの俺に勝てるはずもないのだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「俺」が大勢出てきて笑いました。 やはり歴史を変えるというのは容易ではありませんね。
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