彼のゴーサイン
彼のゴーサインが出た。
やっと出た。
「よーし、やるぞー!」
あたし達は声を揃えて闘志を燃やす。
目の前には高い崖。
それを登るのだ。
みんなで頑張って、登るのだ。
今までは登れなかった。
高くて、斜面が急すぎて、とても登れなかった。
彼のゴーサインを待っていた。
彼のゴーサインがなければとても登れないと思っていた。
「ああっ!」
「ううっ!」
一人一人、また一人と落ちて行く。
奈落の底へと落ちて行く。
あたしは頑張った。
崖の上はまだ遥かに向こうだ。
でも頑張った。
彼のゴーサインが出たのだから。
登りきれないわけがないと自分に言い聞かせた。
ふと下を見ると、彼が白いテーブルで、優雅にお茶を飲んでいる。
スマホで何かを見ながら笑っていた。
それでも彼がそこにいてくれるということが、あたしを勇気づけた。
あと少しだ!
あとほんの10メートル!
掴んだところの岩が崩れた。
あたしは真っ逆さまに、100メートル下へと落ちて行った。
彼は落ちてくるあたしを見もしないで、水ようかんを食べ始めていた。