第78話 向き合い方
おれは【ミリアド】を鞘から抜くことなくじっと見つめる。
やはりおれが見つめると、おれもこいつに見つめられているような感覚がある。
「またにらめっこかい? 天野君」
「……そうだな。何か素性というか、こいつを掴めるきっかけ、みたいのがあれば良いんだけど」
今はダンジョン街、いつものカフェでみんなと今日のダンジョンでの成果を確かめているところだ。
月曜日、おれはこの【ミリアド】を使って第10層ボス【サイクロプス】と戦ったわけだが、おれが<スキル>を使った瞬間にこいつは暴走して仲間に矛先を向け始めた。
結局剣を収めた後は普通に【サイクロプス】を倒したが、【ミリアド】について得られることはなかった。
そして今日は水曜日。
昨日は二年Aクラス、今日は三年Cクラスの、それぞれAチームにおれたち五人は勝利した。三年Cクラスには少し苦戦したが、おれたちにはまだ余裕が残っていた。
上級生との対抗戦は順調だが、【ミリアド】に対しての進歩はほとんどない。
昨日と今日と何度か試してみたが、やはり鞘から抜けば暴れるだけだった。
「かーくん、ちょっと顔が怖いかも」
「へっ?」
華歩が急に言ってきたことに首を傾げる。
「ご、ごめん。怒ってるように見えたらあやま──」
「あ、そうじゃなくて。【ミリアド】と向き合っている時のかーくんの顔が、だよ」
そうは言っても、こいつはみんなに危害を加える危ない武器で……。!
「もしかして、おれが自然に怖がっていたのか?」
「翔はさ、もっと優しい顔をしてるんだよ。なのにその剣と向き合う時だけ、なんていうか危険視? してる感じだよね」
「危険視……」
夢里の言う通りだ。
おれはこの武器を危険な存在だと思い込んで、どう支配するかという目でしか見ていなかったかもしれない。
「【ミリアド】もさ、本当は仲良くしたいのかもね。かーくんとわたしたちみたいに!」
仲良く……。
そうだよな、おれにとっては【ミリアド】は戦闘における相棒なんだ。
この剣は生きているんだ。
それを支配しようとか、なんとか~しようとか考えるのは間違ってる。
「【ミリアド】……、お前は応えてくれるのか?」
おれは再び剣を見つめる。
不思議と、今までのような威圧的な感じははない。
こいつもおれの威圧的な態度に反抗してただけだったのか?
「……」
おれは自然と剣を抜いていた。
「翔!」
「かーくん!」
周りが青ざめた顔を見せるが、おれにはなぜか確信があった。
「大丈夫だよ」
右手に持つ【ミリアド】は一切暴れない。
「天野……」
「びっくりさせないでよ……」
おれの行為には豪月と凪風すらも身構えていた。
「ごめんごめん、それでも今すぐに向き合わなきゃいけない気がしたんだ。って、おっとっと」
【ミリアド】が少し左右に動きを見せる。
でもこれは暴れるというより、
「喜んでるみたい」
「翔に認めて欲しかったのかな」
二人の言う通りだ。
今見せている動きは穏やかで暴走する気配はない。
「そうかもな」
至極簡単で普通の事だった。こいつも意思を持ってるならなおさら、向き合い方一つ変えるだけだったんだ。
そりゃあ、いきなり高圧的に接させても素直に従う気持ちはならないよな。
今こうして見えると可愛く思える。
暴れないことを存分に確認した上で、おれは鞘に収めた。
っとそうだ、そういえば連絡をもらっていたんだった。
「このこと、祭さんに報告してきても良いかな?」
「……」
「……」
女子二人の視線が痛い。
「いや、そういうのじゃなくて……一応、と言いますか」
使いこなせるようになったら報告してほしいって頼まれてたんだよな。
「冗談だよ、いってらっしゃい」
「いてらー」
「ほっ」
良かったらしい。
なんだったんだ、さっきの間は。
「こんにちはー」
おれは祭さんの店の引き戸を開け、店内に入っていく。
「あ、これは天野さん! もしかして?」
「祭さん! そうです! 【ミリアド】について報告に、と思いまして」
おれは【ミリアド】を安全に鞘から抜けるようになったことを話した。
祭りさんも分かっていたのか、話は早く進んだ。
「おお! それではついに!」
「はい、多分暴れることはもうないかと」
「やっと気付きおったか」
店の奥から出てきたのは店主のじいさんだ。
最近は見ていなかったので、顔を合わせるのは久しぶりだ。
「こんにちは、【ミリアド】の件はお世話になりました」
「いいわい、こちらもたんまりとDPをもらっているんじゃ。お互い様じゃ」
50万DP……じいさんの仕業だったか。
まあこちらも無理を言って仕上げてもらったんだ、文句は言えない。
「前は別件で席を外しておったからの。ほれ、ここで【ミリアド】を抜いてみろ」
「! は、はい」
じいさんの言われた通り、おれは【ミリアド】を鞘から抜く。
落ち着け、冷静に。
【ミリアド】、おれに応えてくれ。
「ほう。合格じゃ」
「え? 合格……とは?」
じいさんがニヤリとした顔を見せる。
「わしが剣の本質を見抜けていないとでも思ったか?」
「では、暴れることも想定済みだったと?」
「当たり前じゃろう。のう、祭」
祭さんの方を向けば、彼女は少し申し訳なさそうな顔をしている。
「そうなの。おじいちゃんから自分で答えを見つけなければ意味がないからって、アドバイスを送ることは止められててね。黙ってたんだ」
なるほど、そういうことだったのか。
「じゃが、ここまで早く辿り着くとは思わなんだぞ。お主……」
「?」
腰を曲げているじいさんに、下から覗き込むように顔を見られる。
「周りの者に恵まれたの」
「! はい、それは心から感じています」
華歩や夢里がおれの【ミリアド】に対する態度に気付いてくれたこと、それにもちろん豪月や凪風の協力もなければ、おれは不安になる一方で答えに辿り着けなかったと思う。
「あとは<スキル>を使った時じゃが……」
「!」
そうだ、おれはまだ剣を抜いただけでこれで戦ったわけじゃない。
「ま、なんとかなるじゃろ」
「えっ? ほ、本当に大丈夫ですかね!?」
じいさんの予想外の回答に拍子抜けしてしまう。
「大丈夫じゃ。先程お主が剣を抜いた時、剣はしっかりとお主のことを見ておった。信頼関係が結ばれつつあると思ってよい。まったく、大した男じゃわい」
「おじいちゃんの言う通りだよ。器が認めらたって感じがしたよ」
さっき少し見ただけでここまで理解できるのか。
じいさんも祭さんも観察力がずば抜けてる。
でも、そんなお二方にそう言ってもらえるならより安心できるな。
「ありがとうございました!」
おれは改めて頭を下げる。心からの感謝の気持ちだ。
「だから良いと言うておろうが」
「その剣で一年生を代表して麗さんのチームをぶっ倒してね! 応援してるから!」
シュッシュッ、と口で言いながら祭さんはシャドーボクシングのポーズを見せる。
前のおれと麗さんのやり取りも見てたのかな? 意外とミーハーなのかも。
何はともあれ、おれ【ミリアド】を扱うことに自信を持てた。
後はこいつと一緒にひたすら実戦をこなすのみだ。




