第75話 じゃじゃ馬
日曜の夕方。東京ダンジョン街いつものカフェにて、おれたちはダンジョン帰りに久しぶりに豪月を含めた五人で歓談をしていた。
ちなみに麗さんはプロ探索者チームと潜っていると聞いた。
「かーくんまた強くなったんじゃない?」
「うーん、どうだろう。レベルは確かに向こうで上がったけど」
「絶対そうだよ! 翔も順調に使える<スキル>が増えてるし、私も置いていかれないように頑張らないと……」
今日の朝から華歩と夢里がいつも以上に話しかけてくる。
もちろん嫌なわけではないけど、何かあったのかな。
「いや、でも二人の戦闘を久しぶりに直で見てて、正直おれ以上に成長していると思ったよ。<ステータス>に関係なく、戦術面・連携面といったところでね」
「「!」」
「そ、そうかな」
「素直に褒められると照れるっていうか」
続けて口を開いたのは、ちゅーっとバニラフラペチーノを飲む凪風。
「僕もそう思うな。実際、学校でも以前にも増して活躍してるよ」
「そうなのか。これは対抗戦が楽しみだな」
凪風が言うなら相当なんだろうな。
それに特別目立ってはいなかったが、凪風もさらに速く鋭くなっていた。おれもうかうかしていられないな。
加えて、
「豪月も道を見つけたみたいだしな」
「ふっ、わかるか。色々考えてみたが、やはりオレにはこれしかなかったみたいだ」
豪月は右腕のこぶをむきっと膨らませてみせる。
こいつも、今日は魔物どころか魔物の攻撃までも破壊し尽くしていたな。
本当にみんな頼りになるよ。
「ん? メッセージだ」
相手は……祭さん。
『お時間がある時で良いので、通話をしてください』
通話? それなら今でも良いか。
ということで早速店の外でかけてみる。
『祭さん? どうした――』
『天野さん! ハァ……ハァ……』
どうしたんだ? 何か息が切れているようだけど。
『出来ましたよ! 天野さん専用のオーダーメイド武器が!』
『えっ! もう!?』
おれも鍛冶に詳しいわけではないが、これが早すぎるってことは分かる。
『あれから寝ずに完成させました! ってあれ、今になって疲れが――』
『祭さん? 祭さん!?』
疲れてそのまま倒れてしまったのか?
これはまずい、急いで行かなければ!
おれは個室の扉を開け、みんなに伝える。
「みんなごめん! 急いで行かないといけないとこがあるんだ! DPは後で払うから誰かツケておいてくれないか!」
「オレが払おう。天野はさっさと行け!」
「ありがとう! 頼む!」
「祭さん!」
おれは店の引き戸をがらっと開け、勢いのまま店内に入っていく。
「!」
店の奥で倒れている祭さんを見つけておれは急いで駆け寄った。
「祭さん!」
「すぅ……すぅ……」
「良かった。なんだ、寝てるだけか」
介抱しようと顔を近付くと、彼女は寝息を立てて寝ているだけだった。
それでも、ここじゃ疲れもとれないだろう。
せめてちゃんとしたところで休んでもらおう。
「よいしょっと」
彼女を持ち上げ、ちょうどお姫様抱っこのような形になった時、後ろから冷たい声がした。
「翔……?」
この声は、
「れ、麗さん……。これはどうも。お、お久しぶりです」
「……」
麗さんは無言と目が全く笑っていない笑顔でこちらを真っ直ぐに見てくる。
そして、運が悪い事にさらにもう二人がひょこっと顔を出す。
「ふーん。私たちを置いてどこに行ったかと思えばその子といちゃいちゃですか」
「あ、いや、これは違くて」
「かーくん。誰? その子」
夢里と華歩だ。
カフェから追いかけて来たのか。てゆうか聞く気ないだろこれ。
「翔」
「翔」
「かーくん」
店内に入り、ゆっくりと近寄って来る三人。
「……ん? あれ、私は一体」
「!」
祭さんが目を覚ます。
自分の足で立った祭さんはおれと目の前の女子三人を交互に見て、一瞬ニヤリと笑ったような顔をおれに見せた。
「こんにちは。天野くんのパートナーの大田祭です。よろしくお願いします」
「「「パートナー!?」」」
その三人の声に怒りが混じっていたのは言うまでもない。
「すみません、お騒がせしました。昨日の朝から寝ずに作っていたもので」
祭さんは座敷に座って深々と謝る。
今は一通り話を終えたところで、今から祭さんから武器を受け取るところだ。
「ううん、いいんだよ。こっちもちょっとびっくりしちゃっただけというか」
「そうそう、ごめんね祭ちゃん」
華歩と夢里もようやく落ち着いてくれた。
「祭、悪ふざけもほどほどにしてくれ」
「ふふっ、すみません麗さん。ちょっと面白かったので」
麗さんはここに通っているだけあり、やはり祭さんとも知り合いのようだ。
「それにしても麗さんも……」
祭さんがちらっとおれを見た。
「分からないものですね」
「そ、それはいいから」
麗さんは顔を少し赤らめて祭さんに「やめてくれ」と手を出す。
「それで祭さん、これが……完成品?」
「はい。私の全身全霊を込めて作りました。これ以上の傑作はありません!」
祭さんの真っ直ぐで力強い目がおれを捉える。
「ぜひ手に取ってみてください」
おれは渡された、剣の形をした武器に手をかける。
「……!」
第一印象は重たい剣。見た目はおれがいつも使っている武器種の直剣だ。
色は全体的に黒く、異質なオーラが漂っている。
そして剣を見つめると、おれも剣に見つめられているような不思議な感覚がある。
「これは数々の形質変化する鉱石素材、自らの意思を持った素材、意思を反映させる素材を砕いて混ぜ合わたものです」
確かに武器が小刻みに震えているような感じがする。
これは、この武器自らが形質変化しようとしているのか?
「この剣は今、“混沌そのもの”。つまり、とても狭い空間に多くの凶暴な魔物を放り込んだような状態にあると思ってください」
混沌そのもの……。
「天野さんがやるべきは一つ。この剣の中に存在する意思を統一して、天野さん自身の意思を反映させることです。そうすれば、天野さんが思い描く武器へとその場で変えることも可能になるはずです」
意思を、統一させる。
「おわっ!」
「なんだ!」
「きゃっ!」
「いけない!」
持っている剣が急に暴れ出す。
「うぐっ!」
必死に力を込めるが、抑えようとすればするほど剣はより激しく暴れる。
こんな剣が暴れれば店の中がぐちゃぐちゃになってしまう!
「すぐに鞘にしまってください!」
鞘に?
「くっ! 暴れるな! このっ!」
ジャキン。
やっと思いで、なんとか剣を鞘に収める。
これには全員、安堵の表情だ。
「ふう。鞘に収めれば剣も意思を失い、平静に戻ります。ですが、実戦で使う時にも今のような事になることは考えられます。天野さん、これではやはり……」
祭さんが少々不安な顔になってしまう。
きっと彼女なりにこうならないように試行錯誤したのだろうが、性能を求めれば抑えることが出来なかったのだろう。
「祭さん、ありがとう」
「! でも、良いんですか? こんな危険な武器をダンジョンで使うなんて――」
「おれは気に入ってます、この武器」
「……!」
祭さんは嬉しそうに口元に両手を当てる。
「今はまだ、ただのじゃじゃ馬かもしれない。けど、こいつらも意思が強すぎるだけで悪い奴らではないと思う。おれはこの武器を受け取ります」
「天野さん! ありがとうございます」
「こちらこそ、無茶難題を本当にありがとうございした」
互いに深々とお礼を交わしておれは正式に武器を受け取る。
今はまだ、意思が混在した仲の悪い凶悪な魔物の集団。
けど無限の可能性を秘めていることは間違いない。
おれはこの武器、【ミリアド】と名付けた武器を必ず使いこなしてみせる。
「お会計、50万DPになります」
「たかぁ!」
おれのDPはすっからかんになった。




