第66話 意外な誘い
「放課後、時間あるか?」
「えっ?」
その“放課後”が、なんだかいつもと違うニュアンスを含んでいるのは私の勘違いじゃないはず。
翔からそんなことを言ってくるなんて、どうしちゃったの?
★
「はあ……」
今日は朝から憂鬱だ。
私はバスに揺られ、頬杖をついて窓から外を眺めていた。
景色は目に入ってきているけど、頭の中では全く別の事を考えてる。
昨日の事だ。
華歩は笑って許してくれたけど、結局あのあと「大丈夫だから」って誤魔化しちゃったんだよね。
「羨ましいなあ」
翔が強いのは知ってる。かつて勇者だったのはもちろん、今は職業にも恵まれているし、どんどん遠くへ行っちゃう気がしてる。
凪風くんもやっぱり才能マンだし、努力を惜しまない。
豪月くんは前は少し暗かったように見えたけど、多分用事か何かがあったんだ。
華歩は……すごいなあ。最初はあんなに悩んでたのに今じゃすごく生き生きしてるように見える。『上級魔法 聖者の光』だっけ? あれもすごく強そう。
「……私のバカ」
『魔法』は華歩が持った方が良いに決まってんじゃん。いくら『魔法の書』が輝いて見えたからって、
「はあ」
自分でもあんなことをすると思わなかったなあ。
「最低だ、私」
前かがみになり、組んだ腕にあごを乗っけながらぼーっと景色を眺めていると、プシューという音と共に馴染みある二人の声がする。
やばっ! ちょっと泣いてたのバレちゃう。
「夢里、いたのか。うずくまってて見えな――」
「こらっ!」
「いてっ、何すんだよ」
華歩が翔の言葉を遮るように頭をはたいた。
私が落ち込んでいたのを察して気を遣ってくれたのかもしれない。
「隣座るね」
「う、うん」
席順はいつも通りだ。私の隣に華歩。一つ通路を開けて翔だ。
華歩は許してくれたみたいだけど、私としてはなんとなく気まずい。
「夢里ちゃん、気にし過ぎないでね」
華歩は小声で言った後に、膝の上に置いていた私の左手にそっと右手を添えた。
「うん」
華歩はやっぱり優しい。それに、昨日なにより嬉しかったのは“負けたくない”と言ってくれたことだ。華歩はまだ私をライバルだと思ってくれてるんだね。
よし、頑張ろう。
二人を見てると私もなんだか元気が出てきた。
★
「夢里!」
「――! う、うん!」
<急所特定>
やばっ! 相手が照準から外れてる!
「夢里!?」
「ストップだ」
上から戦況を見守っている先生がストップをかける。
「星空、今のは後衛のお前が捉えなくちゃならない。想定は第22層の【ウルフクロウ】。接近戦ではかなり厄介な相手になってくるため、後ろからの攻撃で確実に仕留める必要がある。わかっているな」
「は、はい!」
集中してたはずなのに、どこか気持ちが入らない。
「では、もう一度だ!」
「「「はい!」」」
「はあ……」
さっきの授業上手くいかなかったな。
「どうした、浮かない顔をして」
「れ、麗さん!」
授業終わり、昼食の時間帯。
購買に行く途中の廊下で麗さんとすれ違う。
「ふむ、そうだな。一緒にご飯でも食べるか?」
「えっ、でも……」
麗さんの隣には二人の友達らしき人達がいる。
「麗、またあんたのお人好しが出ちゃったかー」
「うん、行ってきな。可愛い後輩ちゃんのためだもんね」
「ふっ、悪いな」
分かっていたような顔で麗さんは友達と別れる。
「どうした、夢里。行くぞ?」
「はっ、はい!」
麗さんに付いて行き、購買ではなく学食で一緒にお昼を食べることになった。
「そうか、やはり昨日の事だな」
「はい、情けないですが」
麗さんの前ではなんでも話してしまう。
私は麗さんの意思にも背いたのに。
「夢里。お前は落ち込んでいるかもしれないが、そんなことはよくある話だ」
「そうなんですか?」
「当たり前だろう。世の中がみんなお前のような良い人ばかりではない。見ていてむしろ心配になるぐらいだ」
良い人って。私はそんな。
「ふっ、だからだろう。お人好しが夢里のことを探しに来た様だぞ」
「え?」
麗さんが私の後ろを見ている気がした。
私もそれに反応して振り向く。
「放課後、時間あるか?」




