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第60話 頂点

 (れい)さんを前にして、おれは顔を上げる事が出来ずにいる。


「この大馬鹿者!」


「うぐっ」


 朝一から怒られるとは。それも中々に強烈だ。


 麗さんの呪いを解いた日から数日。麗さんは検診から当時の状況の再確認など、国からの調査で何かと忙しい毎日を送っていたため、会うのは久しぶりだ。

 昨日、いつもの四人とダンジョンへ潜り家に帰った後、夜に麗さんからメッセージが届き、この病室にて待ち合わせをしていた。 


 呼ばれたことが嬉しく、るんるんで待ち合わせ場所の麗さんの病室に顔を出したわけだが、明らかに顔が怒っていたので頭を下げて今に至る。


「顔を上げろ」


「は、はい」


 そう言われてそーっと目が上向きに先行するように顔を上げていくと、麗さんの怒りの顔はどこかへ消え、おれをじっと見つめていた。


「心配しただろう……!」


 麗さんにがばっと手を回され、急に頭を抱かれる。


「ちょ、ちょっと、麗さん!?」


「静かにしろ」


 今は装備ではないただの制服のため、その豊満で柔らかい感触がダイレクトに感じられる。何がとは言わないが。


「嫌か?」


「い、嫌では、ないですけど……」


 おれの言葉でぎゅっと、より一層強く抱き寄せられる。

 これは夢里や華歩に見られでもしたら大変なことになるな。


「麗さん、心配をかけてすみません。でも――」


「わかっている。無茶をした(かける)が心配だったんだ。怒鳴ってしまってすまない。感謝しているぞ。改めて、ありがとう」


 頭を抱き寄せられたまま、頭をぽんぽんとされて感謝を伝えられる。不思議と麗さんからは熱い体温を感じる。

 顔に若干かかる麗さんの髪からは甘くて良い匂いがする。


 だが、もちろんそんな幸せな時間がずっと続くわけでもなく、引き離された後に二人で久しぶりに向かい合って話をする。



 

 おれたちが相談もせず封鎖された第16層への侵入作戦を行った時、麗さんもその噂を耳にして“JAPAN PUBLIC SERCHER”とは()()、独自の調査を行わせていたらしい。


 なんでも、麗さんの実家は「(せい)(りゅう)家」という日本のダンジョン産業では有名な一家らしく、“JPS”がおれたちに目を付けたという情報までも独自に掴んでいたようだ。

 そしておれたちについて誤解を解くため、会議に飛び入り参加してくれたという。


 おれたちの動向もプロからすれば意外と筒抜けだったわけか。次はもっとうまくやらないとな。

 ……いや、もうやらないけど。


 コンコン。


「!」

「どうぞ」


 扉をノックする音が聞こえ、麗さんが返事をする。

 くそう、この心地良い時間を邪魔しやがって。一体どこのどいつだ!


「清流さん、元気になられましたか。今日でここも退院ですね」


「校長! はい、ここにはとてもお世話になりました」


 扉を開いて入って来たのは校長の大蔵(たいぞう)先生だ。

 校長にはおれもお世話になっているし、ここは仕方なく許すとしよう。

 

 どこから情報が漏れたのか、あれ以来、学校には以前にも増して探索者が多く来訪するようになった。目的は【水精霊王・ウンディーネ】だ。

 おれたち以後も第20層ボス部屋には【地の鎮守(ちんじゅ)・アースガルド】が現れるらしく、来訪する者たちは【水精霊王・ウンディーネ】の出現方法をしつこく聞きに来るのだ。


 だが、それを校長は毅然(きぜん)とした態度で(ことごと)く追い払った。「ここは私たちの生徒が学ぶ場であり、情報屋ではない」と。

 おれとしては情報を提供するのは構わないが、それを機に正体を探られたり、他にはないのかとさらに問い詰められるのが面倒だ。結果的に校長には感謝している。


「では私はこれで。様子を見に来ただけですので」


 校長は本当に挨拶のみで病室を出て行った。忙しい身らしい。


「……」


「えっ、なんですか?」


 校長が行ったのを見計らって、麗さんがじっと見てくるのが気になる。


「邪魔されたのに腹が立ったか?」


「えっ! い、いや、一体なんのことやら……」


「ふっ、冗談だ」


 麗さん、なんだかおれへの接し方が変わってないか? 妙に意識してしまう。


「それより、今日の事は忘れていないのだろうな。楽しみにしていたのだぞ」


「! はい。それはもちろん」


 麗さんは女の子の表情からまさに戦士のような表情へと変わる。


「良いだろう。では、放課後に」


「はい」


 差し出されたグーに右手でグータッチを返す。

 この瞬間からおれたちはライバルだ。







 ドクン、ドクン。心臓の音がうるさい。

 観客席は生徒や教員で埋まり、声を上げているはずの歓声は一切聞こえない。


 “剣聖”、清流 麗。

 この人に刺激をもらい、この人に憧れて入学したのがこの国立探索者学校だ。


 今のおれの<ステータス>、そして(じか)で見た麗さんの動き・強さを踏まえてシミュレーションはしてきた。今のおれに出来る限りの対策も持ってきたつもりだ。


 レベルは負けている、おそらく圧倒的に。

 それでも、おれが今使える<スキル>を最大限に用いて麗さん、この学校の頂点に挑む。


 おれは本気で勝ちに来た。


「いきます、麗さん」


「どこからでも来い、翔」


 審判教員の合図を耳にした途端に前傾姿勢を取り、<スキル>を発動させる。


<瞬歩> <攻撃予測> <斬刃(スラッシュ)


 おれのオーソドックスな剣と、麗さんの速さを生かすための細めの剣が中央でぶつかり合う。

 <攻撃予測>で一瞬見えた剣筋に<斬刃(スラッシュ)>を置いたが……模擬用の細剣でこの圧なのかよ!


「さすがだな。これに付いて来るか」


「全力ですよ!」


受け流し(パリィ)


 麗さんの剣を下に受け流そうとするも、華麗な剣(さば)きで逆におれの剣が受け流される。麗さんもこの攻防の間で(いく)つもの<スキル>を使っている。


「くっ!」


 分が悪い間合いだと感じ、おれは一度後方へ下がり距離を取る。

 ふう、と一息つき再び麗さんに向かって飛び込む。麗さんも真っ向から受けて立つ構えだ。


「うおおおお!」

「はああああ!」


 お互いに<スキル>を駆使し、おれの剣は再び麗さんの剣と交わる――。








「へえー。あの全国的にも有名な、“剣聖”清流 麗が?」


「ああ、そうらしい」 

 

「ふーん」


 内容を聞き返し、軽めの返事をした男は口元に手をやり少し考える様子を見せる。


「確かに一年生でそれはすごいけど……。うーん、それでもやっぱり俺より上だとは思えないな」


 その内容を聞いてなお、男は余裕を見せる。


「はあ、羨ましいよお前の職業(ジョブ)。努力を否定する気はないけどよ、持って生まれたものが違うっていうか」


「それはどうも」


 男は一切謙遜(けんそん)をすることなく、素直に言われたことを認める。自分に圧倒的な自信を持っているようだ。


「つくづく思うけど、なんで東京の方に行かなかったんだよ? あっちにはダンジョン環境もあるだろ」


「関西が好きなんだよ。それに、環境だってダンジョンに潜れば一緒さ」


「全く、東京の方に落ちたこっちの身にもなれよな」


 男と話す彼の友達は、男の発言にがっくりと肩を落とす。


天野(あまの) 翔、もうすぐ会えるかなあ。早くその“ダンジョン環境”とやらでぶっ倒したいなあ」


 男は校舎の窓から空を眺める。

 “聖騎士(パラディン)”という職業(ジョブ)が刻まれた<ステータス>を開きながら――。





―――――――――――――――――――――――

~後書き~

これにて第2章躍進編は完結となります。

ここまでお読みくださり、本当にありがとうございます。

面白いと感じたり、応援したいと思って下さった方がいらっしゃれば、ブックマーク・評価などを頂けると大変励みになります。


第2章は完結しましたが、翔たちの物語はまだまだ続いていきますので、今後とも応援よろしくお願いいたします。


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