第53話 巨大な兵
第20層ボス級魔物【地の鎮守・アースガルド】。体長はおよそ5メートル。足、胴体、腕、どこを見ても太く頑丈な装甲の上、体長よりもさらに長い槍を右手に持つ全身が茶色の巨大な兵。顔には光った目のみがついており、生物というよりもまるで創られたかのような魔物だ。
(イメージイラストで見たものとほとんど同じ。間違いない【アースガルド】だ!)
第10層ボス級魔物【サイクロプス】とは比べ物にならないほど遥かに強く、その割にはドロップアイテムが市場で全く価値を成さない、この東京ダンジョンにおいて“嫌われボス”の筆頭とも言われているボス級魔物だ。
――グオオオオ!!
体の内部から発しているような激しい咆哮と共に、上方に大きく振り上げた槍を力のまま振りかざし、大きな音を立てて大地を揺るがす。
攻撃は早くないが、直撃するようなことがあればおそらく粉々だろう。
「これは……! 思った以上だね」
槍を地面に叩きつけただけで地響きが起こり、想像以上のパワーに言葉を漏らす凪風。
「ああ、だがやるしかない。いくぞ、天野! 翼!」
【アースガルド】の攻撃は威力は絶大だが隙は大きい。槍を地上から戻すのを見計らい、豪月・翔・凪風が前線を押し上げる。
華歩・夢里は要所で後方からの援護が役割だ。彼女らにヘイトを向けさせないためにも、この前衛三人の立ち回りがかなり重要となる。
【アースガルド】は槍を上方まで戻し、今度は横向きに傾けた。
「薙ぎ払いよ! 避けて!」
その動作からいち早く攻撃を察した夢里が声を上げる。
夢里の読み通り、【アースガルド】は横から力の限り槍で前衛三人を薙ぎ払う。
これにはやむを得ず、前衛三人は当たらない位置まで下がるしかない。
「槍が長すぎる……!」
一撃の重さと槍の長さが相重なり、思ったように近付くことが出来ない。いつもなら異世界での知識から、ある程度魔物の動きを把握している翔だが、今回は初めて見る魔物だ。そのアドバンテージが働かない。
さすがの翔もこの魔物相手には慎重にならざるを得ない。
「それでもなんとか近付かなければ」
翔たちも考えている通り、どうにかして三人が【アースガルド】を崩し、華歩・夢里がその隙に急所を突くという攻撃でなければ有効打とはならない。
「やっぱり僕が先頭の方が良さそうだね」
凪風が自ら宣言し、先頭に立つ。他の四人もそれぞれ頷く。
普段このパーティーで最前衛を張るのは豪月と翔であり、凪風は中衛寄りの前衛であることが多かった。だが、豪月と翔は魔物の攻撃を弾きながら距離を詰めていくスタイル。今回に限っては相性が悪い。
正攻法で攻略できそうにない場合は、一番の速さを誇る凪風が先頭に立って翻弄する。これは五人があらかじめ決めていた作戦であり、十中八九こうなるだろうとも考えていた作戦である。五人ともシミュレーションはしてきた。
「いくよ」
<忍歩> <隠れ身>
凪風は持ち前の速さと<スキル>で、単独【アースガルド】に距離を詰める。
周りに人がいないため、凪風をカバーできる者はいないが、それは同時に自由に動き回れるということでもある。
「また薙ぎ払いだよ!」
「……」
先程の一回で見切ったのか、凪風は薙ぎ払いの軌道を正確に読み取り、槍の下に潜り込むことで躱す。
大振りになった攻撃の隙を付き、一気に距離を縮める。が、凪風は攻撃をすることなくそのまま足の下をスライディングで潜り、後ろを取った。凪風一人が攻撃をしようとも、装甲が頑丈なあまり攻撃が通らないからだ。
凪風が<隠れ身>の使用と解除を繰り返し、【アースガルド】を翻弄することで他の四人はそれぞれ準備を整える。
「翼ァ! 今援護するぞ!」
<物体破壊> <精密射撃>
豪月は横へ回り込み、近くの尖った岩や地中から盛り上がった岩石など、部屋内の物体を片っ端から拳で殴りつけて【アースガルド】へ飛ばす。
翔より教わった<精密射撃>の補正により、砕かれた瓦礫は全て正確に【アースガルド】へと一直線に向かう。
――!!
様々な部位に命中し、機械音のような声を発する【アースガルド】だが、それらが効いている様子は全くない。だが、ヘイトは確実に凪風から豪月へ変わった。
豪月の方へ顔を向けたのを凪風、そして翔は見逃さない。
<風三剣刃>
<三剣刃>
両者が息を合わせて切り刻む。狙ったのは右膝だ。
――!!
大したダメージにはなっていないが、多少なりとも効いているのは周りから見ても確かだ。
翔・凪風、次は豪月、と交互にヘイトを向かせることで大振りの攻撃をさせない。
長い槍による範囲攻撃は強力そのものだが、近接に持ち込めば体の大きさから翔たちに分がある。
ここでようやく華歩と夢里、中衛と後衛の出番だ。
【アースガルド】は周りと横からの攻撃で手一杯のようだ。
「見つけた」
<急所特定>
夢里は最後衛でスコープから目を覗かせる。
今この瞬間まで<急所特定>を使っても反応が無かったが、翔と凪風によって傷ができたことで夢里はその部位に急所を確認する。
<精密射撃> <重撃>
いつもとは違い、一撃に全身全霊を込める銃撃で自身のスナイパーの性能を引き出す。<三点バースト>ではあの硬い装甲には一発が通らないと考えたためだ。
翔・凪風・夢里が、同じ要領で繰り返し<スキル>で傷を付け続けることで、装甲の傷口は広がっていく。
翔たちが優勢かに見えるが、ここまで一気に階層を進んできた疲労、直撃すれば即死というプレッシャーが彼らを追い込む。状況は至って五分だ。
そんな中で一人、力を溜め、火の球を膨れ上がらせ続ける“魔導士”がいる。
「全員退避!」
周りが良く見えているパーティーの司令塔、翔が凪風と豪月に指示を出す。
――!!
【アースガルド】がようやく華歩に気付くが、『魔法』はすでに完成された。
「『上級魔法 豪火炎』」
【ボムスライム】を討伐した時よりも大きな火の球。あの時も威力に振り切ったわけだが、今回はさらに時間をかけて力を溜めた。華歩自身、放ったことのない大きさの火の球を満を持して放つ。
【アースガルド】が槍で相殺しようとするも、傷付けられた膝ががくん、と下がる。結果、一歩遅れて華歩の『魔法』が狙った膝を直撃した。そしてそのまま、ゆっくりと右斜め前に倒れ込む。
「――!? まって、倒しちゃダメ!」
フィが叫んだのは翔・凪風が最後のフィニッシュで飛び込む最中だった。




