第48話 侵入
時間だ。
宿の窓を静かに開け、外の真下に豪月がいるのを確認する。深夜抜け出すためにも、おれたちが取ったのはフロントを抜いて一番下の階、宿の二階だ。
「――ッ!」
地上では<ステータス>のパラメータが反映されていないため、少しビビりながらも豪月を信頼して飛び降りる。
おれに続き、隣の部屋から凪風も豪月の元へ飛び降りる。窓はしっかりと閉めた。
三人でアイコンタクトを交わし、宿から暗めの裏道を通って人目に付くことなくダンジョン入口の受付へと向かう。ここで人目に付くことはそこまで問題にはならないが、念には念を、というやつだ。
ダンジョンの受付近く、あらかじめ決めておいた集合場所にて華歩・夢里とも合流する。二人には、ダンジョン入口から最も近い女性専用の宿から情報を送ってもらっていた。彼女たちの情報で、今は人が歩いていないことは分かっていた。
装備はすでに身に付け、五人とも準備は万端だ。
深夜帯にダンジョンに入ってはいけない、といったルールは存在しないが、受付のお姉さんはこの時間帯にはいない。
ダンジョンの受付というのは、監視カメラ等の通信が行えないダンジョン内において、その中で得た功績などの恩恵を現代で受けるために設置され、人間が配備したシステムだ。
ダンジョンの恩恵というのは計り知れないもののため、本来ならこんな人間はいないだろうが、今回はスルーだ。ダンジョンへ入った記録が残る方が都合が悪い。受付をせずに入ってからといって、法に触れるだとかそんなことはない。
「飛ぶぞ」
後方の四人に向け、ほとんど口パクのような大きさの声で合図をする。
おれたちが向かった先は第15層だ。
「とりあえずここまでは順調だな」
「はあー、息が詰まるかと思ったよ」
飛んだ先、第15層の入口にて華歩が自身の杖を支え棒にして息を吐く。
「私もだよー。心臓がバクバク言ってたもん」
受付をスルーしたのは特に悪い事ではないが、見られれば不審がられるのは確実だ。人目を避け、忍び込むようにダンジョンへ入ったのもそのためだ。
「まあ、気持ちはわかるけどね。問題はこっからだよ」
凪風の言葉で女子陣はうんうん、と頷く。
「第15層からとなると【ダークスパイダー】をもう一度やらなければな」
「そうだな。でも、第16層にいきなり転移して気付かれるよりはましだ」
おれたちが第15層に飛んだのは、いきなり第16層へと飛び、転移の光で気付かれることを防ぐため。第15層突破後、扉を開けた瞬間に日中の仕込みを発動させ、一気に侵入という算段だ。
「そうと決まればそろそろ行こうか。あまり時間はないかもしれないよ」
「よし、みんな行こう。フィも出てきてくれ!」
「まっかせなさーい!」
おれの合図でフィが姿を現す。周囲がきらきらとしているフィはここからの出番だ。
「フィ、なるべく魔物のいないルートを」
「了解!」
おでこにびしっと手を当てて進み始めたフィのルートを信じ、豪月とおれを先頭に第15層を進んで行く。一度突破しているとはいえ、決して油断出来ない階層だ。奥には【ダークスパイダー】もいるしな。
「うおおお!」
<三剣刃>
豪月の懐からの拳で一瞬浮いた【ダークスパイダー】の体を、決めの<スキル>で容赦なく切り刻む。麗さんと一緒に戦った時の要領で【ダークスパイダー】を討伐する。華歩・夢里はすでに三回目、豪月・凪風も二回目のため、それほど苦戦することなく討伐することが出来た。
「うーーし! さすがは兄弟、楽勝か」
「いや、みんなの力が合わさった結果だよ。全員、お疲れ様」
「とりあえず第一関門は突破、ってとこだね」
麗さん抜きでこのパーティー火力。各々がやるべき行動から後方の支援まで完璧。久しぶりに直で見て改めて感じる。
みんな、本当に強い。
「じゃ、階層間の階段で少し休憩してから進もうか」
【ダークスパイダー】の討伐で解錠される扉を開け、第16層へと続く階段で休憩を取る。全体的に多少の疲れは見えるが、本番はここからなのだ。第15層突破はあくまで前提でしかない。
「みんな、行けるか?」
各自持ち込んだ回復薬を施し、肉体的、精神的にも回復をしたところで声を掛ける。おれの掛け声で四人とも立ち上がった。
「いよいよ、だね」
今作戦の肝となる凪風は少し緊張の様子だ。
「大丈夫……だよね」
「華歩、大丈夫だよ。私たちならきっと出来るよ」
女子二人が互いに励まし合っている。もちろん彼女たちも作戦での役割があり、プレッシャーを感じているのだろう。緊張するのも当然だ。
「豪月は平気そうだな」
「そう言う天野もな。なに、お前たちがいて失敗するとは思えん」
おれたちを信頼してくれているみたいだ。いつも通りの豪月に安心感を覚える。
「さて、行くぞ」
階段を下りきり、目の前には大きな扉。これを開けた先は第16層だ。
立てた作戦は、一つの不案要素以外抜かりはない。後は、祈るのみ!
3、2、1……! ハンドサインで各々のタイミングを合わせ、おれが左手で扉を音を立てずに一気に開く!
扉を開くと同時に豪月が構えていた両拳を地面に叩きつけ、前方に大小様々な瓦礫を浮かび上がらせる。中からの視認対策だ。
探索者はいない! 豪月が浮かび上がらせる瓦礫の隙間から中の様子を一瞬で確認する。これで不安要素は消えた!
豪月が地面を叩きつけた直後、華歩があらかじめ溜めていた『上級魔法 豪火炎』を奥に向かって放つ。
「「――ビビッ!」」
朝確認していた複数の警備ロボットは、結界に激突した華歩の赤色に煌めく『魔法』に反応を示す。
おれたちは視界に捉えられていない。
「「――!」」
警備ロボットが壁を向いたのを見計らい、凪風は華歩に使っていた<隠れ身>の対象を自分へと変え、おれは<瞬歩>で目にも止まらぬ速さでロボに接近し、おれと凪風、同タイミングで手前のロボ二体を手刀で叩く。
国の所有物である可能性が高いため、壊すのはNGだ。
凪風は手刀の直後、華歩の『魔法』による砂埃が消えない内に、朝に仕込こんだ罠を発動。
凪風の両手に握られたクナイは手を離した瞬間、糸を伝ってそれぞれ一番奥の左右の警備ロボットに向かって飛んでいく。クナイに付けられた布が、警備ロボット二体の視界を塞ぐ。
凪風がクナイを離すのを見て、フィが結界へと飛び込みその小さな手を触れる。
フィが手を触れた点を中心にひび割れが起こり、結界が解かれる。
「「「――!」」」
結界が解かれたのを確認し、全員が一斉に結界の向こうへ飛び込む。
凪風は飛び込みながら糸ごとクナイを回収。夢里は豪月に抱えられながら、後方を向いて扉を目掛けて銃弾を撃ち、扉を閉める。
フィを含めた六人が結界を通過した直後、結界は復活した。
「……!」
完璧な侵入の成功を噛みしめながら、一刻も早くその場を離れるようにおれたちはフィの後を付いて行く。




