第46話 友を連れて
華歩が机上に拡大表示させた情報へと近寄っていくフィ。
「そんなはずは!」
おれと同じく、フィも動揺しているみたいだ。
「どうして。この“東京ダンジョン”は“アウレリアダンジョン”と同じのはず! それなのにどうして違うボス級魔物がいるのよ!」
「ちょっと、おれにも詳しく見せてくれ」
おれもフィに続いて情報が表示された机上に目を近づけ、じっくりとボス級魔物【地の鎮守・アースガルド】の情報を確認する。
「フィ、この魔物見た事あるか?」
「……ないわ」
羽を上下に振動させて悔しそうにするフィ。
フィは記憶力が良い。それこそ、一度得た情報は忘れないほどに。そんなフィが見た事がないのであれば、本当に出会ったことがないのだろう。
「やっぱり、そうなんだ」
華歩が納得したような態度を示す。
「どうゆうことだ?」
「わたしたちは、逆にその【水精霊王・ウンディーネ】というのを聞いたことが無いの。でも、わたしたちが知らないだけって可能性があったから検索をかけてみたんだけど……」
「どこにも見つからなかったんだよ」
華歩に続けて夢里が補足をしてくれる。
「そんな。じゃあ、“水精霊王の結晶”が手に入らないっていうの……?」
フィがおれの気持ちを代弁したような言葉を漏らす。
「翔、どうするの?」
夢里の顔は不安げだ。
行ったことのない階層ではあるが、辿り着きさえすれば、正直今のおれたちの力なら倒せると踏んでいた。麗さんを治すきっかけになる“水精霊王の結晶”の入手も、無茶な難易度ではないと思っていた部分はある。
だが、目的の魔物がいないとなると……。
いや、それでも!
「おれは行くよ」
「かーくん……」
「カケル。でも、行ってどうするの?」
華歩、夢里、フィの顔は曇ったままだ。
「確かに東京ダンジョン第20層にいるのは【地の鎮守・アースガルド】みたいだ。けど、おれもフィも実際にこの目で見ることで何か得られるものがあるかもしれない」
「それは、そうだけど」
フィはまだ少し落ち込んでいる。
「……うん、わかったよ。わたしはかーくんを信じる」
「華歩!」
「そうだね。フィの気持ちも分からなくもないけど、翔の言う通り一旦行ってみることで何か掴めるかも。私もいくよ、翔!」
「夢里も! ありがとう」
二人は賛同してくれた。
「そうゆうことなら、わかったわ。あたしも行って確かめることにする!」
フィは小さな両手をグーにして胸の前で握る。二人に感化されてやる気になってくれたみたいだ。
「よし、それなら当初の予定通り、第20層を目指すことにしよう」
華歩、夢里、フィはうん、と首を縦に振った。
「それと、この流れで言うのも悪いが、最後の確認だ。本当に……良いんだな? これが見つかればタダでは済まないんだぞ」
「翔」
「かーくん」
二人に強い目で見られる。
「私はもう覚悟を決めてる」
「わたしもだよ。絶対に麗さんを救いたい」
「わかった」
第16層以降における諸々のデータを自分の端末に移し、電子図書館を後にして保健棟の自分の部屋へと戻る。
すると、部屋の前に見覚えのある顔ぶれが二つ。
「天野! 大丈夫だったか!」
「合同訓練で大変な目に遭ったって聞いたけど」
豪月と凪風だ。こいつら、なんだかんだ仲良くないか。
「いや、おれの方は大丈夫だよ。それよりも――」
麗さんの事を頭に浮かべ、咄嗟に出そうになった言葉を止める。
この二人に話して良いものかどうか……。
今回の麗さんの件、大人たちを頼らず、華歩と夢里にしか協力を仰いでいないのは、あくまでも麗さんは何も異常がなかったという結果になっているからだ。
日本の最先端、世界の最先端をいくようなこの学校でも見抜けなかった“呪いの刻印”について、どうしておれが知っているのかと取り上げられれば、周りにどんな迷惑が及ぶか分からない。
「悩みなら聞くぞ、兄弟」
「うん、僕たちで良ければね。話せないことがあるならそれでも良い。協力出来る事があるならさせてよ」
「! 二人とも……」
やはりおれは顔に出やすいらしい。二人にはすぐに見抜かれた。
「話したいことがある。とりあえず入ってくれ」
「ああ!」
「うん」
豪月と凪風をおれの部屋へ案内し、それぞれ椅子に腰かけてもらった。
「お見舞いは来てくれてありがとう。とりあえずおれはこの通り平気だ」
ベッドの上から腕を広げて見せる。
「はっはっは! お前が簡単にくたばるとは思ってなかったがな!」
「それは良かった。そんな風には聞いていたんだけどね。一応、顔を見るまでは安心できなくて」
二人は安堵の表情を浮かべつつも、おれの次の言葉を待っているよう。
「じゃあ、さっきの続きを話すよ。落ち着いて聞いて欲しい」
二人は黙って頷いた。すでに聞く態勢になっているみたいだ。
おれは豪月と凪風に、今回の事件を簡単に話す。混乱を防ぐため、おれが元勇者の異世界転移者であることは一旦隠したが、麗さんが強力な呪いを受けてしまったことを伝える。
そして、今回最も重要な事項。華歩と夢里にも最後の確認を取った事項だ。
ヒーリ先生から聞いた話だが、今回の件を受けて国からかこの学校の上層部からか、第16層が一時的に封鎖されるみたいだ。期間は未定で、封鎖はすぐに始まる。
つまり、第16層以降進んだことのないおれたちは、しばらく階層を進めることが出来なくなる。その上で、おれ・夢里・華歩は秘密裏に侵入して階層を進めようというのだ。
これが見つかれば大変なことになるのは明白。国絡みで第16層を封鎖していた場合、侵入してもし見つかれば怒られるどころの騒ぎではない。
これを先程、最後の確認として夢里と華歩にも聞いていたのだ。
これが、おれたちが今まで以上に入念に下調べをしているある事情だ。
「なるほど、あの清流 麗が未知の弱体化か。これが表に出れば世間は騒ぐだろうな」
「うん。それに長らく放っておくことも出来ない」
「天野くん、君がどうしてその事について知っているかは、突っ込まない方が良いかい?」
「……悪い。本当にわがままだってのは分かってる。でも、今は話せない」
二人に申し訳ない、と気持ちを伝える。
「それともう一つ、これが見つかればおれたちの立場は危うい。ここで引き返してくれても、二人を絶対に恨んだりはしない。むしろ、そっちの方が賢い選択に決まっているんだ」
「天野」
豪月は椅子を立っておれの前に立った。
「オレは行く。結果どんなことになろうが、目の前で友が困っているなら行くしかないだろう」
「天野くん。見くびられたもんだね。僕も行くに決まっているよ」
凪風も豪月に続いて賛同の意を表する。
「二人とも。おれから話しておいて言うのも悪いが、良いのか?」
「良いに決まってるよ。友達が困ってるんだ。僕はそこまで薄情じゃないよ」
「オレはもちろんだ、兄弟! 話を聞いた時点で断るつもりは毛頭ないぞ」
「ありがとう……!」
凪風・豪月の同意もあり、おれたちは五人で第20層へ向かうことになる。
夢里と華歩の調査により“東京ダンジョン”第20層にいるのは、おれたちが求めていたボス級魔物とは違った魔物、【地の鎮守・アースガルド】だと分かった。
それでも、その真実を確かめに行くため、おれたちは第20層を目指す。
「第20層って、僕らの年じゃ前人未到もいいところだけどね」
「ああ、そうだな。だからこそ、オレたちにふさわしいな」
「二人とも、よろしく頼む」




