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第45話 彼女の記憶

 「シンファ」


 椅子に腰かけている女の子はおれの呼び掛けに応えるように、サラサラで長めの金髪を耳にかけ、見えやすくなったその綺麗で大きな瞳をこちらに向ける。

 特徴的なベレー帽のような被り物を取ってよりはっきる分かる。彼女は間違いなくおれのかつての仲間、シンファだ。


 麗さんがいた病棟とはまた違った施設。病棟ではあるが、麗さんの部屋よりもかなり広めの白い部屋に、シンファは保健棟のヒーリ先生と一緒の机で向かい合っている。そういえば、先生はシンファの様子を見に行くと言っていたな。


「……」


 おれのことを観察しているのか、じーっと顔から足元へとじっくり姿を見られる。


「シ、シンファ?」


「だれ」


 華歩には言われてたけど、実際に言われるとやはり悲しいものがあるな。彼女が記憶喪失というのは本当らしい。


「カケル、だよ。名前に聞き覚えはある?」


 顎に左手を当てて少し考える素振りを見せた後、彼女はぶんぶんと首を横に振る。


 そうか、と落胆しながら彼女の隣の椅子に座ろうとする。……が、おれが距離を縮めた分だけ、彼女はすすすっと座っている椅子を動かして奥に行ってしまう。


「あららー。天野(あまの)君、嫌われちゃった?」


「こんな時に冗談はやめてくださいよ。それよりどうして先生は大丈夫なんですか」


「そりゃあ、ねえ」


 ヒーリ先生に合わせてシンファが頷く。


「大人の魅力ってもんでしょ」


「何を言っているんですか」


 どうもこの先生(ひと)にはおちょくられてばっかりだ。良い意味でも悪い意味でも先生らしくないというか、なんというか。


「本当の事を言うと、君はこの子にとってはまだ知らない人なんだから。普通に近付かれても恐いだけよ。ただでさえ、自分でも状況が整理できていないのだから」


 先生は少し真面目に答えてくれた。


「一応、君の事は大丈夫だよって、伝えてあるんだけどね」


 先生は頬杖をつき、シンファの顔を優しい目で見つめる。


「そう、ですね。ゆっくりと向き合うことにします。ごめんな、シンファ」


「……」


 シンファはおれの様子を(うかが)うように少し首を縦に傾ける。

 あれだけ同じ時間を過ごしたシンファに対してこんな風に接するのは辛い事だが、これも彼女のためだ。


 それはそうと、おれを見て記憶を取り戻すことはなかった。次は、


「フィ、出て来いよ」


「はーい」


 おれの呼びかけに応えてフィが姿を現す。


「シンファ!」


 ぴゅーん、と自分の口で言いながらフィがシンファに近付いていく。

 ってあれ、フィとは距離を取らないのか。


「えへへ。もう、やめてよ~。シンファ~」


 シンファは距離を取らないどころか、自身に近付いてきたフィを怖がることもなく、頭を人差し指で撫で始めた。


「かわいい」


 フィに対しては満面の笑みを見せるシンファ。まあ、フィと一番仲が良かったのがシンファだしなあ。記憶は無くても何か惹かれるものがあるのかもしれない。

 てことはおれには惹かれ……いや、やめておこう。(むな)しくなるだけだ。


「シンファ」


「どうしたの?」


 フィが小さな両手でシンファの人差し指を握って問いかける。


「本当に、記憶なくなっちゃったの?」


「そう、みたいね」


 当然フィもこの事については知っていたが、シンファの口から直接聞いたことがショックだったのだろう。フィの羽はしゅん、と少し下方に下がる。


「カケルのことは?」


「……」


 “カケル”という名前に反応して、シンファはまたおれのことをじっと見つめる。

 数秒間おれを見つめた後、彼女はフィの方を向いて首を横に振った。


「そっか」


 フィは振り返っておれの方へアイコンタクトを送ってくる。


 十中八九こうなるとは思っていたが、やはりシンファは連れていけない。

 彼女の記憶を取り戻すのに一番手っ取り早い方法、それはダンジョンへ連れ行くことだろう。しかし、この状態ではさすがに危険すぎる。何より、今の彼女に怖い思いをさせてしまうだろう。それはおれとしても気持ちの良いものではない。


 今は麗さんの事が優先にはなってしまうが、シンファの記憶を取り戻すことについても何かしらを考えていかなければ。


「では、僕たちはこれで行きます。先生、シンファの事をどうかよろしくお願いします」


「じー」


 立ち去ろうとするも、ヒーリ先生がそう言葉に出しながらおれを見つめてくる。


「天野君、今日と明日は激しく動いたらダメなの、わかっているよね?」


「も、もちろんですよ~。ははは……」


 先生は目を細めたままだ。


「あ、はい。本当に激しい動きはしません。今日と明日は準備に()てますので」


 この言葉に噓偽りはない。


「ならいいけど。次、無理をしたらもう面倒見ないからね」


 それは保健棟の総責任者としてどうなんだ、と思いつつも一礼をして扉を閉める。まあ、先生もおれの事を考えてくれてのことなんだろうけど。


 おれとフィは、シンファの部屋を出たその足でそのまま電子図書館へと向かう。





「どうだった?」


 戸を開けたおれとフィに気付いて、話しかけてきたのは夢里(ゆり)だ。

 夢里と華歩(かほ)は、電子図書館の奥の方、四人ほど入ることの出来る防音個室で第16層以降の情報を調べてくれている。()()()()から、今回は今まで以上に入念な下調べが必要だからだ。


「ダメだったよ。フィのことは可愛がっていたけど、記憶が戻る様子は無かった。これから何かアクションを起こしていくしかないかもしれない」


(かける)とフィでもダメだったかー」


 夢里と華歩も、シンファが目を覚ました時に少し話をしたそうだが、初めて出会う二人では記憶を取り戻すきっかけになるはずもなく、今回はおれとフィが話す邪魔にならないよう配慮してくれた。


「まあ、仕方ないよ。今は一度麗さんの事に集中しよう。それで、そっちは何か情報掴めたか?」


「かーくん、そのことなんだけどね」


 華歩と夢里は目を合わせて(うなづ)き合う。


「かーくんに第20層ボス級魔物の事を聞いた時から違和感があって。それは夢里ちゃんも一緒だったの。それで調べていたら、わたしたちが思ってた通り……」


 華歩は開いている電子書籍ページを机に読み込ませ、机上に表示する。

 そのページに書いてあるのは大まかな地図、出てくる魔物の攻撃やイメージイラストなど、第20層に関する様々な情報だ。


「これを見て」


 華歩はそのページの中でも、第20層ボス級魔物の情報が載った箇所を指し、両手のスワイプで拡大表示させる。


「「【地の鎮守(ちんじゅ)・アースガルド】?」」


 その箇所を目にしたおれとフィは、思わず声を重ねる。

 そこに載っている魔物が、知らない魔物だったからだ。

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