第３３話 対人戦
「いねえのか！ 天野 翔！」
おれは後ろ、声を上げている男のさらに奥の華歩を見る。
あははー、といった感じで軽く愛想笑いをされた。助けてくれよ……。
はあ、しょうがない。
「おれが天野 翔だ」
何人か生徒を通り過ぎて、声を上げる男に正面から名乗る。周りは少しざわつく。
「おう、お前が天野 翔か。案外小さいな。返事がないから腰を抜かして逃げたかと思ったぞ」
お前がデカいんだよ！ と言いかけたが心の中で留めておく。
「で、おれに何か用か？」
「それをわざわざ聞くか。お前もわかっているだろう」
まあな。あの話を聞いた後でこれなら十中八九“模擬戦”だろう。
「後悔しても知らないぞ？」
「その意気だ。せいぜい楽しませてくれ」
いちいち癇に障る言い方だな。
「というわけで、今から一戦やってもいいですか？」
教壇から下った先、学校長の方を向いて大きめに声を出す。
「良いでしょう。今年の一年生は元気があって素晴らしい。では、せっかくなので他生徒にも見守ってもらう中で模擬戦といきましょう」
――おおおお！！
周りが一気に盛り上がった。清流 麗の宣言後、すぐにこの場で戦おうとするバカはそういないだろう。おれも張り切っているけどな。
◇◇◇
「もう一度聞くが、本当に良いんだな？ おれもお前も同じAクラス。いずれやることにはなっても特に焦る必要はない。お前に負け星がつくだけだぞ」
“ダンジョンドーム”。ダンジョン内の環境を再現した、世界でも唯一の施設だ。そこで翔は豪月という奴と相対している。先程喧嘩を売られたからだ。
「しつこいぞ。こちらの準備は出来ている。さっさと【装備】を付けろ」
「わかったよ」
ドーム内では＜ステータス＞から【模擬戦用装備】一式を用いて模擬戦を行う。
豪月に言われて翔も【装備】を一式装着する。
「ほう、剣士系職業か」
（違うけどな。今は別に言う必要もない）
翔は自身の覚醒職を隠し、言葉を豪月に返す。
「そう言うお前は格闘系だな」
「ああ、“拳闘士”。格闘系の上位職業だ」
『それでは模擬戦を開始します。……はじめ！』
「うるぅああ！」
審判員の合図と共に、豪月は翔に真っ正面から突っ込こむ。格闘系の間合いに入るためだ。
（攻撃が単調過ぎだ！）
翔は＜スキル＞を使うでもなく豪月のストレートを躱す。が、それが仇となる。
「！」
翔の頬に一本の切り傷が付いている。
（攻撃は確かに躱したはず。何かの＜スキル＞か？）
「ねえ、翔勝てると思う？」
「負けるとは思ってないけど、かー……翔くんは対人戦とか鍛えてこなかったから。相手はダンジョンのエリート養成校出身だって言うし、少し心配かも」
観客席で他生徒と同じく見守るのは夢里と華歩だ。
「んー、対人戦か。まあ、たしかに私たちは見た事ないけどさー」
「あ」
夢里の言葉で華歩も自分の言葉が誤っていたかもしれないと気付く。
（なるほど。こいつ、思ったよりも考えて戦闘をしている）
一見単調に見える豪月の行動は相手を釣り、自身の間合いで戦闘を行うためにしっかりと計算されているものだった。
（ダンジョンに潜っているだけの奴なら、これに気付かずやられるんだろうな。だが……）
翔は異世界転移者。そこで教わった数多の＜スキル＞は武器を交えることで人から学んだもの。そう、翔はこう見えて
（対人戦は一番得意なんだよ！）
翔はダンッ、と足を踏み出す。
（悪いな、久し振りの対人戦でおれもうずうずしてるんだ）
――！！
「なっ――！？」
豪月が気が付いた時にはすでに手遅れ。翔は豪月の後方で剣を振り切っていた。
★
『そこまで！』
審判役の合図で模擬戦は終了。
やばい、ついやりすぎてしまった。
「今の、何をしたんだ？」
「まじかよ。相手はあのエリート養成校の豪月だぞ？」
「あいつ何者なんだ？」
ゴツい男（有名人？）がおれの前で倒れているのを見て、周りが驚いている。
「だから言ったのに……」
おれたちがやるとなった時はあれだけ盛り上がった他生徒が、驚きからか全く歓声を上げない。いや、もそれともおれが嫌われて、とは考えたくないな。
「……うぐっ」
豪月と言われていた奴が目を覚ます。ここはダンジョン環境だから“回復薬”もその役目をこなす。
「天野、翔」
「なんだよ、まだ何か文句あるのか？」
目を覚まして早々に、ずんずんとこちらに歩いてくる豪月。しかし、豪月は思わぬ行動に出た。
「ありがとう」
そう言って豪月は握手を求めてくる。
「お、おう。こちらこそ」
戸惑いながらも握手を返したことで、観客席からは拍手が沸き起こる。なんだか照れるな。ってそうだ、
「君が好戦的なのは分かったけど、どうしておれを？」
「ん、知らんのか？」
なんのことか一切分からず、首を傾ける。
「お前が入試一位だと聞いたからだ」
