第31話 新しい朝
やばい、ついやりすぎてしまった。
「今の、何をしたんだ?」
「まじかよ。相手はあのエリート養成校の豪月だぞ?」
「何者なんだあいつ」
ゴツい男(有名人?)がおれの前で倒れているのを見て、周りが驚いている。
「だから言ったのに……」
★
まだ何の跡もない綺麗な制服を袖を通し、姿見で確認しながらびしっと決める。これを着たのはまだ数えるほどしかない。
おれは今日から晴れて国立探索者学校・探索科。いわゆる“国探生”ってやつだ。
「翔ー、早くしなさい」
「はーい、今行くって」
下の階のリビングから聞こえる母さんの声に反応し、鞄を片手に階段を降りる。
「あら、今日は一段と似合ってるわね。翔も今日から国探生、だもんね」
「そうゆうのいいって。じゃあいってきます」
「あらあら、照れちゃって。いってらっしゃい」
玄関の扉を開けた先、そこには
「もう、遅いよ! もうすぐでバスきちゃうんだから」
制服を作りに行った時に目にしたから覚えている。国探生、女子生徒の制服だ。
青っぽさを残した紺色の制服に、それによく合う赤色のリボン。上の制服よりも若干黒がかった生地で、白の線が入ったチェック柄のスカートに身を包むのは華歩だ。
そう、おれたちは晴れて二人とも国立探索者学校・探索科に合格できたのだ。
ただでさえ可愛いと女子高生の間で評判の制服も、人が着るとさらに可愛く見える。それも初恋の人、華歩が着ているんだ。
「どうしたの? 固まっちゃって。あ、もしかして制服が可愛かったかな?」
「あ、いや、その……うん」
顔に出ていたか?
「えっ、とー、本当に? そっか、なんだか照れるな……って!」
「ん?」
「こんなことしてる場合じゃないんだから! ほら、バスに遅れちゃうよ!」
「あっ、そうだ。急ごう!」
二人でバスが来る場所へ向かう。初日から遅刻はごめんだ。
「おはようございます。すみません、少し遅れました」
「おはようございます。大丈夫、時間はまだ過ぎていませんよ」
運転席の優しそうな車掌さんと挨拶を交わし、空いている席を探す。回ってきた順番が早いのか、席にはまだまだ余裕がある。バス自体が普通より大きいのもあるが。
このバスは、国探生専用のものだ。地方から来る者は、その多くが学校が備える寮に入るが、同じ都内で入寮しない生徒にはこうしてバスでの送迎がなされる。
国探生という国の宝に対してのバスだけあって、外側は深層ダンジョン産の装甲で固められている。現代兵器を用いても簡単には壊れないだろう。
「おーい、こっちこっち!」
「あ、夢里ちゃん!」
「おー、夢里」
後ろから二番目の席、隣が一つ空いた席で呼びかけてくるのは夢里。彼女もおれたちと同じ制服を着た、今日から国立探索者学校・探求科の一人だ。
「二人とも、私の家からそこまで遠くないんだね」
「うーん、どうだろう。“専用道路”のおかげじゃないかな?」
専用道路。正式には“国立探索者学校関係者専用道路”だ。
その名の通り、国立探索者学校の生徒や来訪の許可を取ったお偉いさんなど、許された者のみの道路を国が開校に伴って設立した。専用の高速道路のようなものだ。
現代において、ダンジョンのための投資は国のための投資といって過言ではない。それほど「ダンジョン産業」というものが重宝されているのだ。
これのおかげでおれたちは渋滞もなく、快適に学校まで送ってもらえるわけだ。
◇◇◇
「おれたち、本当にここに通うんだな」
「そうだよ。毎日来るんだから、いちいち見上げてたらきりがないよ。行こっ」
バスが無事到着。学校の迫力につい立ち止まってしまう。
この学校に来たのはこれで三回目。二人と見学に来た時と入試の時以来だ。柄にもなく学校が始まることにワクワクしてる自分がいる。
「ん?」
校門をくぐり、歩いている中で、周りがこちらを見てひそひそしているような感じがする。新入生だからか? 別に珍しくもなんともないと思うけど。
「なんか注目集めてない?」
「わたしもそんな気が……」
――キャー!!
「なんだ!?」
周りから噂話でも立てられているかと思えば、それは急に叫び声に変わった。歓声が向けられている後方を思わず振り向く。
「相変わらず朝から騒がしいな。君達もまあ、よく飽きないね」
黒塗りの高級車から姿を現したのは……清流 麗!
おれがこの学校を目指すきっかけになった人。おそらく現プロ探索者を含めすでに上位クラス、さらに剣筋だけならおれの勇者時代とも渡り合えるかもしれない人だ。
「おや、君達は新入生かな?」
歓声を軽くかわしながら歩いてきた彼女に話しかけられる。
「は、はいっ! そうです! 清流 麗さんですよね! 前々から戦闘をよく見させてもらっていました! よ、よろしくお願いします!」
夢里はあたふたしながら彼女にばっと頭を下げる。夢里は前に彼女のファンだと言っていたしな。
「はは、そんなに気を遣わないで。今日からは同じ国探生だ。君達もしっかりと勉学、ダンジョンに励むんだよ」
「はっ、はい!」
「「はい」」
背筋がぴんと伸びきっている夢里の横で、華歩と軽く礼と返事をする。
「……」
「?」
今、去り際におれのことを見ていた気がしたが……気のせいか?
そんなこんなで、おれたち三人の国探生生活が始まったのだった。




