疾走王と孤高の一撃
「まだだ……エターナル・ケージがこれだけで終わるはずがないだろう!」
そのGMの声には精気が感じられ、まだ戦いは決着していないことを思い知らされる。
「馬鹿な! あの攻撃を受けて平気なのか!?」
「平気なものか。バードキーパーは見ての通り再起不能。私が身一つで戦闘しなければならないところまで追い詰められているとも。……だが!」
GMが魔法陣を展開する。それはバードキーパーが展開していたものとは比較にならないほど大きいものであり、追い詰められた、背水の陣だとは間違っても思えない。
「このGM、まだこんな手札残してたのかよ!」
「何回ものコンテニューを乗り越えバードキーパーを倒し、その上で本気の私が相手をするという筋書き、それが早まっただけのこと……。と、言うのは簡単だが中々素直に受け入れられない。ああ、まさかここまで目論みを邪魔されるとは思っていなかったとも!」
照準も定めず力任せに魔法を解放するGM。バードキーパーがいてもなお圧迫感の無かった広間を次々と破壊しながら攻略メンバーを消し炭に変えていく。
「ははは! さあ! この圧倒的な力をどう攻略するか、しっかり考えてやり直したまえ!」
「!!」
視界が赤一色に変わる。広範囲なんてレベルじゃない。GMの正面は一ミリの隙間もなく一瞬で魔法で埋め尽くされた。
安全地帯など作りようがない万事休すの盤面。俺達はこんな無茶を攻略しなくてはならないのか。
街に閉じ込められる前から戦意を奪われそうになる、そう感じていた俺とは別に、それでも諦めずに動くプレイヤー達がいた。
「いいや! まだできる賭けがある! 力を貸してくれ!」
「ああ! 最後の最後、やってやらぁ!」
「ここまで追い詰めたんなら完全勝利も欲しいしな!」
リーダーの一声で何度でも彼らは立ち上がる。GMは俺のスキルを評価していたが、このゲームにおいて最も評価されるべきは彼らのその強さだろうと俺は思う。
「疾走王にバフを掛けるんだ! 終わった者、できない者は疾走王を庇うように前進! あの魔法を受け止めるんだ! HPと引き換えに少しでも威力を落とす!」
「待てよ!? 同じ手なんてGMには通じないだろ!」
つい先ほど戦果を挙げたからと言って、全く同じことをしてあのGMが素直に受けるとは思えない。
それに体当たりでどこまで魔法を防げるかも分からないのに、それなのに。
「分かったぜリーダー! 最後の役目、果たしてやるさ!」
「私のバフ、託すからしっかり勝ちなさいよ!」
それなのに。プレイヤー達はその言葉を信じて動き出す。
「やべぇ耐えられねえ……! マジでこの魔法防げるか!?」
「お前と違って豊富なHPの俺に任せろっつーの!」
一人、また一人と魔法の津波に攻撃を加えては消えていく。あの魔法がどれだけのダメージを相手に与え、どれだけのダメージが彼らの特攻で相殺されたのか、手がかりはないままぐんぐんと魔法は近づいてくる。
「ハハハ! 無駄さ! その程度で止まる魔法など私は使わない! それに疾走王の言う通り、同じ攻撃を受けるほど私は甘くもない!」
「いいや、違う。同じ手なんかじゃないさ」
押し寄せる魔法の向こう、GMのチェックメイトととれる台詞。それを確固たる言葉で否定するリーダー。
「さっきの攻撃は成功こそしたけれど、疾走王の本当の強みを活かせてなんかいない。彼の本領はこれからさ」
剣を抜いて中段に構えるリーダー。既に、他に生存しているプレイヤーはおらず最後の砦となった彼。
そのリーダーもまた鼻の先にまで迫る魔法へと飛び込んでいく。HPが瞬時に吹き飛ぶのは承知の上で。その先がどうなるのかも分からないままで。
「疾走王!」
不意にこちらに振り返り声をかけられる。
「君は《孤独の疾走王》じゃなく《孤高の疾走王》だ! そうだろう! ならばこの戦い、絶対に負けない! 勝てるだろう!」
「…………!」
その返事をするよりも先に彼は光に剣を突き立て、迎撃の態勢に入る。
「おおおおおおっ!」
剣が魔法を斬り裂き、それでも押し返しきれない量が俺とリーダーに押し寄せる。もっとも、その大部分を彼は自身を盾にして受け止め、俺へのダメージを最小限に抑えようとしているが。
「《不退転の団結》……その力も凄まじいが、そんなスキルを獲得する君の資質もまた凄まじい。心が折れず、大勢をまとめ上げられるというのなら、最後の一人になるのは君だろう! これがその一歩目となる!」
GMは当初、このゲームをどう攻略するのか、それを観察したいと言っていた。が、本音はきっとそこじゃない。最後の一人の心が折れるまでの様を観察したい、それこそが本音。
その手始めとしての一撃。プレイヤーを鳥籠に幽閉するための一撃。その執念にはいかにリーダーのような強い意志があっても耐えられるとは限らない。
「ぐ……! このあたりが限界か……! さあ、後は任せたぞ!」
剣が弾き飛ばされ、彼の姿が光に消える。
これまでのプレイヤーのありったけとぶつかって、幾分勢いが衰えたように見える魔法。それが有無を言わさずこちらへ降りかかる。
「これがプレイヤーを全滅させた威力か……!」
バードキーパーに握り潰されたことや、スキルによる重量の増加とは比にならない衝撃が俺を襲う。
その暴力に俺も立ち向かう。あのリーダーのように、一本の剣で。
「ハハハ! そんなことをしようとも彼の二の舞になるだけじゃないか! 悪あがきにしては芸がない!」
これを受け止め少しでも持ち堪えたリーダーは本当に化け物だろう。あんな芸当、通常の俺にはできるはずもない。
「くっそ……! うるさいっての……!」
俺の剣は悪くはないが最上級と呼べるほどのものではない。超強力な攻撃の前には耐久度を保つことすらできず散っていく。
そして剣一本が犠牲になったところで魔法が止まるはずもなく。
「が……あああっ!」
HPバーが瞬時に黒くなり、俺の体があっけなく四散する。
――きっとGMはそう踏んでいたのだろう。
「……っ、はあっ……! はあっ……!」
ちらりとHPバーを見る。虫の息と言っても過言ではないくらいの残量ではあるが生きている。……これは、彼らが身を挺して勝ち取った戦果だ。
「な……何故だ! 何故耐えられる!? あの攻撃を!」
「何故ってそんなの決まってるだろ。今の俺は全プレイヤーの中でも環境トップ、ぶっ壊れキャラなんだからな」
俺の言葉に同調するかのように、体がきらりと淡い光を放つ。これまでのプレイでは与えられることのなかった光だ。
「あのバフか……! まさかここまで効果を発揮するとは……!」
「GMなのにダメージ計算もできないのかよ。そんな舐めたプレイでゲーム廃人の学生と戦おうとか俺達を舐めすぎてないか?」
「だ……黙れ! 黙れ! どこまでも私の邪魔をする異分子め! 私の観察のために貴様は不要だ! ……散れ!」
GMの正面に再び巨大な魔法陣が現れ、先ほどよりも速い速度で撃ち出され、俺の立っていた一帯が焦土となった。
「俺だって馬鹿じゃないから同じ手は喰らわないぞ」
「馬鹿な……!」
焦土となったのを俺は見ていた。GMの背後にまで高速で移動し、安全地帯に移動しながら。
「……あのリーダーがバフを集中させたのはこういうことだったのか。やっと意味が分かった」
俺の本領。それはスキル《孤高の疾走王》に他ならない。
このスキルの力を最大限に引き出す方法は何か? 俺はソロプレイに徹し、常時最大速度を維持することだと考えていた。それが理論上の限界にして完成形だと信じて疑わなかった。
しかしあのリーダーはさらに上を見ていた。分かってみれば単純だが、俺のプレイスタイルからは考えもつかない、いや、考えついたとしても実現できないとして却下していたであろう策だ。それは、
「集団で俺を強化した上で、俺を残して全員退場する。……そうすれば最高速度を維持したまま、あらゆるステータスが強化された最強の王が誕生するってわけだ」
「き……貴様ァッ!」
「遅いっ!」
GMが二本の剣を握り、俺に迫ろうとするがそれよりも速く俺は動く。手に握ったのはあのリーダーが残した剣。
普段の俺には眩しすぎて持つことすら気後れしてしまうような業物だが、今この時くらいは許してくれるだろう。
「ぐぐ……馬鹿なァ! GMとしてのステータスを超えるというのか!?」
剣と剣とのぶつかり合い、それを鍔迫り合いに持ち込ませることもなく易々と弾き返して見せる。
「まだまだ止まるかっての!!」
剣を弾き、懐に入り。蹴りに斬撃にと体の動く限り手数を重視してとにかく攻撃する。多くのプレイヤーの手助けがある今、一撃一撃の威力は限界まで高まっている。俺の仕事はそれを自慢の速度で撃ち出すだけだ。
「はあっ!!」
「ぐっ……! 何故、何故何故何故……何故だァ! 何故ここまでの力が!」
「あのリーダーなら、これが皆の力だ、くらいは言うんだろうけど俺は言わないぞ。……ただ俺は貰ったバフを頼りに激しく攻撃しているだけ。それに反撃できないアンタが未熟だってこと。GMの前にプレイヤーからやり直した方がいいかもな」
「この……ガキがァ! 孤独なだけの捻くれたガキが偉そうにィ!」
余裕を失ったのか本性を出し、口調を荒げながらGMが迫る。新たに握られた槍で一突きにせんと俺へ飛びかかる。
「……俺は孤独なんかじゃないぞ」
あのリーダーが指摘していたこと。スキルが俺の半生から作られたというのならその根っこ、本質に当たる部分。
そう。俺は孤独ではなく、孤高なのだ。
「はあああっ!!」
槍の穂先を斬り上げて、生まれた隙を利用してGMを斬り上げ宙に飛ばす。空中へ投げ出されては身動きの一つも取れない。万一取ろうとしても俺の速さには絶対に追いつけない。
「いいか、孤高と孤独は違う。孤独はただ独りで何も持たずに苦しむことを指す! 対して孤高は自分の志を曲げずに持っていることを指す! 一人だからって舐めるな! 俺は一人でも前を向く! 後ろ向いて泣いてるだけの孤独とは何もかも違うんだよ!」
例え一人になったとしても最後まで戦い抜く。それは守りたい誰かがいるわけではなく、共に戦いたい誰かがいるからでもない。俺自身がそう決めたから。
リーダーはそれを見抜いたからこそ俺に最後の役目を託したのだろう。決して諦めず、負けない。無敵の切り札として。
そして俺はそのリーダーの目論みを形にした。彼の置き土産の剣がGMの体を深く深く貫いたのだ。
「完全クリアだぞ、ゲームマスター」
「おのれ、私の……私の悦楽を!! 邪魔するとは! 許さん、絶対に許さんぞ!!」
どれだけ怨嗟の言葉を吐こうとも、システムが敗北と判定した時点で抗う術はない。俺に向けていた鬼のような形相が光に包まれ消えていく。
ゲームクリアのファンファーレは鳴らなかった。けれどもこのエターナル・ケージが持っていた閉鎖的な雰囲気というものが霧散した、そんな気がした。それだけでゲームクリアの実感が湧いてくる。
「まあ実感と言っても一人で買ったわけじゃないからな。普段の達成感みたいなのは無いよな……」
今の気持ちが上手く表現できず、そんな独り言が口をつく。
この場にいるのは俺一人。それは普段のゲームでも変わらない。勇者としての自分、倒して消えた敵。その構図は普段遊ぶゲームと変わらない。
いや、今回は状況が違うのか。立っているのが俺一人なのは変わらない。
ただ、俺がここに立つまでに沢山のプレイヤーが倒れていった。その功績が土台となって俺の立つ場所ができたのか。
「NPCじゃない誰かとの共闘か……。そんなのいつぶりだって話だし、それもこんなソロ御用達のスキルを使ってだもんな」
デスゲーム紛いの変なゲームに閉じ込められたのは災難だと思う。見方によっては死ぬよりも恐ろしいペナルティと隣り合わせにされて、VRゲームがトラウマになってもおかしくないと思う。
けれど俺は、この事件のせいでゲームを嫌いになることはないと思う。さらに言うとエターナル・ケージをクソゲーだと一言で断定することはしないだろうとも思う。
なぜなら。束の間。ほんの束の間でしかないが、一生縁がないと思っていた共闘を演じることができたから。
そして。その共闘を通じて、
「孤高の自分。強くあろうとする自分を確かめることができたしな。……たまには、誰かと戦うのも悪くはないのかもしれないよな」
そこまで思ったところで、自分の体が光に包まれていくことに気づいた。恐らくはログアウト。もうこの世界は役目を終えたと言うことだ。俺のスキル、《孤高の疾走王》と同じく。
――かくして、起こるはずのなかったデスゲーム事件は幕を閉じる。そして俺はまた明日から一人でゲームを遊ぶ日々が始まるのだ。
俺の心の奥底に眠る、疾走王の魂と共に。