疾走王と反撃の一手
「いや、その必要はないよ。……ここでバードキーパーを叩く。疾走王、君のそのスキルで」
「は……!?」
全員が団結して俺を救出したことで俺の切り札、《孤高の疾走王》はその価値を失った。今や俺に疾走王を名乗るほどの速さはない。
それなのに。このリーダーはなんと言った? 俺のスキルでGMの恐らく最高傑作であるバードキーパー、そいつを倒す? 何を無茶なことを言っているんだ?
「い、いや、リーダー! リーダーの言うことはいつだって正しかった! 今でもリーダーのことは信じてる! で、でもそれだけは意味が分からない!」
「そうだよ! その人が思ってたよりもいい人かもしれないのは……まあ、分かるとしてもだからってどうしてそうなるの?」
「さっきの話だと疾走王のスキルは弱体化したんだろ? それで、仮にもラスボスをどうやって攻撃するんだよ!」
口々に戸惑いと反対の声が上がる。これに関しては俺もその他大勢の意見に賛同する他ない。彼らの言ってることは最もであり、そもそもスキルの使い手の俺ですらそう感じているのだ。
《孤高の疾走王》を使ったことも、俺と正面切って戦ったこともないはずの彼には一体何が見えているというのか。
「確かに君の代名詞、目にも止まらぬ加速は期待できない。けれどもそれだけが君の強さじゃない。輝く方法はまだあると僕は思うんだ」
「輝く、方法……」
「面白いじゃないか。GMの私にも分からないその方法とやら、教えてもらおうか……!」
バードキーパーが口を開け、熱線を直線上に放射する。それを休むことなく放ち続け、地面には碁盤の目のような焼け跡が増えていく。
「少しでいい! 時間を稼いで欲しい!」
「分かった! タンク、ヒーラー部隊は前線へ!」
「ったく、しょうがねえ! ここは俺らが引き受けてやるか!」
リーダーのその一声だけで隊列が勝手に変わっていく。迷いなくスムーズに動く様は、パーティプレイの経験のない俺にも集団戦の練度が高いことを一目で理解させる。
「おらあっ!」
熱線を巨大な盾で防ぎ、それでも発生するダメージは反射的に飛んでくる回復魔法で帳尻を合わせる。さらに、
「攻撃は最大の防御だかんな! 攻めるのもタンクの仕事だぜ!」
バードキーパーが防衛部隊を無視してリーダーに近接戦闘を仕掛ける、その可能性を潰すために剣、槍、斧と、防御に徹しない残りのメンバーが牽制のためにさらに前に出て攻撃を始める。
「動きはまずまずだが、このバードキーパーの負担と呼ぶにはまだ軽いといったところか!」
目を光らせるバードキーパー。振り上げた腕が、重い鎧を着込んだプレイヤーをボウリングのピンのように、軽々とまとめて吹き飛ばす。が、
「舐めてんじゃねえぞォ!」
そこには吹き飛ばされても即座に体勢を立て直して立ち向かうプレイヤーの姿があった。怯みも見せないその姿にいっそ恐怖まで抱きそうになる。
「全員の意志がまとまり、強いほど《不退転の団結》の効果は大きくなるからね。それだけ本気で戦ってくれているということさ。……さあ、僕達も始めよう!」
そう言って連れてこられたのは魔法や弓矢で攻撃する後方。《孤高の疾走王》は近接に特化したスキルであり、この距離でできることはなにも思いつかない。
そう思っていると、
「疾走王に使える限りのバフを! 残りの者は風魔法の準備を頼む!」
矢継ぎ早にリーダーが指示を出す。戸惑いや半信半疑といった様子を一瞬見せる面々だったが、彼に対する信頼は、その疑念を一瞬で打ち払う。
「攻撃上昇は厚めにできるな! 余裕のある奴は防御支援を頼む!」
「風魔法はどこを狙えばいい? 一点? それとも広範囲?」
せかせかと杖を振り、本を広げる姿がそこにはあった。そしてこのゲームで初めて他者からのバフを受ける。
《孤高の疾走王》とはまた違う高揚感、全能感に包まれながら、これを受けるのは俺じゃなくリーダーの方がよほど合理的なのではと再びそんな思考が首をもたげる。
そんな風に覚悟の決まっていない俺だが、全員の働きで戦局を動かすこの状況では、そんな気持ちは尊重されない。
「バフ、かけ終わったよ!」
「こっちもいつでもいけるぜ!」
「ありがとう! なら、風魔法で疾走王を打ち上げるんだ! 落下地点は――バードキーパー!」
「「「了解!!」」」
準備完了と同時に、反射的にリーダーの指示が飛ぶ。それを待っていたかのように寸分のずれもなく風魔法が重なり、俺の体を持ち上げる。
「ここから……空中攻撃を仕掛けろってことか!?」
敵の攻撃を受けて空に打ち上げられるのとは違う、体の自由がある浮遊感。この状態ならある程度好きに剣を振ったりはできると思う。しかし同時に、まだ決定打に欠けるとも思う。
が、リーダーの指示は止まらない。
「今だ疾走王! スキルを使うんだ!」
「こ、ここでか……!?」
大量のバフを受け、そこから《孤高の疾走王》で速さを限界まで上げて空中戦を挑む。そんな構図が頭をよぎったが却下する。
ここまで他プレイヤーの手を借りておいて《孤高の疾走王》の効果は十分に発揮できるとは思えない。むしろここで使えば速度は遅くなり、動くことが困難に――
「あ……ああっ! そういうことか! いいぜ、――《孤高の疾走王》!」
言われた通りにスキルを発動する。しかしこれはただ漫然と命令をこなすのではない。その意図、《孤高の疾走王》の新しい使い方を自分で理解しての行動だ。
「く……っそ! 予想してたけど本気で重いな……!」
俺のスキルは仲間が少なければ少ないほど速くなる。裏を返せばこれだけの協力を得た今は、驚くほど動きは遅く、そして、体が重くなる。
「疾走王、彼のスキルの特筆すべき点は速さだけじゃない。その重量なんだ。仲間が少ないほど体が軽く、速くなる。反対に仲間が多ければ体が重く、遅くなる」
「つまりリーダーが狙ったのは協力して戦って、あの疾走王の重量を重くすることだったの?」
「そうさ。一身に集めたバフ、そして上空からの超重量を組み合わせれば……!」
リーダーの見上げた先で俺は両手で剣を握り落下する。バードキーパーとの距離が近づくにつれて際限なく上がっていく速度に、体がちぎれそうな苦痛に襲われるが、それを吐き出すように大声で吠える。
「粉々にしてやる、バードキーパー!」
「まさか疾走王が誰かと肩を並べるとは! 面白い、面白い! 追い詰められた人間の発想! これが見たかった!」
GMは喜びに満ちた声で叫ぶ。プレイヤーの様子を観察するためだけにエターナル・ケージに閉じ込めたのだから確かに念願が叶ったのだろう。
「さあ! その刃がバードキーパーに届くか試すといい! 刃が折られ、それでもなお! 立ち向かう姿を私に見せてくれ!」
上空の俺へ拳を構え、迎え撃つ体勢に入るバードキーパー。自身が敗北することなどまるで考えておらず、叩き潰された俺が次に何をしてくるかに胸を躍らせている。それはまるで詰め将棋を楽しんでいるかのようだった。
「うるさいっての! 刃が折られても立ち向かう? その姿を見せるのは俺じゃない、お前なんだよ!!」
剣と拳がぶつかり合う。上から、下から、衝撃が重なり合う。
「…………っっ!」
俺とバードキーパー、互いの腕が軋み、悲鳴を上げる。今頃システム内部では複雑な計算が処理され続けているのだろう。その数値、結果は未だシステムに反映されず、拮抗という待ったがかけられている状態だ。
「……ヤバい、キツい……!」
バードキーパーとの鍔迫り合い、それに加えて俺には背中からも強力な負荷が掛かっている。
《孤高の疾走王》は仲間がいるほど使用者の重量を増やす性質がある。それによる自重の増加がまだ止まらないのだ。
それだけ多くの思いが俺にのしかかっている。あのリーダーなら平然と背負い込んで力に変えるのだろうが、俺にはそれだけで自滅してしまいそうな諸刃の剣でしかない。
「けど……この負担はGM、お前にも掛かってるはずだよな!」
諸刃の剣は自分を殺すだけの剣ではない。自分も相手も殺しえる強力な剣だ。つまりこのダメージはバードキーパーにも確かに入っているはずだ。
ならばここで競り勝つことは不可能ではない。
「疾走王のステータスではとっくに耐えられないと踏んでいたのだがね。多くのバフがあるからこそここまで耐えていられるのか。……なら!」
バードキーパーの腕が燃え盛る。一層激しさを増したパンチが、俺を空に押し上げようと攻勢をかける。が、
「全力を出してそれかよ……こっちはまだまだいけるっての!」
「馬鹿な……!」
それでも俺の体は押し切られない。むしろバードキーパーの拳をどんどんと沈み込ませていく。
「なぜ、これほどまでの強さを……! 疾走王がトップクラスのスペックでもここまでは……まさか、貴様か!」
GMがちらりと見たのは俺の後方、回復やバフなどの指揮を執っているあのリーダーだ。
「そうさ。僕の《不退転の団結》は立ち向かうプレイヤーが多いほど強力なバフとなる。疾走王が仲間の一人として、そして全てのプレイヤーが彼を支えて共に戦う、これまでにない好条件での発動だよ。たとえGMにだって負けないさ!」
「そうだ! やってやれ疾走王!」
「俺達のぶんまでぶちかませ!」
そんな声援は少し前までは決して送られることのないものだった。《不退転の団結》にあてられたのか、それともそんな言葉が出てくるくらい応援されているから《不退転の団結》が強力になったのか、それは分からない。
けれども、なんであっても、力の限り攻撃する。それだけでいい。それが俺のやるべきことだ。
……いつか言われた、疾走王と団結バフを掛け合わせるという話。まさかこんな形で現実になるとは思わなかったな。
「終わらせてやる、バードキーパー!」
「ぐぅ……! まさか、このバードキーパーが押し切られるなど……!」
これまで保っていた均衡が崩れ出す。バードキーパーの拳が砕け、そこから破竹の勢いで腕や体を斬り裂いていく。
「はあああっ!!」
そして剣を一気に振り抜く。その斬撃と衝撃がバードキーパーを蝕み、破壊する。
たび重なる爆発が視界を隠す。それでもバードキーパーを再起不能にしたのだという実感は剣を通して伝わってくる。
「っ……流石にこれ以上は……!」
その直感に任せて《孤高の疾走王》を解除する。俺は、ゲームは自分のやりたいように楽しみたい。人の思いを背負ってプレイするのは趣味ではなかったのだと改めて思う。
それでも、この感触はそう悪いものではないと思う自分もいるのが悔しいところだ。
「やるじゃないか疾走王! 素晴らしい一撃だった!」
「それはどうも。……俺はアンタの作戦に乗っただけだけどな」
「馬鹿言え! 即興であんな一撃、リーダーや他の火力自慢でも出せねえよ! それだけの実力がお前にはあったんだ!」
スキルを解除して心身共に掛かっていた重圧から逃れると、その様子を見てリーダーやその仲間が駆け寄ってくる。
気の緩んだ彼らの様子は、炎上してぴくりとも動かないバードキーパーを見たからだろう。
後はGMの敗北宣言を受け入れる。それだけだと思っていた。そう思っていたのだが。
「まだだ……エターナル・ケージがこれだけで終わるはずがないだろう!」
燃えるバードキーパーから響いたのは、そんな執念の込もった声だった。




