盗賊と疾走王の本質
「よう。アンタが噂の疾走王かい? 少しイイ話があるんだが聞いてくれよ」
現れたのは、当然のことだがエターナル・ケージに囚われている学生だ。
体格は俺よりも一回り大きく、年上だろうか。だとすれば高校の二年か三年生あたりといったところか。
体育会系のイメージを持ってしまう筋肉を装備している割に、意外にゲーマーなのかもしれない。
「いきなりそんな胡散臭そうな話を振られて、聞くと思うか?」
しかしそんな見た目だからといってスポーツマンのような雰囲気は感じられない。クマと戦っていたリーダー格の男の方がそういうイメージはしっくりくる。
「疾走王なんて自分で名乗る奴がそれ言うかよ。厨二病にしても痛すぎるとは思わねえのかよ」
「悪いが疾走王はGMから与えられたスキル名だからな。趣味が悪いってんなら運営に言えっての」
そもそも俺は自分で名乗ったつもりはない。撤退戦の手助けだけをするような奴が名乗る機会なんてあるはずもないだろう。
ただ、どこかでスキル名を叫んだ時にそれが聞かれたのだろう。そうしていつしか、何を考えているのか分からないプレイヤー、疾走王が爆誕したのだ。
「ああそうかい。……で、本題なんだが。お前は、今の攻略組の動きが不甲斐ないとは思わないか?」
「はあ……」
そんなこと言われても判断するだけの基準も経験も俺は持ち合わせてはいない。それでも、俺の返事を肯定と勝手に解釈したのかペラペラと話を続ける。
「リーダーのスキルはすげえよ。だが、統率力がまだまだだ。さっきだって羽が生えた瞬間の立て直しが下手だった。あそこで的確な指示を出してこそのリーダーだろうになあ」
「……そう思うんならアンタが指示出したりすればいいじゃん」
そう感じるのは個人の勝手だし、リーダーの座を狙うのも勝手だ。ただ、そんな話を聞かされても困る。兵法も帝王学も知らないしうまい返事も思いつかない。
「いや。それじゃあ不十分だ。奴には経験と強いスキルがあり、俺の指揮能力だけじゃ周囲は動かさねえ。大事なのは民意だろ? だからアンタだ」
「……?」
「まともに攻略しない理由は知らないが、攻略組を逃がす芸当をやってのけるその腕は本物だ。そんな腕利きと俺が組めば鬼に金棒、敵無しだろ? この最強タッグで連中の支持を得る! どうだ、本格的な攻略に乗り出さないか?」
「悪いけど、一身上の都合でそれは無理だな。そんなに興味もないし。別の人を探してくれよ」
「まあそう言うなよ。悪い話じゃねえだろう?」
男の目配せと共にジャキリと金属が重なる音がする。目線を動かすと、予想通り銃口のようなものが視界に入る。
背中に二人。いつの間にか俺に銃を突きつけて立っていた。気配がしなかったのはそういうスキル持ちがいるからか。
「そいつらだけじゃねえぜ!」
男が続けて右手を上げる。それを合図にそこかしこの岩場の影から十人ほどのプレイヤーが顔を出す。
全員、例によって銃をこちらへと向けている。威力がどれほどのものかは分からないが、この人数で撃たれれば間違いなく即死する。
そしてこのゲームは別のプレイヤーに直接攻撃が許されている。紛うことなき脅しの形。
「誘いに乗らないんならここで殺す。で、蘇生して街から出てきたらまた殺す。俺の駒になるまで繰り返してやるから覚悟しな」
「駒扱いとか本性出してきたな。多分、あの団結スキルも便利な武器くらいにしか思ってないんだろ」
「当然だろうが。疾走王と名高いお前のスキルにあのスキルを掛け合わせる、そうすりゃ俺は最強のプレイヤーになれる! さらに全プレイヤーを指揮することまでやってのける! 全くもって俺の天下!完璧な攻略劇だ!」
「俺のスキルと団結のスキルを使えばお前が強くなる? 何言って……まさか、」
「理解が早いじゃねえか。俺のスキル《盗賊の模写》は、視界に入ったプレイヤーのスキルをコピーできる! お前の速さを奪い、団結のバフをも加える! さあ、俺の軍門に降りな!」
「あっそ」
それだけ言ってスキルを発動させる。神速の抜き打ちで背後の二人の首を一閃する。そのまま男から距離を取って全体を把握する。
しかし、俺を脅して従わせる計画はしっかりしてるし、その後の攻略ルートも考えてない訳ではないらしい。これは思い付きではなく計画的な行動。
俺が気に入らないという点を抜きにしてみればこいつはかなり、というか俺よりも有能ではないだろうか。まともに攻略する気になれば頼れる戦力になる気がする。だからと言って改心させたりなんてカウンセリング紛いのことはするつもりはないけど。
「やっぱそう来るか! お前ら! 狩るぞ! ――《盗賊の模写》!!」
男の目が赤く、妖しく光る。その眼光で俺を捉えてスキルをコピーするつもりなのだろう。俺と同じ速さを手に入れれば逃げる俺に追いつくのも容易。上手く拘束すれば数の暴力で蹂躙できる。
そう考えているのだろう。俺だって逆の立場ならそう考える。
「ただ……こればっかりは知りようがないよな」
ざっと見渡し、比較的人数が集まっている方に狙いをつける。そちらへスキルの超加速を使って突っ込んでいき、手当たり次第に剣を降る。俺に降りかかる銃弾、そして弾丸を吐き出す彼らの武器をサクサクと破壊していく。
それが終われば残りの人間の武器破壊へと飛んでいく。対人戦は経験がないが、普段とやることはそう変わらない。戸惑うことなく処理するように走り続ける。
「ナマで見るととんでもねえっ……!? 銃弾ばらまいても止まんねえぞコイツ!?」
「俺は銃弾より速い! そんなのにビビると思うなよ!」
「ボス! 止めて下さい! コイツと同じスキルで!」
「ああ、任せな! 使わせてもらうぜ、お前のスキルッ!」
片手に拳銃、片手にナイフを構えて体を屈める。そして一足飛びに俺の元まで飛び込んで攻撃する。
「死ねッ! 疾走王ッ!!」
そう息巻く男だが、飛び出した瞬間、いや、飛び出そうとした瞬間に態度が急変する。
「な……重い!?」
「……遅い!」
確かに男はこちらへ飛びかかろうとした。けれども、俺のように目で追い切れない速度ではない。常人より少し速いか? と首をかしげるくらいの速さ。
スキルと呼べるほどの効果を発揮してはいないのだ。それはそうだ。
「お前なんかじゃ《孤高の疾走王》にはなれないっての!」
「は……はあ!?」
「そこだ……!」
俺のスキル本来の速さでもってこちらは一瞬で距離を詰める。狙うは両手に握られたその得物。
ナイフを弾き飛ばし、拳銃を真っ二つに切り裂き、ついでに剣を握っていない空いた手で雑にぶん殴って吹き飛ばす。
筋力が足りなくても尋常じゃない加速度が人間サイズであれば吹き飛ばしを可能にしてくれる。
「どういう……同じスキル、同じ速さのはずだろうが……!?」
「違う。同じスキル、違う速さだ。《孤高の疾走王》は仲間の数が少なくなればなるほど体が軽く、全ての速度が上昇していく。取り巻きのいるアンタじゃソロの俺みたいにはなれない」
仲間がいるとどこまで遅くなるのか。試したことは無かったが、奇しくもここで実際に見ることができた。
スキル名に孤高とついているから、一人でこそ本領が発揮されるということは読んでいた。しかし、取り巻きが十人程度でもほぼスキルが死ぬというのは予想外だ。
これでは周囲のプレイヤーと組んでボス攻略など絶対にできない。普通の攻撃すら躱せるか怪しいものだ。
「そんなわけで俺が誰かと組むのも、俺のスキルを利用するのも絵に描いた餅ってことだな。まあ、こんな制限、俺以外に知りようもないからしょうがないけど」
言うべきことは言った。しかし、このまま俺がどこかへ逃げるように去るのも違う気がする。だから、剣を構えたままにこう付け加える。
「まあ、なんにしても売られた喧嘩は最後まで買わないとダメだよな。執拗に狩り続ける真似はしないけど、始まりの街で、丸一日過ごしてもらうぞ」
「クッ……いくら速かろうが、コイツには敵わねえだろうが!」
再び男の目が赤く光る。見つめる先は岩場でこのやり取りを見つめていた取り巻きの1人だ。
俺もそちらへ一瞬視線を向けて、男へ向き直る。そのほんの一瞬のうちに男はオープンカーに乗り、エンジンを蒸していた。
「そんなスキルまであるのか、このゲーム……!?」
「《憧憬の爆走旅行》! 見ての通り好きな乗り物を出せるわけだが、果たして疾走王は追いつけるかね!?」
ブロロロロと、公道で出せば迷惑極まりない爆音を響かせ、その迫力に反してゴツゴツした岩場をするすると避けて離脱を図る。
もし俺が追いつけなければ、あのオープンカーの方が速いことになり、あの車を使った襲撃法を考えることができるわけか……。
「……上等!」
取り巻き連中には目もくれず、俺はオープンカーを追うことにした。岩を避けながら追いかけてもいいが、車を見失うのは面倒だ。なら……
「上から攻めればいいってことだよな……!」
一番近くの岩場に乗り、ざっと見渡す。いくらオープンカーが速くとも、あの大きさと爆音ならば補足は簡単だ。
「追える……!」
岩から岩へと一足飛びで移っていく。速度が上がっているということは跳躍の飛距離も伸びるということ。
ジグザグとハンドルを切って進む車を一直線に追いかける。ゲーム内で体力の切れる心配はない。ひたすらに走ってナンバープレートが読める程度の距離までに迫る。
「こんな岩場で仕掛けたのが間違いだったな! 車だろうと追いつけるっての!」
「疾走王テメェ、岩を跳んで……! だが! 直線ならどうだよ!」
ドルン、とさらにエンジンの音が大きくなる。これまでの速度を超える加速。まだ加速の余地を残していたのはここが障害物まみれの岩場で、抜けた先にはそんなものがない平地だからか。
「ここからは速さが全てのレースになるぜ? このマシンに追いつけるかよ?」
速すぎるタイヤの回転が土煙をあげながら、その言葉だけを残して走り去る。
「なんにせよ……車程度には追いつけないとこの先困るのは確実。だから、余裕で抜き去ってやる!」
車だろうが。空飛ぶクマだろうが。そして俺の想像のつかないような速いボスだろうが。全てにおいて速さで上回らなくてはならない。
《孤高の疾走王》として君臨し、他の連中が無事にラスボスを倒すところを見届けるためには最速であり続けなければならない。
「速さで俺が負けてたまるかっての!」
一歩踏み出す。足取りは軽く。力む必要はない。軽やかに。風のように。その名の通り疾走する。
「チッ、ボスを引きつけるだけの速さはあるってか! だがなあ! 俺はスキルを奪うだけが全てじゃねえぜ!」
そう言った男は拳銃を構える。顔は正面、進む先を見据えたまま。片腕だけが後ろの俺へ向いている。
「爆走するオープンカーと同等の速度で走ってんなら急に曲がったり避けたりなんてできねえよなあ!」
ダン! ダン! ダン! とリズミカルに響く銃声。放たれた三発全てが俺の体に吸い寄せられるように向かってくる。
こちらを注視しなくても狙えるだけの銃の腕。それがこの男のもう一つの武器だったわけだ。
だが、疾走王を舐めてはいけない。
「弾丸は普通の速度だろ! 遅いっての!」
スキルで加速した俺の腕は小刻みに往復しながら、飛来する弾丸を全て撃ち落とす。
「クソが! 大人しく喰らえばいいものを……!」
「自分の攻撃がスキルの速さについていけないなんて間抜け、あるわけないだろ!」
スキルを覚えたての当時は速さに振り回されることもあったが、そこからしばらく経つ。今の俺は自分の速さをコントロールできる。全てを置いていく速度で思い通りの戦いができる。
「これで終わりだ!」
最後の加速。スパートをかける。オープンカーの速度を上回ったのを漠然とだが感じる。追い抜くまでに数秒かかるかどうかといった速度に身を任せながら剣を水平に構える。
「……らあっ!」
そして車の左半分。タイヤから内部の機構まで、一気にズタズタにするように剣を入れて走り抜く。
「馬鹿な……クソ、こんなガキ一人なんかに!」
「いいか。疾走王には仲間はいない……だけどな、自分が最速だというプライドだけはしっかり持ってる! その俺に、借り物のスキルで勝てるわけないんだよ!」
車の左半分のあらゆるシステムは崩壊し、車としての役割を次第に失い失速する。
「クソ! クソクソクソクソ!」
そのまま右のタイヤに引っ張られるように明後日の方向へと暴走する。そうして離れていき、最後には爆発したのを確認する。
「俺の勝ちか……」
ジャッジも歓声もない。一人ぼっちの勝利宣言。それでも孤高の疾走王には相応しい幕引きだと思う。
「やっぱ、この速さを捨ててまで他人と組むなんて無理だよな……。デメリットがデカすぎる……」
たとえ大人数で襲われても、俺を捉えられるプレイヤーがいないのでは何人相手でも変わらない。それが今回の襲撃で分かった。
この能力は人数制限さえ守れば対人でも雑魚戦でもボス戦でもかなりの強さを発揮する。それを改めて感じた。
「だからこそ、能力の使い方は間違えられないな……」
使いようによっては攻略組全てを敵に回しつつ優位に立つことだってできるかもしれない。
けれども俺は魔王になりたいわけじゃない。孤高にして王であり続けたい。
そしてなにより、
「俺だってさっさとこのゲームから脱出したいしな。一番、《孤高の疾走王》が輝く方法でプレイヤーを助けなくちゃいけない……」
俺は攻略組を全力でサポートする。たとえ日の目を見ない方法しか使えないとしても。
そして、そんな俺の邪魔をする奴も今日みたいに容赦なく叩き伏せる。
全ては永久の鳥籠からの脱出のために。そう決意を新たにし、俺は自分なりの攻略チャートを思い描いたのだった。




