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フィールドボスと団結の攻略隊

 最後のダンジョンをクリアするまでログアウトはできない。ただし、死んでもOK。


 そんなデスゲームのなりそこないみたいなVRMMO、エターナル・ケージが開始されて、もう1ヵ月以上経つ。


 強制的にログアウトしないのは、国などの機関から見捨てられたからか。もしくは国家権力ですら介入できないような状況にあるのか。外界から隔離されたこの世界では判断のしようがない。


 とにかく、現実世界からなんのアプローチもないとなれば中にいる俺達にできることは一つ。ゲームを攻略することだけだ。


「皆! この先は五つ目の解放がかかったボス戦だ! 気を引き締めていくぞ!」


「おう!」


「今度も楽勝だよ! きっと勝てる!」


 ――俺が様子を見ているのは自分たちの手でエターナル・ケージから脱出しようと攻略を進める者たち。サービス開始当時は脱出するために攻略しようと考えていた者は少なかったが、今となってはかなりの人数が本気の攻略の意思を見せている。


 そう。皆、現実に帰りたいのだ。


 このゲームを遊ぶ者の大半はゲーム中毒者だとかゲーム廃人だとか、そんな言葉を本気にせよネタにせよ、かけられたことのある奴らだと思う。


 しかし、中毒だから、依存症だから、廃人だからと言って外界と一切の接触を断ち続けて平気でいられる人間が何人いることか。


 少なくとも死ぬまでエターナル・ケージを遊び続けるという気概を持った奴を俺は見たことがない、ということは確かだ。


 今だって気丈に振舞っている奴らは多いが、本心では怖いはずなのだ。


 怖いのはゲームから出られないこと。それももちろんあるだろうが、一番恐ろしいのは戦闘で死ぬことだ。


 エターナル・ケージではたとえHPが0になっても死ぬことはない。これは紛れもない事実だった。しかし、ペナルティが何もないわけではなかった。


 GMが最初に言っていたように、蘇生してから24時間×死んだ回数の間は始まりの街から出られないのだ。違う街、違うエリアへのテレポート機能も何も使えず、ゲームを始めた頃から親しんだ街に居座るしか選択肢が与えられない。


 誰もが最初は、これがペナルティになるのか訝しんだ。せいぜいがレベリングの妨害くらいだろうと。


 だが、違った。それはゲーム開始から何週間かたったくらいだったか。何回もペナルティを受けた奴らに異変が見られ、程なくして全員が悟ることになった。


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 例えば敵にやられて始まりの街に戻ったとする。そうなると当然ペナルティ中はここで過ごすはめになる。


 そして一定時間後。街に出られるようになり、もう一度狩りの続きをしようと外に出る。そしてすぐにやられたとする。


 こうなればまたしばらくは始まりの街から出られない。それも拘束時間が増やされて。最初は新鮮に映った街だって、そこしか見られないのならば飽きがくるのは必然。


 つまり俺達は、死ねば死ぬほど、変わり映えのしない街で長時間を過ごさなくてはならない。精力的に探検に出かける他のプレイヤーを見つめながら……。


 それを何度も何度も繰り返せば攻略に乗り出す気力は消えていく。いや、攻略どころか何かをする気力すら削がれるだろう。


 そうして屍のように動かず、始まりの街から出なくなったプレイヤーが何人も出てきたのだ。


 そして。ここまで事態が進んだ時に、待ってましたとばかりに例のGMのメッセージが現れた。曰く、


『さて。そろそろ私の考えたデスペナルティについて理解はしてもらえた頃だろうか。いやはや、国の連中も情けないとは思わないかね? 直接的に殺す方法を制限することに躍起になり、こんな風に心を殺すシステムを見落とすのだから!』


 心を殺す。永久の鳥籠。二つのキーワードが結びついたような気がした。エターナル・ケージという名前は、ログアウトできないからこその永久の鳥籠というよりは……


「……心が死んで永久にここから脱出できなくなるからこそ、この名前だったわけか」


『ふふふ、まあそういうことになるだろうね。心が折れてどのようになるのか、じわじわと擦り減る心に恐怖しつつどのように立ち向かうのか。はたまた私が考えもしない遊び方をしてくれるのか。その様子を私はただ観察したいのさ。とは言え、誤解しないでもらいたい。脱出されて悔しいと思うことはない。クリア不可能な仕様にはしていないから希望を持って遊んで頂きたい』


 勝手なことを! と憤慨する声が上がるもGMは少しも気にする素振り、少なくとも文字による反論を見せない。こんな反応もGMの観察したいものの一種なのかもしれない。


『それでは健闘を祈っているよ』


 それだけ淡々と文字を表示させ、何かの質問に対する答えも、煽り文句も継がれなかった。


 ――そう。あの瞬間から、エターナル・ケージを攻略するという意味が変わってしまったのだ。


 GMは、エターナル・ケージはデスゲームではないと言っていたがとんでもない。これはもはや心を懸けたデスゲームだ。


 全プレイヤーのその意識の変化を以って本当にこのゲームが幕を開けたのだと言えた。


 そして今。その終わらない恐怖を断つために彼らは新たなボスに挑もうとしているのだ。恐怖を払えるだけの武器を手にして。


「グガガ……アッ!」


 そこは木々が生い茂る深い森。その森の奥に、木が切り倒され、土俵のように広く、拓けた場所がある。


 そこを縄張りにしているらしい、トラック四台分は越えるだろうか、巨大としか言えないクマが攻略部隊を見下ろしている。


 出鱈目な大きさと威圧感を誇る鋭い目。それだけで戦意を失うものがいてもおかしくない迫力だ。


「相手にとって不足はない! ――《不退転(ふたいてん)団結(だんけつ)》!」


 リーダー格の男が叫ぶ。それはこれまでの人生経験、自分の感情。それらから生まれたプレイヤー固有のスキル。心を奪おうとするゲームに抗うための力。


 その効果は逃げずに戦うプレイヤーが多ければ多いほど、全員の攻撃力、防御力、その他諸々のステータスが上がるものらしい。言わずと知れた攻略メンバーの心の支え。積極的に攻略に参加しない者ですら一度は耳にしたことのある強力なスキルだ。


 人をまとめ上げるリーダーが持つにはもってこいの能力だ。恐らくはこれまでの人生でそんな経験を積んできたのだろう。


 《不退転の団結》を皮切りに各々がスキルを使い始める。誰かを強化するもの、自分を強化するもの、ボスを弱体化させるもの。様々なスキルが乱れ飛ぶ中で戦闘が始まった。


「ゴガアアッ!」


 巨大グマの全体重を乗せた引っ掻き攻撃を、リーダー格の男が盾で受け止める。


「うおおおおっ!!」


 クマの動きを止め、その巨体がふらついた一瞬。そこを狙って、もう片方の手で握った剣を突き立てる。


「ガアアアアッ!!」


「今だ! 皆!」


 走る激痛に怯んだ瞬間が総攻撃の合図。剣や槍、そして戦斧を握ったプレイヤーが次々と飛びかかり、銃や杖を握った者は遠距離からクマを仕留めようと攻撃する。


 レイドバトルとはかくあるべし、といった風景だ。


「グ……ゴゴ……ア……!」


 派手なエフェクトを散らした攻撃をこれでもかと受けて、巨体を揺らして苦しむクマ。


 これだけで倒せるほどボスモンスターはヤワではないが、それでもダメージの入り方は申し分ないことが分かる。


 しかし、ダメージが通るからと言って100%勝てるわけではないのがゲームの面白いところであり、醍醐味の一つでもあったりする。もっともエターナル・ケージのような特殊な状況では醍醐味と言えるかは不明だが。


「ゴゴゴゴアアア!!!!」


 あいにくクマの言葉を人語に翻訳するスキルを持った奴はいない。それでも怒りに身を震わせていることはゲーマーなら誰しも理解できる。


「来るぞ! 防御態勢! 攻撃パターンを観察してから反撃するんだ!」


 理解できないものには恐怖を抱くと言うが、それは裏を返せば理解できるものはたいして怖くないということになる。


 歴戦のゲーマー達は、怒りに身を任せるボスにも怯えることなく陣形を崩さずに立ち向かおうとする。その勇猛果敢な様子はこのゲームから全プレイヤーを解放する救世主と呼ぶに相応しい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 *



「グガガアッ!」


「右だ!」


「任せろリーダー! 受け切ってやる!」


「じゃあ私は後ろから攻撃するよ!」


 何も全員がエターナル・ケージを始める前からの知り合いでないだろうに、見事な連携でクマをじりじりと追い詰めていく。


 怒り状態もパターンの変化する攻撃も対処しながら戦う様子を見ると、明らかにクマが追い詰められていることが分かる。このまま押し切ってまた一歩、解放へと進むことになるかと安堵したその瞬間だった。


「グアアアアアッッッ!!」


 これまでと同じように聞こえる咆哮。けれどもその質がこれまでと違う、圧倒的に重い気がした。


「ぐっ……!?」


 その方向は周囲のプレイヤー全てを吹き飛ばす。まるでクマの生命力そのものを周囲に放出させたかのような重圧がかかったのだ。


「ガアアッ……!」


 そうして生まれた隙をついてクマが驚くべき変化を遂げる。いや、この変化のためにプレイヤーを吹き飛ばしたのかもしれない。


「おい……嘘だろ!?」


「あんなのって……ありえないだろ!?」


「ありえなくなんかないわよ! これはゲーム、他のゲームでもあれくらいの無茶は散々見てきたでしょ!?」


 ありえないのはその変化か。それともクリア目前でのこの行動に対してか。攻略メンバーの見上げる先には天使のような純白の巨大な羽。それを四つも贅沢に生やしたクマが宙に浮いていた。


「オオオ……」


 空飛ぶクマは先程とは打って変わって雄叫びを上げない。その口元はシューシューと音を立てるばかりだが……


「まずい、避けろ皆!」


「ブアアアアッッ!!」


 リーダーが叫ぶよりも先にクマが行動を起こす。空を飛んだ状態で繰り出される凶悪な攻撃。そう、ブレスだ。


「やべえ! 鎧着てるのにダメージがデカい……!?」


「範囲が広い! しかも木々に燃え移ってるじゃねえか!」


 炎を全身に受け、転がるパーティメンバー。さらに森のフィールドには欠かせない木々にもその炎は燃え移り、木々を倒し、逃げ場を次々と奪っていく。そのフィールドボスはたった一息で戦況を一転させてしまった。


「ああ、くそっ! リーダー! 後は任せたぜ!」


 見れば苦し紛れに斧を投げつけながらその体が光に変わっていく者がいる。一人、二人と戦闘不能になったプレイヤーが出始めたのだ。


「ゴアアアッ!」


 それを見て空飛ぶクマはさらに勢いづく。周囲を炎で包み、パニック状態に陥らせたと見るや、翼をたたんで急降下。狙うのはもちろん逃げ惑うプレイヤーだ。


「うわああっ!?」


「速すぎるって!?」


 鋭い爪や牙でプレイヤーを屠り、止まらない。巨体に反して高速で動く。地を駆け、空へ舞い、炎を噴き出す。これこそがこのボスの本領だろう。だがそれは見方を変えれば、


「怯むな! この攻撃を見切れば僕らの勝利だ! 恐れず進め!」


 リーダーのその言葉は正しく、また、勇気をもらい奮い立つ者もいる。


「そんなこと言ってもよ、戦線が崩壊しかかってるんだ、これ以上は……」


 その一方で心が折れかけている者がいることも事実だ。なまじゲームに親しんだために、勝てる戦いと勝てない戦いを瞬時に判断してしまう癖があるプレイヤーがいるのだろう。


 ランキングのあるゲームに遊び慣れて、何戦もこなしているとそういう雰囲気を察してしまうのかもしれない。あっさりと負けを認めて次の試合にチャレンジする、そういうプレイスタイルの人もいるのだろう。


 そういうスタイルについてとやかく言うつもりはないが、エターナル・ケージではそんな真似はしないに限る。これはGMがプレイヤーの心を折るためのゲームだ。諦めて負けを受け入れる癖と、課せられたデスペナルティの組み合わせは凶悪すぎる。どこの誰だか知らないが始まりの街から出てこれなくなるまでにそう時間はかからないだろう。


「そう、どこの誰だか知らないけど……けど、見捨てるのは寝覚めが悪いよな」


 赤の他人だろうが何だろうが、目の前で死にそうになっている。そしてそれを救える力があるとして見捨てるなんてのはあまりにも冷たい行為ではないだろうか。例え俺が冷たい人間だと揶揄されたとしてもこの状況は見捨てられない。


 いや、正確には見捨てられないんじゃない。


「今の俺の存在意義はこういう状況を見捨てないことだしな。……そろそろ出番と見たぞ」


 戦闘が発生している地点から少し離れたところ。誰にも気づかれずに後ろから眺めていたが、それも終わりだ。ゆっくりと体を出して接近していく。


 何も彼らが全滅するのを見るためにこそこそしているんじゃない。そうしないとできないことがあるのだ。


「さて、疾走王の独壇場と洒落込もうか!」


 かくして、俺の、俺だけの晴れ舞台が幕を開けた。

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