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カフェオレ当日(空君視点)


 リビングの時計を見やる。秒針がカチカチ小さく音を刻む。

 ゲームをする気力もなく、ただソファーに俺は体を投げ出していた。


(姉ちゃん、大丈夫かな?)


 ソワソワしていたのは父ちゃんも一緒。白い特攻服に身を包み、町内パトロールに出ていった。過保護すぎるでしょと思うけれど。でも、いても立ってもいられないのは、俺も一緒。


 母ちゃんは女子会という名の、作戦会議。Cafe Hasegawaの二階できっと今頃、酒宴を繰り広げているに違いない。多分、姉ちゃん達のことそっちのけで。


『ちゃんと連絡するからね!』

 酔っ払いの約束ほど、当てにならないことがコレで証明された。


ema:空っち、無事に雪姫と上川君が我が家に来たからね!


 瑛真先輩からは、これ以外のLINEはない。


ayato:席替え、天音さんと隣の席おめでとー!

minato:つーちゃんを泣かせたら、私が黙っていないからね!


 なんなの、君ら?

 確かに、昨日は席替えで天音さんと一緒になったけれど。

 天音さんが、久々に笑っている顔を見た気がするけれど。


 それ以上の通知はない。

 妙な胸騒ぎ。


 でも、冬希兄ちゃんが一緒に居る。

 俺がバカみたいに駆け回らなくても、きっと大丈夫。そんな安心感があるをくれるから、冬希兄ちゃんはスゴいと思ってしまう。


 そう思うのに、そわそわして落ち着かない。

 起き上がって、ティーカップに口をつけて――カップのなかが、カラになっていることに気付いた


 ――空、おかわりいる?


 そういえば、最近の姉ちゃんは、部屋に引きこもらない。リビングで話をすることが増えた気がする。


 ――冬君は、コーヒー党なんだけどね、私が淹れたレモンティーは好きって言ってくれたの。


 それは遠回しに姉ちゃんが好きって言ってるんだよ。

 そう心の中で呟いて。

 言葉に出そうものなら、姉ちゃんの許容量をあっという間に越えるのは明らかで。


(なにが友達だよ……)

 呆れてものも言えないとは、このことだ。




 そう思案していたら。

 ドアチャイムが鳴ったんだ。












「あ、あのね。冬君……」

「ん?」

「もう一回だけ言いたくて。その、冬君、だいす――」

「大好きだよ、雪姫」

「……ず、ずるい! 私が冬君に言いたかったのに!!」

「でも、俺もたくさん言いたいし」

「それは私だって――」

「それじゃあ、一緒に言おう?」



「「だいすき」」




 この人達は、玄関前で何をやっているんだ?

 思わず、ドアを閉めた俺だった。







■■■





「空、ひどくない?」


 そう言いながら、レモンティーを淹れてくれる。俺が粉末をお湯で注いだのとは違って。茶葉から淹れた紅茶の香りが高い。輪切りにしたレモンの香りが、妙に心を穏やかにする。


「もともと人の目も忘れちゃうお二人さんだけどさ。今日のは、今までで一番ひどいからね?」

「う……」


 姉は自覚があるのか。真っ赤になって俯く。おや? と思った。いつものなら恥ずかしがって、ここから姉弟喧嘩に発展するのに。


「まぁ、結果は一目瞭然だけど。良かったじゃん。結局、耐えきれなくて姉ちゃんの方から告白しちゃった、って感じ?」


 そう言いながらティーカップに口をつけると、姉ちゃんがフルフル、首を横に振った。


「……へ?」


 俺は目をパチクリさせる。

 ぽつち、ぽつり。

 姉ちゃんの口から、一部始終を聞く。





 ――俺、雪姫のことが好きなんだ。





 カフェオレを淹れた後に、その言葉は狡くないだろうか。

 誰が、その言葉に勝てるだろう。


 変な想像をしてしまう。


 もしもあのバレンタインデーの日。

 冬希兄ちゃんが、傍にいてくれたら。


 きっと、どんな手を使ってでも、駆けつけてくれた気がする。


 姉ちゃんは、まるで感情が死んだみたいだった。

 そんな姉ちゃんを、兄ちゃんは笑わせたんだ。

 この意味、分かんないだろうな?



「……空?」


 姉ちゃんが、俺の隣に座って。それからハンカチで、俺の目尻を拭う。


「本当に感激屋さんなんだから」

「べ、別に泣いてないから。ちょっとゲームしすぎて、目が乾燥しただけだし」

「うん」


 そうコクンと頷く。それから――。


「空、ありがとう」


 そう姉ちゃんが言う。

 それだけで、自分の感情が決壊するのを感じる。


「ずっと見守ってくれて、ありがとう」

「俺は、何もしてないし」

「そんなこと無いよ。空も、お父さんも、お母さんも。みんなが支えてくれたから」

「うん」

「だから、これからもよろしくね?」


 視界が滲んでも。

 満面の笑みで、姉ちゃんが微笑んでいるのは感じる。

 良かった。本当に良かったって思う――。






「たくさん、これまでのこと。空に聞いてもらわなくちゃ」

「は?」


 ガッツポーズする姉を見て、思わず涙が引っ込んだ。


「冬君、本当に格好良かったの。目を閉じても、すぐ冬君のことが浮かんじゃうんだ。あのね、一番初め! 冬君が、プリントを持ってきてくれた日はね――」




 知っているよ!

 あの日、俺も家に居たからね!

 でも、そんな心の叫びは、もちろん姉ちゃんに届くはずもなく。

 幸せそうに、頬を緩ませる下河雪姫の独演会は、このあと彩翔からLINK通話が来るまで、続くことになるのだった。

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