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雪だるまは恋をしない

作者: 曲尾 仁庵

「雪だるまは恋ができないんだって」


 いつも変わらない朝の風景が、今日は少しだけいつもと違う。今年の初雪は積もるほどになり、町の粋人たちは喜び勇んで門前に雪だるまを並べたらしい。サクサクと雪を踏み、コートのポケットに手を突っ込んで、石井諒太(いしいりょうた)はまだ寝ぼけた顔で歩いていた。隣には頭一つ背の低い、見慣れた顔がある。いつから一緒なのかわからないくらい昔からの幼馴染、白井幸(しらいゆき)の振る話題は、だいたいにしてしょうもない。


「それはどうしてでしょ~か?」


 サイズの合わない毛糸の帽子に手袋にマフラー。寒さとしては序盤のこの季節に、幸はなかなかの重武装である。今からそんなことでどうする、と諒太は勝ち誇ったように口の端を上げた。


「雪だるまだからじゃね?」


 まるで関心のない諒太の答えが不服だったのだろう、幸は口を尖らせる。


「違いますぅ。雪だるまだって恋くらいしますぅ」

「矛盾してんじゃん」


 諒太は大きくあくびをした。その態度が幸をますます不機嫌にさせる。


「雪だるまは恋をすると溶けちゃうの! だから恋ができないの!」


 へぇ、と気のない返事をして、諒太は再びあくびをした。幸はぐぬぬとこぶしを握り締める。寝ぼけ顔のまま、諒太はぽつりと言った。


「じゃあ、こいつらにも心はあるんだな」


 幸は目を丸くして諒太の横顔を見る。そして、照れたようにえへへと笑った。落ち着かないように、言い訳のように、幸は自分の両手を擦り合わせる。諒太は少しだけ幸に顔を向けた。


「寒ぃの?」


 ちょっとね、と言う幸の吐息が白く煙る。諒太はおもむろに左手をポケットから出し、幸の右手を掴んで再びポケットに突っ込んだ。一瞬だけ硬直し、わずかに頬を染めて、幸は言った。


「……左手が寒いんですけど」

「それは自分で何とかしてください」


 こちらの顔を見ようとしない諒太の横顔を見つめ、幸は笑った。




 いつも変わらない朝の風景が、今日は少しだけいつもと違う。諒太は自宅の玄関わきでふと足を止めた。今年の初雪は積もるほどになり、諒太も喜び勇んで雪だるまを作ったクチだ。


「なんでお前だけ溶けてんの?」


 周囲の家の雪だるまが形を保つ中、諒太の作った雪だるまだけが溶けている。毛糸の帽子と手袋とマフラーが濡れて地面に横たわっていた。それらは諒太がもう使わなくなったお古を雪だるまに着せたものだった。あーあ、と言いながらそれらを拾う諒太の背に、


「おっはよう!」


 聞き慣れた声が掛かった。腐れ縁の男友達、長谷部慎一郎。彼は諒太の顔を見るなり、真剣な表情で言った。


「可愛くて優しくて料理上手で俺に惚れている幼馴染の彼女と登校できるような人生が欲しい」


 都市伝説だろ、とにべもない諒太に、だよなーと答え、長谷部は笑った。マフラーを絞りながら、諒太は独り言のように言った。


「……雪だるまは、恋をすると溶けるらしいぞ」


 誰に言われたんだっけな、と諒太は眉を寄せる。思い出せそうで思い出せないとうなる諒太を怪訝そうに見て、長谷部は言った。


「しないだろ。雪だるまは、恋なんて」


 ぼんやりとした表情のまま顔を上げ、諒太は長谷部を見つめる。ふっと吹き出すように笑い、諒太は「だよなー」とつぶやいた。長谷部は少しの間戸惑っていた様子だったが、すぐに気分を切り替えるように声を張った。


「こんなところでウダウダやってる時間ねぇよ! 遅刻すんぞ! はよせいはよせい!」


 足踏みをして急かす長谷部に軽く苦笑いし、帽子と手袋とマフラーを丸めてとりあえず家のポストに突っ込むと、諒太はいつもと代わり映えのしない朝の風景に一歩を踏み出した。

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― 新着の感想 ―
[一言] なにこれ、切ない…… この雪だるま、もしかして……
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