ビリー・ボーイ
マイルス・デイヴィスの「マイルストーンズ」に収録されている「ビリー・ボーイ」が大学生時代の私に与えた影響。
ビリー・ボーイ
マイルス・デイヴィスのアルバム「マイルストーンズ」(1958年録音)。
LPだとB面の2曲目、CDでは5曲目に「ビリー・ボーイ」があり、この曲のみピアノ、ベース、ドラムスのリズム・セクションだけによる演奏だ。多分マイルスのリクエストで録られたと想像する。
この頃、彼のバンドのリズム隊は「オール・アメリカン・リズム・セクション」と呼ばれ、マイルス自身がAARSだけの演奏を聴きたかったのと、彼がリーダー然としているところを示したかったのではないか。
アップ・テンポの快調な演奏で、聴いていると自然に手か身体がリズムをとっている。
ドラムのフィリー・ジョー・ジョーンズは、チャーリー・パーカーやクリフォード・ブラウンと並ぶ天才型フィリーリングを持つ数少ないジャズ・マン。ここではブラシとスティックを使い分け、彼しか叩けないドラミングでソロを支えている。
ベースのポール・チェンバースはいつもより低音エリア多めに弦を弾いていて心地よい。
チェンバース~フィリー・ジョーは快調にリズムを刻んでいるのだが、ピアノ・トリオでは必然的に主役となるレッド・ガーランドだけが今一つ。いつもの転がるようなフレーズが出てこない。
彼にしては早すぎるテンポ設定で、ソロのフレーズに繋がりがなくブツ切りの印象。ツー・コーラス目に入って若干ヤケクソ気味になり早いパッセージを出してくるところは気持ちいい。
ベース・ソロのあと、ピアノとドラムスのフォー・バース・チェンジになるが、レッドは似通ったフレーズを繰り返す感じで再び彼らしさが停滞してしまう。
大学生になったかならないかの頃、まだソロの出来がうんぬんと御託を述べる知識がない時に初めてこの演奏を聴き、あまりのカッコよさにピアノを習う決心をした。
想定では学祭のステージで自分がトリオのリーダーとなってこの「ビリー・ボーイ」を弾くのである。
ちょうどその頃、自宅にピアノのある親戚の女の子が、週一でピアノの先生を招いてレッスンを受けていたので、頼み込んで私もそこでピアノを習わしてもらうことになった。
初めてのレッスン、まずは左手だけでドレミファソラシドと簡単な和音を弾いた。
弾いてみて初めてわかったのは私の掌の小ささ。上と下のドにやっと届く程度しか親指と小指が広がらない。
もともと小型人間なので当然予想はできたはずだが、実際にピアノの前に座りキーを押すまで、手幅のことなど考えたこともなかった。
結局ジャズ・ピアニストへの道は一か月で挫折。
あの時あきらめず、レッスンを続けていれば、今頃はオスカー・ピーターソンばりに鍵盤を叩きまくっていたかもしれない。
が、努力・苦行・我慢・汗・涙とは自分は無縁の性格と小学生時代に充分自覚していたので、ピアノ弾きは無理を確信してさっさと足を洗うことにした。