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24. 謀反者

 グラウスタイン城に、帝都の誇るシアハウゼン城ほどの華やかさはない。しかし、機能性は高く、最低限の彩飾はされている。特に、目を引くのは五階に造られたバルコニーだ。そこにはひとりの男が立っていた。黒髪で、背は高い。そして、

「見られてる……」

「え?」

 まさしく蛇に睨まれた蛙のように、私は身を硬らせた。あそこから彼が矢を放てば、ここに立つ兵士は寸分の狂いもなく体を射抜かれることだろう。

「エレミアスだ」

 彼は私の姿を一目確認すると、城の奥に消えていった。私を待っているのだ。この書類だけを部屋に置き去りにし、それを見た私が彼にどんな答えを示すのかを。

 幸運にも、領主の嫡子に期待されている。ならば応じてやらなければならない。アイゼンブルク家の叛心をその耳に叩き込んでやろう。



 城に入ると、年老いた男性が私を出迎えた。

「ギネヴィア様とお見受けします。お坊ちゃまが心待ちにしてらっしゃいますよ。さあ、軍務室へご案内しましょう」

 軍務室……? ペーターは執務室と言っていたが。この老人は警戒するべきだ。

 老人の微笑みに疑いを向けていると、カーヤが前へと進み出た。

「ありがとうございます。すぐに向かいましょう。……じゃあ、行ってくるから、待っていてくだ……待っていてね」

 なるほど、カーヤが私に扮するのか。この老人は初対面だから通用するかもしれない。かつて帝都で同じことをやったときはドレスを交換したが、今はふたりとも教会堂に用意されていた服装で、ほとんど同じものだ。

「わかりました。ではお供の方は……」

 成功だ。この作戦はかなり有効なものらしい。もしかして、カーヤの方が私よりもよっぽど貴族らしかったりするのか?

「ご覧になりたいものなどございますか。可能な範囲であれば、お供をつけましょう」

 なら、その案内に執務室へ案内させようか。しかし──

「…………」

「どうされました?」


「いえ、お断りしようかと」

「え、なぜ……きゃっ!?」

 私はカーヤの手を引き、老人を振り切り、正面エントランスの階段を駆け上がった。どたどたとかき鳴らす足音に城内の視線が集中するが、これも執務室までだ。

 せっかくの作戦だが、私はどうもそのやり方にいい思い出がない。あの時の傭兵団のように、またカーヤが捕らえられてしまえば私は主人失格だ。

「…………エレミアス様……あの者のいったいどこに期待を……?」

 老人の声が背後から聞こえたような気がした。

 『執務室』と書かれたプレートのある扉が、エレミアスがいたバルコニーと同じ階にあった。

 


「くく、走ってきたのか。もう少しやりようはなかったのか」

 執務室で私たちを待ち受けているのは、エレミアスの嘲笑だった。

 足止めを配置し、私がきちんとこの部屋までたどり着けるかを試験していたという。

「悪いが、軍務室にいるペーターを呼びにいってくれ。従者だけでいい。安全は俺とグラウスタインの名誉が保証しよう」

「信用できるの? それ」

 名誉とやらが矢を放つのかと訝しむと、すぐに弁解された。

「……一応言っておくが、名誉ってのは俺の騎士の言い換えだぞ」

 なんだ、格好つけか。貴族らしい。

「では、行ってまいりますね、ギネヴィア様」

「でも……」

「心配なのは私も同じですよ。政治的な話です。くれぐれも、お気を付けて。もし何かあれば、すぐにでも私を呼ん──」

「わかったわかった」

 カーヤは微笑み、軍務室へと向かった。


 エレミアスは護衛もつけておらず、執務室はふたりだけになってしまった。

「走って疲れただろう。そこにかけるといい」

 言われた通り、壁際の長椅子に腰を下ろす。「いい椅子だろう」とエレミアスが自慢げに言う。きっとグラウスタインの職人が作ったものなんだろう。実際、品質は高い。私の部屋にも分けてほしいところだ。

 息を整えながら、執務室を見渡す。ひとり机に向かうエレミアスの背後から差す陽が卓上を照らし、執務を手助けしている。その両脇には厚い本が並ぶ本棚がそびえ、床には熊の毛皮が敷いてあり、それを鹿の剥製が見下ろしている。本の紙にも獣の皮が使われているから、ここは執務室という名の割にずいぶんと獣っぽい部屋のようだ。

「さあ、プレゼントは受け取ってくれただろう?」

 エレミアスは筆記の手を止めて前で組み、笑みを浮かべる。

「これでしょ」

 懐から折り畳んだ書類を取り出す。「見せてくれるか」と頼まれ、書類を渡すために立ち上がった私をエレミアスが止める。

「そこから見せてくれればいい」

「え、わかった……」

 間には四メートル以上の隔たりがある。しかし、座ったまま書類を見せてやると、鋭い目はそのままの位置から内容を理解した。

「見えるんだ」

 素直に感動を伝える。すると、彼は鼻を鳴らした。

「その熊は俺が狩ったんだ」

「ふうん」

 床に敷かれた毛皮のことだろう。彼が優秀な弓使いである事を思い出す。私を追う兵士を仕留めた推定三百メートルの狙撃は、今も強く印象に残っている。

「……俺のよこしたもので間違いないな。なにか分かったか?」

 期待のこもった目。



 私は立ち上がり、課題の発表を行った。

「まず、軍事費が高いなって思った。エンフェルト家とは大違い。そのなかでも、傭兵代が多くを占めてる。いくらなんでも高すぎる」

「そうだな。本来なら同じ額で倍は雇える。いい着眼点だ」

 軍事費に目をつけたのは正解だったようだ。

「軍事費の一部は皇家から支給されてる。傭兵代が値上がるにつれ、給金も増える。でも、私が殺した傭兵が言ってたよね。報酬が増えてないって。傭兵に流れるはずの皇家の金が、どこかで止まってるってことになる」

「ほう、それはどこだ」

 エレミアスの声が高くなった。彼の望んだ答えに、しっかりと近付いている。そう確信した。

「功績と爵位が釣り合ってない家がある。重大な役目を任されていながら、皇帝が爵位を与えようとしない。大任を果たすのには人手も資金もいるだろうから、低い爵位のままなら足りないものばかりで不満が出てくる。出てこないのなら、足りないものがどこかから湧いて出てるってこと」

 ──アイゼンブルク家。傭兵管轄官を勤めながら、皇家からの支給金を自分の懐に収めているのだ。


 しかし、あと少しというところで私は押し黙ってしまった。

 アイゼンブルク家が皇家と繋がっていることは間違いないだろう。そうはいっても、目の前にいるのはエレミアス。そして、彼に仕えている騎士には、アイゼンブルク子爵の次男ルートヴィヒがいる。それがどうしても気にかかった。

 エレミアスはルートヴィヒを強く信頼している。騎士たちの指揮を彼に任せるくらいには。アイゼンブルク家は親皇帝派だが、ルートヴィヒだけはエレミアスの陣営にいる。そんなことがあり得るか……?


「おい、どうした」

 エレミアスが急かす。今は宝箱の施錠を解いたあと、蓋を開けずに放置しているような状態だ。私の回答が聞きたくて仕方がないのだろう。


 あり得る……。彼自身が言っていたじゃないか。子が親と同じ考えを持っているとは限らない、と。これはフロッシュ家のことではなくて、彼自身の話だったのだ。


「アイゼンブルク家。皇家とアイゼンブルク家が、繋がってる」

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