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23. メイドの怒声

「貴女たち、お待ちになって!」

 エレミアスのいる執務室に向かう道中、人影の減ったタイミングで後ろから声がかけられた。高飛車という言葉がラッパを奏でたような声だ。どこの貴族かと思い振り返ってみると、汚れたエプロン姿の女性が、服装には不似合いに胸を張り、長い金髪をかき上げた。顔立ちは整っているが、この辺りで見るようなタイプではない。

「誰、ですか?」

「アリエン・ダキテン。グラウスタイン家のメイドを勤めていますの! 何を隠そう私、貴女たちがユリア様やペーター様と話しているところを聞きましたのよ!」

 彼女は盗み聞きをした事を、あたかも晴れやかな功績であるかのように高らかと宣言する。

「全て! 全て聞きましたわ! ギネヴィア様と仰いますの? 貴女がペーター様の弱みを握ろうとしているところも! ユリア様の照れておられるところも! ペーター様が嫉妬心を隠そうとしない姿も! 全てですわ!」

 なんだ、脅されているのか? メイド……貴族の子女か? だとしても私の弱みを握って何の意味があるんだ。

 さっさと逃げてしまおうか? こんな調子の奴が名の通った貴族であることもあるまい。

 カーヤの手を取りその場を離れようとしたその時、アリエンの血相が変わった。


「ふざけないでくださいます!!??」

 怒声がとどろいた。庭園の小鳥がぱたぱたと飛び立つ。

「貴女、自分が何をしたのか分かっていますの!?」

 アリエンがビシッと指を差す。その先は当然私であり、つまりこの怒りの矛先も私だというであり、これからこの女が起こすであろう面倒が私に訪れるという事だ。

「な、何って……」

「解答を求めているのではありません。私が求めているのは貴女の所業に対する猛省と、誠意を込めた謝罪ですわ! さあ!」

 『さあ!』とはなんだ。私は今からこいつに謝罪しないといけないのか。

「ちょっと待って。私、何かした?」

 脅したペーターにならまだしも、突然現れたばかりの彼女に謝る筋合いなどないはずだ。

「しらを切るつもり? 人の恋路を邪魔しておいて、『何かした?』 だなんてよく言えたものね!」

「恋路?」

 ははーん、こいつ、ペーターが好きなのか。

 私は可能な限り早くエレミアスに合わないといけないのだから、このうるさい奴に構っている暇などない。現実を突きつけ、退散いただくこととしよう。

「残念だったね。ペーターは、ユリアのことが好きなんだよ」

「そう! そうなのですわ!」

 アリエンは肯定する。なんだ知っていたのか。

「わかってるんなら諦めなさ──」

「ペーター様はユリア様の事を心から想っているのですわ! しかし、グラウスタイン家には娘をフロッシュ家の息子と結婚させる意味などない……そしてそれをペーター様は理解しておられる!」

「え、なに?」

 妄想論に困惑する私たちを前に、アリエンは捲し立てる。

「それでもペーター様はユリア様に話しかけ続けるんですの……」

「そう……貴族社会じゃよくある事じゃない。婚姻と恋愛は別の話だから」

「はあぁぁぁぁ…………」 

「…………なに?」

 アリエンは大きくため息をつく。貴族の婚姻と恋愛は別物。私はそうやって教育を受けた。このふたつを混ぜると、大概ややこしいことになるらしい。

 どこかの皇子だって「次期皇帝はエンフェルトの令嬢を真に愛す」とか噂されていたが、政局を鑑みてゴーセスラント家のセリカに鞍替えした。そんなものだ。

 こいつのため息を浴びなければならない理由があれば知りたいところである。

「一理、ありますわね。私の家の領地も似たようなものでしたわ。しかし、私はたどり着きましたの! このグラウスタインの地に!」

「アリエン、貴族なんだ」──そんなので。

「ええ。シュトゥール帝国より西南部の……って、そんな事はどうでもいいのです! 貴女もここにお住まいならわかるでしょう! グラウスタイン地方の特異さに!」

「えっと、私最近ここにきたばかりで」

「なら余計わかりやすいはずですわ。気付きませんの?」

 こいつに無知を指摘されるのはどうも気に食わない。グラウスタインが他の諸侯と特に異なる点。何かあるだろうか。


 当主のジェラルドは武闘派。これは武功が主に評価されるシュトゥール帝国では一般的だ。

 領土の東部には貴族の領地ではなく侵略民族が存在するが、それは帝国の北部もだいたい同じ。

 帝国諸侯の中でも、皇族の血が流れている皇家と公爵家を除けば最も大きな勢力だが、これは「違い」ではない。

 なんだ、思いつかない。こんなやつをメイドにしている事くらいか。


「わからない。教えて。こっちも暇じゃないから」

「そこまで言うなら教えてあげなくもないですわね!」

 いちいち癪に触る。だが、得られた知見は期待以上のものだった。

「グラウスタイン領の多くの諸侯が、自身の領地ではなく、ここ領都アイゼンブルクに集まっているのですわ!」

「この街に?」

「ええ。諸侯はみな、専用に設けられた区画に泊まり、アイゼンブルクの街に集まる新鮮な情報を自領へと届けるのですわ。その区画にも神像がましましているから、貴女が住んでいる教会堂ではあまり目にしなかったかもしれませんわね」

「へぇ」

「ちなみにペーター様がここ中央区画にいらっしゃるのは、フロッシュ家が特別信用を置かれているからでしてよ。…………これも、運命のいたずらというものなんですわね……」

 運命がどうとかは知らないが。この街では諸侯同士が情報を交換しあっているのか。それには相当な信頼が必要なはずだが……。

「そうなんだ。でも、敵対勢力にそれを利用しない手はないんじゃない? 例えば──」

「ギネヴィア様」

 カーヤが私の言葉を遮る。

 危ない。勢いに流され、私は何を言いかけた? 出会って間もないアリエンとかいうやつに、アイゼンブルク家が皇家と繋がっているだとか言うつもりだったのか? ダキテン家とかいう貴族も、耳にしたことがない。情報の取り扱いには注意を払うべきだ。


「そうだ、何の話だったっけ? ペーターが──」

「そう! その話ですわ!!」

 アリエンは思い出したかのように再び大声を上げた。

「せっかくペーター様がユリア様とお話になられている途中だったというのに!! 貴女たちが割って入るから!!」

 目の前の狂気に震えたカーヤの指が私の服の裾を掴む。学のある彼女にとって、あまり理性的とはいえない人間の行動は恐怖そのものだろう。

 すると、アリエンはカッと目を見開き、裾を摘んだ指をじっと見つめた。またなにか、こいつを怒らせるような事をしてしまったのだろうか。

「ふふっ、なるほど……そういうのも」

 急に落ち着いた……?

 まだこいつが何に激怒したのかがわからない以上、また尻尾を踏みつけるやもしれない。ペーターに恋をしているのなら、私たちよりも先に怒りを向けるべき相手がいるはずだ。割って入ったのがいけなかったのか?

「逃げましょうよ……ギネヴィア様…………」

 小鳥の羽ばたきよりも激しく震える手が、私に逃げるよう急かす。

「……………………」

 アリエンは顎に手を当てて、なにやらひとり考えに耽ってしまった。この間に離れてしまおう。


「エレミアスに話すことが増えた」

「ペーター様が、私たちの部屋をメイドが掃除していると仰っていましたが、あの方ではありませんよね……」

「はは……まさかね」

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