22. 俗な話
「ユリア、エレミアスの妹だったの?」
私の言葉に、ペーターが応える。
「ギネヴィア様、ご存知なかったのですか……?」
信じられないといった表情だ。グラウスタインの者にすれば常識かもしれないが、私はこの地に来てまだ二週間程度なんだから仕方ないだろう!
……情けのない言い訳を胸にしまう。ともかく今は、ユリアが私の予想通り貴族の子女出会ったことと、私が高い推察力を保持していた事実を喜ぶべきだ。
「ギネヴィア様……」
ユリアが呟く。あまりに小さな声だ。良い関係性を築けていると思っていたが、彼女の事を知らなすぎた。落ち込ませてしまったに違いない。
「いや、違うんだよ、ユリア……! ユリアの所作はすごい綺麗で、だから貴族のお嬢様っていうのは一目瞭然だったんだけど……!」
「そう、ですか……あの、私てっきり……」
「な、なに?」
──てっきり仲良しだったと思っていたんですが……などというつもりか? まずい、グラウスタインに取り入る手段のひとつを損なってしまう……!
ユリアは口をつぐんだあと、裏返った声で「その!」と言い、意を決したように続けた。
「てっきり、ギネヴィア様が私と仲良くしてくださるのは、グラウスタイン家に取り入ろうとしているからだと思っていて……だから、その……。えへへ……二心無しにお付き合いをしてくれているというのは、すごく、嬉しいです……」
ユリアは真っ赤になった頬を両手で隠し、低い目線を持ち上げて私の目を見つめる。
「それでは、ごきげんよう……!」
そしてそう別れを告げ、出口の扉へ走る。逃げるように教会堂から去る背中を、黒髪が楽しげに跳ねていた。
「ギネヴィア様って、ユリア……様と、仲良かったんですね」
ペーターはなぜかぶっきらぼうな語調だ。まあ、男女の逢瀬を邪魔してしまったのだから無理もない。
私の見立てだと、ペーターはユリアにお熱なのだ。しかし、相手は大貴族の子女、貴族に名を連ねたばかりのペーターには縁遠い。人目のないこの時間だけが、彼にとって唯一、彼女とまともに話せる時間なのだろう。
作曲家が好きそうな設定だ。
「その割には、グラウスタインの姫様だなんて重要な事は知らなかったみたいですけど」
「あはは……ユリアとは、この教会堂で知り合ってね。あの歳で祈祷文を読めるなんてすごいって思ってたら、まさか辺境伯家のお嬢様だったなんて」
「……昔から、よく勉強してたんです。なんであんなに必死だったのかは、僕は知りませんけど。今ならギネヴィア様の方が詳しいんじゃないですか?」
嫌味っぽい言い草も、年下の男の子がする嫉妬から産まれた物だと思えば可愛くも見えてくる。ペーターの言葉使いを注意するカーヤを止め、不機嫌そうな彼女を慰める。
「それで、御用はなんでしょう。今、おふたりの寝室はメイドが掃除をしておりまして……必要なら中断させることもできますが」
「いや、それは構わないよ。目当てはペーターだから」
「はえ、僕……?」
ペーターは目を丸くする。
「フロッシュ家のこと。男爵になったこととか、辺境伯家への忠誠心の有無とかいろいろ聞きたかったんだけど……もう聞いちゃったね」
「ああ、そうですね。父さんが爵位を貰い受けたのは東部戦役での功が認められたからで、って、忠誠心の有無ってなんですか!? 僕も父さんも、疑いようのないほど、この身を捧げているつもりですが!!」
握り拳をふたつも作ってまで怒るペーターをなんとか落ち着かせる。確かに、誠心誠意勤め上げている仕事に横から難癖をつけられるのは良い気がしないだろう。
「ごめん、辺境伯家と皇家の関係がかなり悪化してるから、最近爵位を貰ったっていうのが気になって。グラウスタインの臣下の中にも、懐疑の目はあったんじゃない?」
「確かに、本来なら皇家との癒着を疑われる状況ではありますが、フロッシュ家に対しそういった声はほとんどなかったんです」
「へぇ、そんなに信頼されてるんだ」
思いの外、フロッシュ家の信頼は厚いらしい。武勇が重視される風潮のあるシュトゥール帝国において、東部戦役での活躍は大きく評価に影響していることだろう。
ところで、ペーターの言葉に、気になる点があった。
「だけど、ほとんどなかったってことは、ゼロじゃなかったんだ?」
多くがフロッシュ家に信頼を置くなか、冷静に状況を鑑み、疑いをかけた者がいたらしい。正否はともあれ是非ともお近づきになりたい。
「はい。アイゼンブルク子爵家です。ご存知ですよね。傭兵管轄官を務めていて、次男のルートヴィヒ様は、騎士としてエレミアス様に仕えておられます」
アイゼンブルク……? そもそもフロッシュ家の話を聞いたのはルートヴィヒの口からだったが?
「気持ちも分からなくはないですがね。彼はなぜか上位の爵位を与えられていないようですから」
気持ち……扱いの差に不満が溜まり、フロッシュ家に批判を……そんな単純な話なのか?
フロッシュ家とアイゼンブルク家に扱いの差が存在する……。両者とも、グラウスタイン家の武に関する実績を挙げている……。謀反? フロッシュ家にその疑いはないはず……。
なにか、嫌な予感が──。
「ギネヴィア様……私、胸騒ぎが……」
カーヤが耳元でささやく。杞憂ではないようだ。
「では、僕は執務室のエレミアス様に掃除の完了を伝えて来ますね」
「えっ、終わったの?」
「お話をしていたら遅れてしまったのです。時間には必ず戻ってこいと言われているので、これ以上は……。用がございましたら、執務室までお越しください」
……うまくサボりの口実にされていないか?
「あ、それと!」
ペーターが振り返って叫んだ。
「僕、ユリアとは十年以上の仲ですから!」
聖堂は彼らと入れ替わるように、私とカーヤのふたりだけとなった。
「言い逃げされてしまいましたね。どうしますか? まだ書類の意味は掴めていませんが」
「…………」
いや、もう少しだ。もう少しで何かが掴めそうなのだ。
皇帝が敵性勢力に対し爵位を授任しないに決まっていると考えていたが……もしそうでなければ。爵位は奉公の見返りとして当たり前に与えられるもので、与えられないのが異常なのだとすれば。
傭兵管轄官……防衛費……皇家からの支給金……高騰する傭兵代……。傭兵代は高騰しているのに、私たちを襲い、カーヤを捕らえたあの傭兵団の頭領はなぜグラウスタインを離れた……!?
待て、あいつは確か……!
『帝国の東を守ってんのは俺たち傭兵だってのに、貴族様はいつまで経っても報酬を上げやがらねえ』
傭兵代は、増えていない……?
「カーヤ、すぐに執務室へ! エレミアスに話をしにいこう!」
「…………」
教会堂を後にしようとする私たちの背後に、ひとりの気配があった。




