19. アイゼンブルク家
私はカーヤを連れ、騎士たちが日々鍛錬を積む訓練場に訪れた。初めて来た時と違い、見知った顔がちらほら存在する。彼らの多くが軍務的な知識を多分に携えているのだろうが、私の目当てはすでに、一人に限られていた。
「ギネヴィア様が信頼を置いている必要がないとは、いったいどういう意味なのですか? まさか、騎士のどなたかにその書類を見せるというわけでは……」
カーヤは当然の疑問を投げかける。私が信頼を置いている者にのみ見せていいという話だったのに、それ以外に見せようというのだ。明確に約束を破る行為は、これからグラウスタイン家の信頼を勝ち取ろうとしている私にとっては悪手もいいところだ。
しかし、カーヤの賢明さを私は裏切らなかった。
「そのまさかだよ。これはエレミアスがよこした情報なんだから、エレミアスが信頼を置いてる人に見せても何の問題もないでしょう? そもそも今この城に、私が信頼してる人なんてカーヤくらいしかいないんだから、こうするしかないしね」
「……特に期限も設けられていないですし、この機にそういった人を作っておくとか……。あ、いえ、それで、あの人が信用している騎士には目途はついているのですか?」
「うん。たしか──」
訓練場を見渡す。顔は知っているのでそれを探すが、槍や剣、メイスを振るう騎士たちの中にその顔は現れない。今日は休暇をもらっているのだろうか。
「人をお探しですか?」
突然、後ろから声が聞こえた。咄嗟に振り返る。なんとも都合のいいことに、そこにいたのはちょうど探していた騎士だった。
「驚かせてしまってすみません。騎士共の顔を熱心に追っていらっしゃったように見えたので」
「あの、どちら様……でしょうか」
カーヤが私の服の裾を握りながら訊ねる。
「申し遅れました。ルートヴィヒ・フォン・アイゼンブルクといいます。アイゼンブルク子爵の次男として生まれ、今はここグラウスタイン家の騎士をやっています」
このルートヴィヒという男は、街道沿いの傭兵団を討伐した際、騎士たちを指揮していた。若いながらも人の上に立ち、自らも馬上で矢を放ち任務を確かに成功させその腕も確かだ。加えて彼は見るからに、エレミアスと深く親交を結んでいる。
「エレミアス……という名が聞こえてしまったのですが、あいつなら今日、ここへは来ませんよ。これはあまり詳しくは口外するなと言われていることですが、どうやら各地の兵をかき集めているようで忙しく、訓練に顔を出せないようなのです」
ルートヴィヒは、私がエレミアスを探していると思っているようだ。そのおかげか、何やら有用そうな情報が舞い込んだ。兵をかき集めているということは、その兵力をどこかにぶつけようとしているということだ。この書類は、察するに、その軍事行動に関係している可能性が高いと見える。彼はエレミアスから口外無用の事項を教えてもらっているらしいので、きっと書類も見せてしまって構わないだろう。
「探しているのは、ルートヴィヒという騎士なのだけど。知恵を借りたいと思っていて」
「あー……なるほど。その者は、大貴族や教職の家で生まれ育った方々の助けになるような知恵など持ち合わせていないかと……」
彼は謙遜しているのか、もしくは面倒ごとを避けようとしているのか、目を逸らして話す。そのどちらにせよ、彼に書類を見せることに変わりはない。敬語が使えているのだ。教養がないという言い訳は通用しない。
私は紙の束を取り出し、彼の眼前に示した。
「…………これは──」
彼は並んだ文字を静かに、一字も逃すまいというような形相で黙読する。初めて目にするのであろうか、それとも偽装されたものであるかを確認しているのか、私が知り得る術はない。無言の空間に、もしかしたら私は何かまずいことをしでかしているのではないかと不安になる。
いたたまれなくなった私はたまらず口を開いた。
「傭兵代が少々高すぎるのではないかと思って……」
人にものを訊ねる時の最良の手土産は、自分の考えを提示することである。
「そうですね……グラウスタイン領は山間の地域も多く含まれていて、そういったところでは精強な傭兵が多く輩出されます。先日討伐した傭兵団も、団長の実力だけが際立っていましたが、どうやら彼だけがグラウスタインの出身で、それ以外はエンフェルト領で集められた人員でした。そして傭兵団は常に資金を提供し続けなければ、強盗のような行為をはたらいたり、隣国に雇われてしまったりします」
「あの傭兵団も、たしか商人から物資を略奪をして生計をたてていたって……」
「ええ。騎士仲間の前では言いづらいことですが、現状、国防の要は傭兵です。そんな彼らも、給金が途絶えれば逆に兵を回さなければならない敵と化してしまうのです」
ルートヴィヒは、私の疑問に答え、傭兵代が高額である理由を示した。しかし、問題は高額であるという点にとどまらない。数年前の防衛費と比べ、傭兵代は大きく高騰しているのだ。それに合わせて皇家から出る予算も増えているのだが、この支給金が続く理由が「バイエルン伯の機嫌」とかいう不確かなものであるのなら、いつまで続くか分かったものではない。
高騰の理由も問うてみると、ルートヴィヒはため息をついてから答えた。
「戦火の臭いに鋭い傭兵たちは、自分たちの立ち位置を理解しています。グラウスタイン家にとって自分たちが必要不可欠だと。そして、いくらか値を釣り上げても私たちが資金を出し続ける、と」
積極外交というやつか。「言い値で雇わなければ、今度は精強な武力をお前たちに行使するぞ」と脅しているわけだ。
しかし、ルートヴィヒに頼って正解だった。騎士といえど、ここまでの知識を携えていると期待してはいなかった。
「私がお教えできるのはこんなところでしょうか。家が傭兵の編成を手掛けておりまして、父から教え込まれたものですよ。……次男なのにね」
「家? アイゼンブルク子爵のことだよね。傭兵管轄官なんだ」
「はい。子爵風情の手に余る役職ですよ」
傭兵管轄官とは、シュトゥール帝国において戦争の際に傭兵を取りまとめる重要な役職だ。本来なら大貴族が担当するべき務めであり、とても子爵が抱えられる責任ではない。
「グラウスタイン伯は皇帝に対して、アイゼンブルク家に伯爵を与えるように要請してくださっているようで……過去の例から見ても十分な実績もあるはずなんですが、一向に動きはありません」
シュトゥール帝国の法として、爵位は皇帝が諸侯に与えるものとされている。皇帝が認めなければ新たな爵位が与えられないということだ。アイゼンブルク家は皇家に仇をなさんとするグラウスタイン家の臣下だ。常識的に考えて、敵性勢力に力を与えるような真似はしないだろう。
「グラウスタイン家の臣下だから?」
「……そう考えてもみたんですが、滞りなく爵位が与えられた家もあるのです。フロッシュ男爵家をご存じですか? 最近爵位を与えられ、貴族の仲間入りを果たした家です」
「フロッシュ家?」
「エレミアスに仕えるペーターの父といえばわかるでしょうか。ほら、あのかわいらしい少年……」
エレミアスに仕えるかわいらしい少年──これを聞いて思い浮かんだのは、あのパーティ会場から逃げ出した私に冷たい水の入ったコップを手渡した少年の天使のような笑顔だった。
「ああ、あの子の……」
新たな疑問が生まれてしまった。ペーターの父であるフロッシュ男爵は、グラウスタイン家に仕えておきながら皇帝に爵位を与えられたらしい。その理由は、単純に考えてしまえばあの天使の笑顔に影を落とすものだ。
「ペーター君はいまどこに?」
「ペーターですか、エレミアスが公務に当たっている間は、教会堂にでもいるかと思いますが……」
「よし、行こう、カーヤ」
「は、はい」
兵員を集め、戦争の準備をするエレミアスの従者に叛心を持つ者がいるならそれは非常に危険な状況だ。いち早く怪しい動きに気付けたなら、その情報はエレミアスの信頼に直結するはずだ。情報は常に新鮮さが求められる。
私が早足で訓練場を立ち去ろうとすると、ルートヴィヒが呼び止めた。
「子が親と同じ考えを持っているとは限りません。どうか、頭の片隅にでも」
彼はそう言い、騎士たちの訓練を眺めはじめた。




