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16. 傭兵団の最期

 カーヤがいると説明を受けた小屋は、倉庫だった。冬のために備蓄していたのであろう食料も見られるが、もはや傭兵団の口に入ることはない。しかしこの集落は前哨基地の類ではなく、人の生活があった。生き残った女性や子供たちがいる。奪取に手を染めるわけにはいかない。

「木箱を装った扉の奥……隠し扉か」

「あれじゃない?」

 積み上がった木箱の一番下の段に、やけに頑丈な作りの木箱がある。よく観察すると、側面に指がかけられる取手が掘り込まれていた。扉と床が干渉しないよう、木の板で若干浮かせてある。

 木箱の正面は引き戸になっていて、右側にずらすと暗い通路が現れた。隠し扉は床から腰の高さまでを一辺とする正方形を成しており、通路の広さもそれに順じた。

 我先にと通路に入ろうとする私をエレミアスは止める。

「危険だ、後ろから来い」

 待ち伏せを警戒してか、腕が私の行く手を塞いだ。エレミアスはその手に矢を持ち、前方に罠の類がないかを確かめながら狭い通路を四つん這いになって進んでいく。咄嗟に後退できるよう「合図を出すまで通路に入らず、奥から矢が飛んできても大丈夫な場所にいろ」、との命令を受けてしまったので、はやる気持ちはどうにか崩れそうな物資の山を眺めることで発散しなければならなかった。



 ──しかし、傭兵団はあっけなかった。皇家の兵と比べてやるのはいささか可哀そうにも思えるが、同じくシアハウゼン領に拠点を置く弱小傭兵団でも、この集落を壊滅させるのに、半分の力を出しても出しすぎなほどだろう。

 あまりに弱すぎるその原因、簡単に思いつくのは、街道からも望めるこの平原だ。傭兵団に必要なのは「若い男子」。この近辺ではその優れた労働力はほとんどがこの平原を耕すのに使われ、わざわざ鎌を槍に持ち替えて命がけで不安定な職につこうとする物好きなど現れようがない。


 そしてこの街道自体にも問題がある。そもそもこんな寂れた街道を拠点に選んだ時点で彼らの未来は決定づけられていたのかもしれない。

 エンフェルト伯爵領は皇家の治めるシアハウゼン領と隣り合っており情勢は帝国内でも安定しているほうで、諸侯同士の小競り合いは少ない。遠方から弱いと評されるエンフェルト領の傭兵団に依頼など来るはずもなく、彼らが金を手に入れるためには街道を通行する商人を襲わなければならなかった。

 しかし街道は放棄されているも同然の有様だ。この街道は帝都とグラウスタイン領を結ぶ重要な街道となるはずだった──のだが、修繕の依頼が父に届いたことはない。

 伯爵領を横断するほど長く、その分賊に襲われる危険性の高い道よりも、補給のできるエンフェルトの領都を経由するルートを選んだほうが、安全面、そして金銭面からも優良だ。商人としては、耳に入る情報も多いに越したことはない。皇家と辺境伯家の関係の悪化も、この街道が寂れた原因のひとつだろう。使おうとする者がいるとすれば、帝都からエンフェルト領の主要都市を避けてグラウスタイン領へ逃げたい女か、グラウスタイン領から皇帝軍の動向を探りになるべく早く移動したいどこかの嫡子くらいなものだろうか。


 無理にでも褒めようとするなら、頭領の実力か。兵士をひとり瞬く間に制圧し、敵の群れに突撃した武勇は見るに値する。あいつだけは他と一線を画していた。察するに、ここを拠点に置いたあいつは、エンフェルト領のことをよく知らない余所者……


「おら!! 死ねぇ!!」

 暗い通路の奥から、その頭領の声が聞こえた。鈍い音が続き、それから大きな金属がふたつ床に落ちる。

 すぐに通路を覗くと、エレミアスの体が奥に引っ張り出される様子が見えた。

「──っ!」

「クソが! 貴様らのせいで、何もかもが終わりだ! お前の顔、覚えているぞ! あのグラウスタイン伯の息子だなァ!!」

 頭領の叫び声と、重い打撃音が通路から飛び出す。合図はないが、私はすぐに通路に体を潜らせた。

「クソが! クソが! 帝国の東を守ってんのは俺たち傭兵だってのに、貴族様はいつまで経っても報酬を上げやがらねえ」

「は? お前何言って──」

「黙れ! その顔、めちゃくちゃに変えてやる! 無駄に綺麗に産まれてきやがって! それともそこの女みてぇに掘られてぇのか!?」

 あの女……。多分、カーヤのことだ。やっぱりここにいるんだ。

 通路を抜けるとあお向けになったエレミアスと、そこに馬乗りになる男の姿があった。頭領の片手はエレミアスの両手が掴んでいるが、自由な右腕が綺麗な顔面を殴りつける。金属の落ちた音は彼らの剣と弓だったようで、それらは床に放ったままになっている。

「死ね!」

 頭領はエレミアスを殴るのに執心している。怒りのあまり、私の接近に気付いていないようだ。


 以前、ヨハンから教わったことがある。暴漢を制するための武器の使い方。

「死ぬまで首を刺せ。死んだと思ったらそれから二回刺せ」

 ──あいつから教わったこれを、いつかあいつ自身の首に行使してやる。これは、その予行練習だ……!


 無防備な首に、エレミアスから預かったナイフを振り下ろす。グラウスタインの高い技術力で作られたナイフも、一度兵士の首を裂き、それを女が振るったものだから深く刺さっていくことはない。

「てめっ、なんだてめえは!」

 頭領の右腕が標的を変え、握りこぶしが私に向かって飛んでくる。二度目のナイフを頭上で構える私の腹に重い拳が届いた。しかし、その拳は私の服の感触を知り得るに留まり、震えながら離れていく。

「やれ! ギネヴィア!!」

 頭領の両腕を確保したエレミアスに私は頷き、再度ナイフを構える。「死ぬまで首を刺せ」──その訓戒に従い、首に傷を増やす。私の姿は、さっきエレミアスを殴りつけていた拳にナイフを持たせたのと変わりないものだっただろう。復讐心のままに、カーヤとコンスタンツェが受けた痛みを頭領に思い知らせようとひたすらにナイフを振り下ろした。

 気付くと、頭領は動かなくなっていた。「死んだと思ったらそれから二回刺せ」──私は死体を確実に死体たらしめるべく、血の垂れる切っ先を、少しだけ慣れた手つきで首に向ける。勢いよく首に突き進むナイフにさらなる推進力を与える私の腕は、別の腕に掴まれ速度を失った。

「もうとっくに死んでる」

「…………」

 私の腕を止めたエレミアスのてのひらに血がついているのを見て、はじめて私は纏わりつく返り血に意識を向けた。

「あ……あぁ……」

 ナイフは力の抜けた私の手をするりと抜け出し、血の海に浸かった。

「助かった。悪いな」

「はぁ……はぁ……」

 腰が抜けて座り込む私の目に、ぼろ布に横たわる少女の姿が映った。

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