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15. 飛び散る血

「いい加減にしろ!」

 扉が蹴破られ、皇家の兵が侵入する。

「おお、これはこれは…………本日はどういったご用件で……」

「本気で言っているのなら大した度胸だ。ギネヴィア・フォン・エンフェルトの引き渡し……確かに伝えていたはずだ」

 兵士が傭兵団の頭領ににじりよる。頭領はこちらに視線を送るが、私たちはそれを意に介さず小屋を出る。必要な事はすでに伝えた。「カーヤを奴らに引き渡すな」と。

「おい、待てよ。お前らはなんだ」

 機能を失った扉の前に、兵士が立ち塞がる。鎧の胸部には双頭の鷲が描かれており、皇家の兵士であることを主張している。

 教職者の見た目をする者に対してこの不遜な態度を取るという事は、彼が既存の勢力に反する者──例えばアカ派──であることを示唆している。彼らが「何かの間違い」で、回収対象のカーヤを殺害してしまう事は十分に考えられた。

 やはり、多少の危険に身を晒してでも、火種を放って正解だった。火の手はすぐに上がった。

「…………」

「何か言ったらどうなんだ。傭兵団に正式な依頼をしに来ただけならそう────」


「ふざけるな!!!」

 別の兵士が声を荒らげる。すでに鞘から抜けた剣が頭領の喉元から指一本分ほどの距離で切先を光らせている。

 頭領はそれを首ひとつ分退いてかわす。

「引き渡せと言っているんだ。これは皇太子殿下の命令に等しい」

 ──皇太子殿下。これはヨハンのことだ。貴族間では面倒な事情から「皇太子」という表現を避ける暗黙の了解が存在するが、語彙力の逞しい平民である例えば騎士らであれば、そう表現することも珍しくはない。どうやら、カーヤの身柄の回収はヨハンの仕事のようだ。

「へっ、俺たちが受けたのはギネヴィアとかいう女の引き渡しだ。悪いが別を当たってくんな」

「貴様!!」

 隊長と見られる男の剣をかわしながら、頭領は天井から吊るされた太い縄を引いた。この仕掛けによって鐘の音が鳴るとともに、頭領の叫び声が集落に響く。

「野郎ども!! この兵士どもは俺たちの敵だ!」

 鐘を鳴らした縄は兵士の剣を受け止めると、頭領の手によって剣と兵士の首に一緒に巻かれ、首に刃が食い込む。

 鐘の音は開戦の合図だった。頭領は明暗の赤が混じった剣を床の血溜まりから拾い上げ、兵士の群れへ突撃する。

 屋外からも甲高い金属音が鳴っているから、村民がこぞってこの兵士どもを討たんと武器をとっているのだろう。

 集落は戦場と化した。小屋の外は、酷い乱戦の様相を呈している。


 エレミアスは窓から外の様子を伺うと、丁寧に窓を取り外してまずは自分が外へ出る。

「こっちだ」

 窓の外から手が伸びる。その手を握ると私の体は強い力で引き寄せられ、両脇の下に入れられた手によって足は床を離れる。不意な浮遊感に目をつぶる。靴が地面に接したとき、私はすでに屋外だった。

「目を開けろ」

 言葉に従い、ゆっくりと目を開けていく。目の前には、「大丈夫か?」とこちらを心配するエレミアスの顔があった。少しずつ空気にさらされていく私の目を、彼の黒い瞳が覗く。私は呑気にも、綺麗だ、なんて感想を頭に巡らせた。

 取り込まれそうな瞳に、目を逸らす。小声で「大丈夫」と唱える。なんとかエレミアスの瞳から解き放った意識は、こちらに接近する気配を認めた。

「────っ!」

 槍を持った皇家の兵が、乱戦を抜け出してこちらに走ってくるのに気付いた時、私と兵は槍二本分の距離にあった。体は硬直し、声もかすれた。槍は修道女の格好をする私に向けられている。戦闘員と違えたのではない。修道女に対する明確な殺意による攻撃だ。

「神は赫赫たりて偉大なり!!」

 兵士の肘は伸び、槍が突き出される。しかし、槍が刺さったのは小屋の壁だった。槍は横から蹴りを入れられ、軌道を逸らしたのだ。

「エレミアス!」

「ひとつ貸しだ」

 エレミアスは兵士の体を掴むと小屋に叩きつけ、懐のナイフで首をえぐる。赤く染まった刃が引き抜かれると、屈強な兵の体は簡単に崩れ落ちた。

「こいつを持ってろ」

 血のついたナイフの柄が差し出される。


「なぜ君が狙われる? 皇帝は常備兵に異教徒でも紛れ込ませているのか?」

「…………」

 アカ派……。「赫赫たる」と言ったこの兵士が異端の一派であることに疑う余地はない。そしてこの場において最も大きな問題は、アカ派の兵士が教職者をなんの躊躇もなく切り捨てようとしていることだ。非戦闘員を拘束や尋問の流れをすっ飛ばして串刺しにしようとしたのだから、きっとやつらは回収対象のはずのカーヤが教職者であることを知っていて、その上で殺そうと考えている。この集落にいる者全てを殺害すれば、やつらの本懐は達成されるというわけだ。

 ヨハンの飼い犬としての兵士なら、まだ行動に予想がつくし、責任のある対応は期待できる。しかし、やつらが自らの思想で飼い主の手を離れて暴れているのなら、非常に危険な集団だ。何をしでかすかわからない。唯一わかることは、やつらがカーヤの血を求めていることだ。

 私はエレミアスのナイフをひったくって無防備に駆け出した。

「おい、ギネヴィ────ああ、クソッタレ!」

 二軒隣……といっても、小屋同士の間には十メートル以上の距離がある。数で勝る傭兵団だが質の高い皇家の兵に押され乱戦はだんだんと落ち着き始めている。混乱に乗じるなら今しかないと、友を想う一心で体を前に傾ける。

 ローブは脱ぎ捨てた。兵士の槍を防ぐにはなんの意味も成さないと判明したからだ。体は軽くなったが、ナイフを持ったズボンの女が戦場を走る異様な光景は、当然ながら注目を集めてしまった。

「おい、女だ」

「殺せ。味方以外は全てだ」

「ちっ、もったいねえ」

 すでに傭兵団は数の優位性を失い、乱戦の外側には、隙を持て余した兵士のくっちゃべる姿があった。

「しまっ──」

 思っていたよりも戦闘の収束が早い。乱戦に見えたあれは、兵士が正確に傭兵団を捻り潰す光景だったというのか。

 後方から矢が飛来するが、兵士は屈んでかわす。近寄る影は二つ。ナイフを構える。兵士は震えるナイフを見て笑う。

「ルートヴィヒ!!」

 エレミアスの声が響く────その前に、二人の兵士の頭が同時に吹き飛んだ。


「行けェ!!!」

 兵士が倒れて開けた視界に、ひとりの騎士が映る。その騎士は馬上で旗を振るうと、手に持った弩から矢を乱戦に向かって乱れ撃つ。

 騎士の合図で集落の周りから騎士が次々と飛び出し、乱戦に向かって矢を放った。

 戦いとはそれが始まる前から結果が決まっているものだ。争う兵士は意識外から矢を受け、それに倒れる味方を見てここが危険だと理解した兵士は乱戦から逃げ出すも、取り囲んだ騎士が馬上から槍を突き刺す。主戦場は一瞬にして静まり返り、残る散らばった兵士や傭兵は騎馬の圧倒的な機動力を前に各個撃破されていく。


「エレミアス、救出対象は?」

「あの小屋だ。俺と彼女で向かう」

「お前は少女の救出で、こっちは死体の山から矢を拾うってか。はあ、了解。…………結局、力尽くだ。やっぱりシュトュールはそういう呪いにかかってるよ」

「変えるか?」

「当たり前だ」

 騎士は馬上からエレミアスと話す。このグラウスタイン辺境伯領で、そんな態度を取れる人間が辺境伯以外にいようとは。しかし騎士は私に向かっては馬から降りて一礼する。決して礼節を欠いた人物ではないようだ。


 私はエレミアスに先導されながら、カーヤのいる小屋に踏み込んだ。

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