14. 嘘っぱちの交渉
カーヤの捕らえられているアジトは月に明るく照らされている。騎士は槍や弓を各々に持ち、アジトを周囲から監視している。
「ここまでくればもう集落だな」
傭兵団のアジトは小さな集落の様相を呈していた。雑草は刈られ、井戸の桶は底が濡れている。そこには生活があった。街道の外れで畑を作る、慎ましやかに生活。に、一見そう思える。
しかし、その実態は賊に変わりない。傭兵団として国内外の紛争に加担し賃金を受け取っておきながらそれに満足せず、この街道を使う商人を襲っているのだ。
「親父から兵を借りてくるんだった。この傭兵団にどれだけの損失を許したことか」
ゴミ捨て場にはグラウスタインの特産品の陶器が積まれている。全て欠けたり割れたりしているから、おそらく襲撃の際に破損し商品としての価値を失ったものだろう。
「今はそんな話じゃないでしょ。カーヤを見つけないと」
「ああ。依頼人を装って中に入る。いくぞ」
顔を隠すためにフードを目深に被った。傭兵団どもが、まだ狙い通りギネヴィアを捕らえのだと勘違いしている可能性がある。彼らの中でギネヴィアに当人が会いに来たことになったとしたら笑い話だ。今日一日名もない修道女を演じているが、もうしばらく本名を名乗るのは我慢しなくてはならない。
依頼の対応は、集落で最も大きい小屋で行われた。小屋はあと十個はあるので、この小屋にカーヤが囚われている確率は高くない。ひとつひとつ見て回りたいところだが、受付の席で私たちを値踏みするような目で見つめる男に話を通さないといけない。
「スレイ教団の者です。此度は君たちの腕を見込み、領内に発生した反徒相手の戦陣に立っていただきたく……」
適当な嘘を述べる。エレミアスがいうには、方法は問わず奴らの懐に入り、内側から建物や人の配置を確認し、すぐに救出を始めるか、一旦下がって様子見に移るかを判断するらしい。
私、つまり修道女からの依頼に、男の笑みが漏れた。
「宗教絡みの依頼か……。報酬は弾むんだろうな。あれは命を減らす事が目的の戦闘になるからおっかねぇんだよ……」
「もちろん。一人当たり金貨十枚……さらに教団として、君たちを信頼し、様々な優遇措置も検討します」
「十……枚……」
反応が鈍い。破格の報酬を疑っているのだろう。金貨が一枚あれば、街で一週間分の食料と安い奴隷をひとり買える。それがひとり頭十枚だというのだから恐ろしい額だ。男は私たちが存在もしない金額をチラつかせ、いいように働かせてから契約を破棄してやろうとなどという腹づもりであると踏んでいる。
「……ねえ、持ち合わせは……?」
「三十」
エレミアスはカバンから重そうな麻袋を取り出し、それを卓上に置いて金属音を立て、こう続けた。
「今この場に動かせる兵員は何人いる? ひとりにつき一枚、前払いだ」
男は麻袋の中身を漁り、手に持って重量を確認する。金貨三十枚が入った麻袋を手に取る男の腕が軽く膨らむ。およそ一キログラムといったところか。男は天秤と男のポケットから出てきた金貨を使い、麻袋の金貨が本物であることを証明する。
「正直、疑っていた。依頼は受けよう。だが、今ウチは大口の依頼人と契約していてな……動かせる兵はせいぜい十人……ここにいる男の衆をかき集めても三十人には及ばん」
良いことが聞けた。大口の依頼人──おそらく、皇家。そして兵員の数──およそ十。
信頼とはこういうものだ。勝ち取れば、敵の臓物を透かして見ることさえできる。ヨハンはこんなものを軽視しているのだ。
「お頭! 来客です! 皇家からの──」
「ああ、わかった! ……すまんが、そういうことだ。詳しい話は、ちっとばかし待ってくれ。ほら、あんたらだって皇家とは仲良くしたいだろ? あっちが終わるまで、隣の小屋でくつろいどいてくれ」
この男は傭兵団の頭領だったようだ。
帝都からカーヤを回収する部隊が到着したらしい。小屋の外から多くの足音と甲冑の擦れる音が聞こえる。
間に合わなかった──ということはない。
「待って」
「な、なんだ。用なら後で──」
今に戦乱の炎が燃え盛ろうとしているシュトュール帝国において、勢力と権力を拡大させているスレイ教団も巨大な可燃物である。
「君たちが捕らえている少女……いるでしょ?」
「…………」
「ギネヴィア」
「────?!」
傭兵団は驚く顔を隠そうともしない。
「じゃ、ない、あの娘は。シュヴァルツ家……エンフェルト領都ガウンデンの教会に住んでた、司祭の娘──それがあの娘の正体。皇家に受け渡さず、私たちに預けてくれれば…………神の、いえ、スレイ教団の絶対的な信頼を約束する」
「…………っ」
「皇家とは比べものにならない──諸外国すら巻き込んだ後ろ盾を……君たちに提供しよう」
ドアがノックされる。皇家の大いなる力を誇示するようなノックに、木製のドアがミシミシと悲鳴をあげる。
「ああ、すまない!! すぐに開ける!!」
傭兵団の頭領はドアの外にいる皇家の使者にそう伝えると、私の耳に顔を寄せ、呟いた。
「ここを出て右に二軒……木箱を装った扉の奥にいる。……ギネヴィアじゃねえって、本当なのか……? あんた、一体──」
「あの娘の友達。私たちがここを離れるまで奴らを引き止めて────とっとと地獄に落ちなさい……」




