11. 訓練所
訓練所は、誰に頼らずともすぐに見つかった。武を重んじるシュトゥール帝国において、訓練所というのは格好のアピールの場だ。訓練をする騎士たちにその気は無くとも、訪れた者らにその雄々しさを存分に見せつけていることだろう。持ち物の検査もなしに、観覧席とかいう武を魅せるために設けられた場所に案内される。
「ちょうど辺境伯嫡子のエレミアス様が訓練中でございます。貴女は運がいい」
闘技場のように広い訓練所の一角に彼はいた。五十メートルほど離れた的の中央に矢が吸い込まれ、心地の良い音を響かせる。隣に控えるペーターから矢を受け取り、二度、三度と続けざまに放てば、たったの十秒で的の中央には穴が三つ開くこととなった。
そのエレミアスの元に騎士のひとりが走り寄り、なにか耳打ちする。するとエレミアスはこちらを向いた。目が合うと、彼は手を振り、短弓をペーターに預けて階段を登って私の元へとやってきた。
騎士たちはもちろんこちらを気にした様子だったが、エレミアスの指示で訓練に戻った。
「おはよう。訓練所を見に来たのか。ふ、やはり君は……」
エレミアスは嬉しそうな様子だ。
「いいや、そうじゃなくて、貴方に会いに来たの」
「……なんだ、騎士に興味があるんじゃないのか…………」
次はガッカリとした様子になる。この『興味』とは、恋愛対象という意味ではなく、軍事的な事柄に対する興味を指す言葉なのだろう。しかし、『貴方に会いに来た』という言葉に一切なびかないとは……。
ともかくここに来た目的は、疑いようもなく名家であるグラウスタイン家の嫡子である彼の興味を引くことなので、肩を落としたままでいさせてはならない。
「興味がないわけじゃないよ」
「本当か!」
男というのは、女が自分と同じことに関心があると例外なく、すぐ嬉しそうにする。もし関心の対象が好いた女だとしても、何故か興味を同じくする同胞になりたがる変な生き物だ。あのヨハンでさえその決まりに従い、私が国家戦略にわずかな見識があると知るや否や、戦略論の話ばかりふってきたものだ。
「どんな騎士が好きだ? 品行方正……勇猛果敢……機略縦横……いや、女性ならやはり、容姿端麗な騎士がいいか?」
「えっ、そ、そうだね……。やっぱり、武勇に秀でた人は素敵だな……」
ここは彼の父親であるグラウスタイン辺境伯を暗に持ち上げておこう。
これを聞いたエレミアスは、顔を私に近付け楽しそうに次の質問をした。
「なら、武器は? 戦争の華である槍か……近頃流行りの弩か……貴族なら、叙任式なんかにも使われる剣は身近だろうし……」
「武器……? えっと、弓…………かな?」
弓術はグラウスタイン軍の十八番だ。あからさまに媚を売っているように聞こえるかもしれないが、エレミアスが自慢の弓を候補に挙げないいじらしい質問をしたので言ってやったまでだ。
「そ、そうか! なら、兵装は!」
「……全部好きだよ」
面倒になった。
「エレミアス様!」
ペーターが報告を持ってくる。朗らかな表情から、緊急事態ではないことがわかる。
「ジェラルド様がお帰りになりました。すぐにこちらへ向かわれるとのことです」
ジェラルドといえば、グラウスタイン辺境伯ジェラルド・フォン・グラウスタインのことだろう。あのパーティ会場では、取り囲む近衛から逃げるための手助けをしてくれた恩がある。
「おーい、いるか、エレミアス!」
声が訓練所に入ってくる。
訓練所の騎士たちは、すぐさまその場で跪いた。
「遅かったな、親父」
「だからせめて殿くらいつけろと……」
「いいだろ。そんなことより親父、こっちは面白いことになっててな」
エレミアスはにやけ顔を私に見せる。
「面白い話こそどうでもいい! 帝都じゃ大変なことに……──」
辺境伯と目が合った。エレミアスと似た黒い目が大きく開いた。辺境伯は固まってしまったが、無礼のないよう「ごきげんよう」と挨拶をする。
「──なんでこの嬢ちゃんがここにいるんだ!?」
「なんだ、ようやく嫁を連れてきたのかと思えば……」
事の経緯を聞いたジェラルドは頭を抱えた。
「違う。彼女があまりに危険な状況にあったから──」
「あれ、そうじゃなかったの? 私てっきり……」
エレミアスに向かって寂しげな声で言う。補足をすれば、ジェラルドによく聞こえるように、だ。
どうやらグラウスタインの長男に妻も婚約者も許嫁もいないらしいことが確認できた。これにより、私の一切譲歩のない目的が、エレミアスの腕の中であると確定した。
「君までそんなことを……」
「ほおら、ここで手を出さないから、いつまで経っても恋仲のひとつもできやしないんだ」
「そういうのは諸侯間の関係を複雑にするだけだ」
エレミアスの言葉には同意できる。封建制度下において家と領土は意味合いを同じくするものであり、婚姻はつまり領土同士をくっつけるもので、帝国内の勢力図をややこしいものにする一因となっている。
「とにかく、軍の指揮権は返すぞ。俺はこれからエンフェルトに行くからな」
「エンフェルトに?」
「ああ」
「なんでまた……」
「偵察だ」
「また?」
私を助けてくれたときも、エレミアスは皇帝軍の偵察をしていた。
「皇家の手際を見たくてな。従属させた領地を、どう統治するか。そうだ! ギネヴィア、君も来てくれないか」
「私?」
「詳しいだろ? どうせ顔は隠すつもりだから問題はないさ。どうだ?」
どうだ、と言われても……。エンフェルトの地に戻ることに戸惑いはあった。しかし、願ってもない仕事を断る手はなかった。




