葛藤
王都に辿り着いて直ぐにでも王宮に戻りたかったけどどこに敵がいるかわからない状況ではリスクが高かった。
信頼できる人の手助け必要だった。
頼れるのは騎士団長で伯爵のグランしかいない、でもグランの屋敷は監視されている可能性がある。
私はグランを墓地で待ち伏せする事にした。
グランは妻、アリエッタの月命日に墓地へ足を運ぶ。
王宮内が混乱しグランも忙殺されているだろうから来るかはわからない。
来るとしても早朝か夜更けか、日中忙しい合間を縫って来るのか。
それでも私はグランが来る事に賭け月命日の前日に墓地に忍び込んだ。
ライを連れて行く気はなかった。
そもそもライに頼んだのは王都までの道案内だけ。
「ライ」
王都に着いた日の神殿からの帰り道、人気が無いのを確認して前を歩くライを呼び止める。
継ぎはぎだらけの着古した服。
伸びきったぼさぼさの焦げ茶色の髪と無表情な顔。
振り返ったライの黒い目と視線がぶつかる。
「今までありがとう。無事に王都に着く事が出来た。もう大丈夫だからライは好きな所に行って」
必死に笑顔を作って言葉を吐き出した。
全然大丈夫じゃなかった。
でも今ここでライを手離さなければいけない。
そんな私をライはじっと見て首を横に振った。
私が嘘を言っている事に気付いてる。
ライは言葉は少ないけど僅かな気配や人の表情に敏感だった。
そのお陰で何度も道中助けられ、ここまで来れた。
でもライは自分の罠で怪我をした私に責任を感じて王都まで連れて来てくれただけ。
危険がある事はわかっていたと思うけどこれ以上何も知らせずに巻き込む事は出来なかった。
「私の本当の名前はリラ・ルチル・ユークレス。この国の第一王女です」
私は暗澹とした気持ちでその言葉を口にした。
「私を無事にここまで連れて来た事を感謝します。役目は十分果たしました。もう案内は必要ありません」
声と身体が震えない様に腕を組み精一杯王女らしく威厳を持って言葉を絞り出す。
「…そう」
一言だけ呟いたライの声はいつもと同じ声だった。
私が王女だった事に驚いているのか怒っているのか信じていないのか全くわからなかった。
怖くてライの顔を見る事が出来ない。
「私は人に会わなければいけません。あなたはもう行きなさい」
私は目を逸らしながらそう言った。
ライは無言で立ち去ろうとはしない。
きっと傷付けたー。
胸がズキンと痛み決心が鈍りそうになる。
「…褒美は必ず届けさせます。ご苦労でした」
顔を背けながらライの横を足早に通り過ぎる。
これでいい。
後はグランに会うだけー。
そう思っていたのにライは私の後を付いてきた。
同じ方向に向かってるのかと思ったけど違う。
足を速めてもゆっくり歩いてもライは付いてきた。
そしてとうとう王都のはずれまでやって来た。
足を止めてキッと後ろを振り返りライを睨む。
「何で付いてくるの…!」
息を弾ませながら小さな声で叫ぶ。
「俺は好きな所に行ってるだけだ」
ライも足を止めてポツリと呟く。
「は!?ライの行きたいとこってどこなのよ!?」
完全に八つ当たりなのはわかっていたけど言葉を止められなかった。
「…サキの行く所。何処に行って何をするのか見届けたかった。」
少しだけ考えてライが呟く。
「…は、何それ?何なの?そんなの信じろって?」
ライの言葉を聞いて膝から崩れそうになる。
「別に信じなくてもいい」
本当に信じなくてもいいような口振りだった。
「…!ここまでの道程も危険はあったけど王都はもっと危険なの。私と居るだけで死ぬ可能性だってあるの!!」
イライラして子供のような言い方になる。
なんでこんなに苛つくんだろう。
「山にいる時だっていつも危険と隣り合わせだった。獣に襲われるかもしれない、小さな傷が致命傷になる事だってある。病にかかって呆気なく死ぬかもしれない。何処にいても誰といてもいずれ死ぬ。なら俺は好きにする」
力強く、思い付きで言っているようには聞こえなかった。
ライはそんな事を考えて暮らしていたのか。
何か言おうとして口を開いたけど何も出て来なかった。
私はきっと間の抜けた顔をしてるだろう。
私よりライの方がよっぽど大人で覚悟を持ってる。
力が抜けて地面にしゃがみ込む。
俯いているとライが近付いてきた。
「ライって思ってたよりお人好しなんだね」
ライの足を見ながら自棄になって嫌みを言う。
私は嫌なヤツだ。
こんな時にライに劣等感を持つなんて。
「…違う。森でサキを見た時助けるつもりはなかった。見なかった事にするつもりだった。でも見捨てる事が出来なかった。なら最後まで見届けたいと思った。それだけだ」
顔を上げるとライは見た事のない顔をしていた。
はにかんでるような困惑してるような表情だった。
こうしてると普通の17才の少年に見えた。
へたり込んだままライの前に手を差し出す。
ライは少しだけ躊躇して私の手を取った。




