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再会

まだ完全に朝日が昇りきらない薄暗い中、黄色と白の花を抱えて黙々と歩く。

王都の中心から少し離れた小高い丘。

見晴らしの良いこの丘に私の最愛の妻が眠っている。

遠征などで王都を離れていない限り月命日には必ず彼女の許を訪れた。

ユークレスでは人は亡くなると神の許へ還るとされている。

妻はもうここには居ない、今は神の許で穏やかに暮らしている。

そう思っていても毎月ここで妻に日常の出来事や子供達の成長を語るのが習慣になっていた。

悩み、行き詰まっている時にもここで妻に語りかけると心が落ち着き見えていなかった物事が見える事もあった。


この数日は怒涛の様な日々だった。

若く有能な国王の崩御。

国境周辺で不穏な動きがある、との知らせで王都を離れた数日でこの国の状況は一変した。

訃報を知り急ぎ馬を走らせ戻ると第一王子が反逆罪で既に投獄されていた。

そして第一王女の失踪。

何もかも突然で出来すぎていた。

いや、予兆はあったはずだ。

私が気付く事が出来なかっただけだ。

何がユークレス一の剣士で騎士団団長だ。

聞いて呆れる。

職務に忙殺され満足に食事も摂れず碌に眠る事も出来ていない。

妻に知られればきっと怒られるだろう。

そんな事を考えながらいつもの道を歩いていると人の気配を感じた。

この先にあるのは妻の墓と森だけだ。

墓守もこの時間はまだいない。

私はそっと右手を腰の剣に伸ばしそのまま歩き続ける。

妻の墓前に跪く人がいる。

襤褸布を纏った小柄な少年だった。


「そこで何をしている」

少し距離を空けて立ち止まり剣の柄に手を掛けたまま低い声で問い質す。

ピリッとした殺気を感じた。

少年は無言でゆっくりと立ち上がりこちらを振り向く。

顎の辺りで不揃いに切られた灰色の髪に痩けた頬。

疲労感の漂う顔の中に暗い海を思わせる青い瞳が光っていた。


ーまさか。


考えるより体が動いた。

花束を投げ出して少年に駆け寄り小さな体を包み込む。

「…グラン?」

少年は驚いた声を出し抱え込まれた体を動かそうとする。

「殿下!動いてはいけません!」

抜け出そうとする体をグッと力を込めて押し付ける。

殺気がさらに強くなる。

見晴らしが良い分ここには何も遮る物がない。

ここで殿下を死なせる訳にはいかない。

自分の体を盾にして殿下を無事に逃がす事が出来るのか。

いや、何としても逃がさなければいけない。

じんわりとした汗が体全体に滲む。

ひとりになりたいから、自分の身は守れるからと馬車に従者を置いてきた自分の怠慢さに腹が立った。

いつ何時であろうと不測の事態は訪れる。

そうわかっていた筈だ。

僅かな一瞬で頭の中で色んな事が目まぐるしく駆け巡る。


「待ってグラン、何があったの?」

押し付けてられてくぐもった声が問いかける。

「人の気配と殺気を感じます。恐らく奥の雑木林からです。私が盾となります。殿下はお逃げ下さい」

不安を悟られないように出来るだけ冷静に話しかけ走り出せるように体を整える。

「待って。その気配は私の連れかもしれません。」

そう言って強引に私から体を引き剥がし地面に下りると林に向かって合図をした。


暫くすると林から弓を下げた男がゆっくり現れた。

大柄ではないが腕も足も逞しいのがわかる。

殿下の従者や配下なら必ず見た事があるはずだったがこの男には見覚えがなかった。

そもそも家臣ではなく“連れ”とはどういう事だ?

警戒を解かず殿下を庇うようにしながら男を見据える。

鬱蒼とする焦げ茶色の髪の隙間から覗く黒い瞳。

無表情だが黒い目の奥に時折炎がチラチラと見えたような気がした。


「ライ、もう大丈夫。ありがとう」

殿下が柔らかな声でそう言うと男からまだ僅かに漂っていた殺気がフッと消えた。


「グラン…いえ、グランディディエ伯爵。聞きたい事。そして話さなければいけない事がたくさんあります。」

私の手から投げ落とされた花束を拾い上げて差し出す殿下の表情(かお)はほんの数ヵ月の間で強く逞しくなっているように思えた。


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