帰還
静かな雑踏の中に足を踏み出す。
還ってきた。
ライの家を出てから5日。
長くて短い5日間だった。
王都に還ってこれたー。
でも嬉しさはなかった。
「真っ白…」
私はぽつりと呟いた。
王都は白に包まれていた。
軒先や店先など至るところに白い布が掲げられ、白い花が飾ってある。
道行く人も白い物を身に付けたり白い服を着ている。
呆然とする私とライに老夫婦が近付いてきた。
ビクッとして思わず一歩後退りする。
『しっかりしろ!挙動不審になるな』
ここまで来て怪しまれるなんて御免だ、心の中でそう自分を叱咤する。
そんな私の態度には気づかず老夫婦は白い花を差し出す。
「お花をどうぞ。神の御許に召される国王陛下を御見送り下さい」
穏やかだけど悲しみの表情を浮かべた婦人はそう言うと一輪の花を私に握らせて会釈をし、去っていった。
私は花を握りふらふらと歩き出す。
暫く歩き続けると遠くに神殿が見えてきた。
道には白い花びらが一面に敷かれ、神殿の奥には父の亡骸が眠っている。
私達が王都に辿り着いたのはユークレス王の国葬から2日後だった。
ユークレスでは死は神の許へ還る事で決して悲しむ事ではないとされていて、遺された人は白を身に付けて故人を偲びながら見送る。
前世のお葬式は黒のイメージだったから違和感があった。
でも今ならわかる。
白は別れを悼む色だ。
神様の許に行くとしてももう二度と故人と会うことは出来ないんだから。
そういえば喪服は黒だけど日本でも死装束も白だったな、とどうでもいい事を考えながら遠くから神殿を眺めた。
心の中は掲げられた布の様に真っ白で寒々しい風が吹き荒れていた。
本当に父はユークレス王は死んでしまったんだ。
学園で知らせを受けても、旅の途中の町で国葬が執り行われると聞いてもどこかで嘘なんじゃないかと思っていた。
父は生きているんじゃないかと心の隅では期待していた。
「…これからどうするんだ」
立ち竦む私に隣に立つライが聞いてきた。
そうだ王都に着いたからって終わりじゃない。
まだ王都に戻ってきただけ。
やっと一歩進んだだけ。
これからだ。
王都は喪に服している以外は普段と変わらないように見えた。
だけど王宮内は突然の王の死と兄の反逆で混沌としているだろう。
喪が明ければ一気に物事が動き始め王都で争いが起きる可能性は高い。
王妃と宰相の祖父が後見人になるとしても幼い弟が王座に着けば他国との関係も今までの様にはいかないだろう。
私はグランに会うつもりだった。
騎士団長のグランディディエ、アリアの父だ。
グランは伯爵で父や兄の剣の師でもある。
そして王宮内で第一王子派にも第二王子派にも属さず中立の立場を取っていた。
グランは信頼できる数少ない家臣であり父の様な存在でアリアは姉だった。
なのに私はアリアを死なせ、グランを頼る事でグランをも危険にさらす。
それでも今頼れるのはグランしかいなかった。
ぎゅっと目を瞑り爪が食い込む程手を強く握り締める。
ポキンと折れる感触がして手元を見るとずっと握ったままの花の茎が折れていた。
慌てて手を緩めて花を腰紐に差し白い花弁をそっと撫でる。
隣に立つライを見上げるといつもと変わらない表情で私を見つめていた。
ライといるのもグランに会えるまで。
あと少しだ。
「行こう」
そう言って神殿に背を向けまた雑踏の中に足を踏み出した。