旅立ちの朝
1,私を弟として接する事。
2,頼むのは道案内だけ。
3,もし何か起こったなら私に構わず自分が助かる道を選ぶ事。
私からの取り決めはこの3つだった。
どう考えても危険だと教えている様なものだ。
でも危険を知らせずに道案内をしてもらうつもりはなかった。
ライは暫くの間考えて、そして頷いた。
道中は俺の指示を守る事。
ライからの決まりはそれだけだった。
詮索も、報酬や見返りについても何も無かった。
「…は?それだけ…?」
詮索されても答えるつもりは無かったし、報酬は無事に着けば勿論相応に支払うつもりだけど今は何の約束も出来ない。
そう言うつもりだったのに何もない。
あまりの不自然さに声を荒げてしまう。
「ありえない!そんなわけないでしょう!?」
リラは13才だけど前世と合わせて40年生きて、元来の性格もあって上手く感情を表す事が出来ずに『鉄の王女』と呼ばれた。
こんなに声を荒げたのは何年振りだろう。
そう心の片隅で思いながら睨み付ける私の目をじっと見つめライは口を開いた。
「…爺さんが死ぬ間際に言った。“どこへでも好きな所へ行け”って。俺には今まで行きたい所が無かった。だからここに居た。でも今は王都に行きたい。それだけだ」
淡々と、でも真剣な眼差しで語るライを私は唖然と見つめた。
嘘を吐いてる様にも、からかってる様にも見えなかった。
ライの射る様な強い眼差しから無理矢理目を逸らし余計な事を考えない様に自分に言い聞かせた。
「…わかった。私の決まりを守ってくれるならライの指示に従う」
そう言うしかなかった。
旅の間不自然に見えない様に怪我が治るまでの間も弟として接してもらい、ライについての話を聞いた。
ライは言葉は少なかったけど私の質問を嫌がる様子は無かった。
物心付く前に両親と死に別れお爺さんと人里離れたこの家で暮らし、お爺さんが亡くなってからも1人で暮らしてきた事を静かな口調で話した。
私の傷が良くなってきてからはリハビリも兼ねて山へ入り山菜や薬草、毒草の見分け方、山での心得を言葉少なに教えてくれた。
ライは人に教える事には慣れていないけど驚くほど知識は豊かだった。
この国は他国に比べると教育水準は高い方だ。
国が運営する学校には誰でも通えて最低限の読み書きや簡単な計算を習う事が出来る。
望めば国が援助をして更に学ぶ事も出来るし、もっと優秀なら学園で専門的な知識を王公貴族と机を並べて学ぶ事も出来る。
ライは学校にも通った事はないそうだけど山で生きる為の知識だけではなく、難しい読み書きも私もわからない難解な計算式もスラスラと解いた。
お爺さんの教えと山の中の家には似つかわしくない蔵書に由るものらしい。
お爺さんの部屋の壁は全て書棚で植物図鑑から語学書、宗教書まで多岐にわたる本がひしめき合っていた。
夜明け前から危険と隣り合わせの山に分け入って獣を狩り、雑用を済ませると日が落ちるまでここで本を読む。
もう何年もそんな生活をしていると話してくれた。
そして狩の腕前も見事だった。
毎日野山を駆け鳥や鹿、猪の様な獣まで軽々と持ち帰ってきた。
仕留めた獣は急所を弓や短剣で鮮やかに貫かれていた。
私はライの才能に困惑したが今更後に引けなかった。
旅立ちの朝。
枝に引っかけて切った短い髪にライの着古した男物の服を詰めて着ると私は貧相な男にしか見えなかった。
濃い青とオレンジ色の朝焼けが美しい。
今、王都はどうなっているのか。
私は王都に辿り着けるのか。
辿り着いて何が出来るのか。
美しい景色を眺めながらもいくつもの不安が心を過り鼓動が早くなる。
『大丈夫。アリアとの約束を果たすんだ』
両手を握り締め深呼吸をして自分に言い聞かせる。
土と草の匂いのする冷たい空気が肺を満たして心を静めてくれる。
焦りも不安もあるけどライがいれば王都に辿り着ける、そんな予感を感じながら短い日々を過ごした家を後にした。
兄弟二人の旅は子供だからと目を付けられ絡まれそうになったり、不審な目を向けられ遠回りをしたりと順調ではなかったけどライのお陰で何とか切り抜ける事が出来た。
そして王都まであと少しの所、イサの町で私は国王の葬儀が行われる事と兄が投獄された事を知った。