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野良猫と忘却の行方②

「なぁ、なんでラドと一緒に働けないんだよ」

王都の中心部にある高級食材を扱う商会の一室でノアはギイギイと椅子を揺らしながら不満を口にする。


「…お前まだそんな事言ってんのか。一緒に働いてるじゃないか」

書類に不備がないか目を凝らす俺は顔を上げないままノアに答える。


「違う。俺はラドと一緒の任務(仕事)がいいって言ってんの」

商会で働き始めたノアは商会内での仕事を希望したが諜報員として配属された。

ノアは痩せてはいるけど鍛えた体は丈夫で頭の回転も良く相変わらず耳や鼻も鋭い。

俺とは違って諜報員としての素質は申し分ないから当然の事だった。


俺はふうっ、と息を吐いてチェックし終わった書類の束を箱に移し首と肩を揉みながら後ろを振り返る。


「なぁノア、適材適所って言葉知ってるだろ?それに命令は絶対だ。もうボスが決めた事に逆らうなよ」


俺がテスの名前を出すとノアは不機嫌そうな顔を更に歪めた。

配属の不満をボスにぶちまけキツイ灸を据えられたのをまだ根に持ってるみたいだ。


主に忠誠を誓い命令は必ず従う


それが商会(ここ)での絶対的な規則(ルール)だ。

背けばそれ相応の制裁が下される。

新入りだからと大事(おおごと)にはならなかったけど次はどうなるか判らない。


「…もういい。行ってくる」


「あ、待てノア」


ガタンと音を立てて椅子から立ち上がり不機嫌そうなまま部屋を出ようとするノアを呼び止め俺も立ち上がる。


「国境近くはまだきな臭いし気をつけてな」


俺はそう言いながら近付いて手を伸ばしノアの黒い癖のある髪をわしゃわしゃと撫でた。

今回ノアは初めて国境近くまで足を伸ばし仕入と偵察を兼ねた長期任務に就く。


第一王子だった(あるじ)が国王に即位しても俺達は相変わらず国や王家には属さず非公式な陛下直轄の部隊として諜報活動をしていた。


この国で1番偉くなったんだから何でも主の思い通りになるのかと思ったのにどうやら違うみたいだった。

有事の場合は別かもしれないが王でもたった1小隊の兵を動かすのにもそれなりの手続きが必要で重臣の反対があれば兵を動かす事だって難しいらしい。

しかも表立った敵は減ったけど他国()にも国内()にも隙を狙っている奴らは多くて警戒すべき対象はむしろ増えた。


危険だけは増えて何も思い通りに出来ないなんて王サマってのも大変なんだな、と思う。

だからテスは貴族の位を貰い王宮で色んな事に縛られながら仕えるよりも前と同じように誰にも邪魔されず主の命令に従える道を選んだんだろう。

そんな状況だし優秀な仲間が増えるのは喜ばしい事だけど危険な任務に弟みたいなノアを就かせるのは複雑な気持ちだった。


「ん、わかってる」


俺は不機嫌そうな顔が少しだけ緩んだのを見て頭から手を離し部屋を出るノアを見送った。


ノアはもう子供じゃない、(れっき)とした諜報員だとわかっているのに俺はノアを甘やかすのを止められない。

ただ俺がノアに甘いのは弟みたいに可愛いからだけじゃない。


俺の中にノアに対する罪悪感があるからだ。



「ホント懐かれてんなラドは」


ずっと見ざる聞かざるを貫き同じ部屋で黙々と作業をしていたベルはノアが部屋を出るとふーっ、と息を吐き厳つい顔に似合わない哀れみの籠った目で俺を見た。


「あれは刷り込みみたいなもんですよ」

苦笑いしながら俺は椅子に戻り残りの書類を手に取る。


「何だっけ、リューに襲われてたノアをラドが助けたんだっけ?」


「全然違います」


ベルの言葉に俺は深いため息を吐く。


ノアが家に連れて来られて数日後、始終ピリピリして部屋の隅でみんなを威嚇していたノアが他の子供達と言い合いになり家を飛び出した。

生憎その場には俺も大男のニルも居らず誰も飛び出すノアを捕まえる事は出来なかった。


王都の外れの家の側には森があった。

近くの森は普段はそんなに危険はないけど子連れのリューが目撃された、と知らせがあったばかりだった。


リューは図体は大きいが大人しい爬虫類の一種だ。

普段は森の奥に棲んでいて水辺の植物や藻を食べて暮らしてるけど産まれて間もない幼体は特定の果実しか食べない。


そして果実を探して森の奥から出て来る子連れのリューは子供を守る為なのか途端に狂暴になる。

ただリューが産まれる季節と果実が成る時季は決まっててそんなに長くないからその期間は出来るだけ森に入らなければいい。


『もしノアが森へ入ってたらー』俺は背筋がぞわっと冷たい何かに撫でられたみたいだった。

一応ノアにもリューの危険性は話していたけどどこまで聞いていて理解出来ていたのかは判らない。

そして人間嫌いのノアだ、町の方じゃなく森に入る可能性は十分にある。

「ハン、来い!」

俺は年長の子供にニルに事情を知らせる様に言って元猟犬のハンを連れて森へ入った。


そしてハンがリューに睨まれ動けなくなっているノアを見付け、駆けつけたニルがリューを何とか追い払った。


俺はノアを連れて逃げ惑ってただけなのに混乱して記憶が曖昧だったのかノアはあの日から親鳥の後を追う雛みたいになり俺の言う事には素直に従う様になった。


『違うんだ』


そう何度も言おうとしたけど大人しくなったノアがまた前みたいになったらと思うと俺は言う事が出来なかった。

いや、違う。

『ラドがここに居てくれるから最近は揉め事や問題が少なくて助かります』


テスがそう言ってくれたばかりだったのに揉め事を起こすのが嫌だった。

だから俺はノアを必死に追ったし間違いを正す事も出来なかった。

全部自分の保身の為だ。

ノアだってその内忘れるだろうと思ってた。

なのにあの日からずっとノアは俺を慕い続け、俺は今でも罪悪感を抱えて過ごす羽目になってしまった。



そんなノアが任務中に消息を絶ったのは商会を出て2週間程経った頃だった。

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