野良猫と忘却の行方①
ちょっと脇道に逸れて商会で雑務をするラドのお話です。
野良猫~にはリラもライも出てこないし本筋とは殆ど関係ない話になる予定ですがよろしければご覧下さい。
王都の外れにある古びた一軒家の錆び付いてぎしぎしと軋む門を押し開けて進んでいると生い茂った草むらからヒュッと勢いよく2つの黒い影が飛び出してきた。
「ラドッ!」
影の1つはそう言い、いや叫ぶと俺に向かって突進してきた。
「…ノア…お前俺が来たのよくわかったな。庭に居たのか?」
早過ぎる出迎えに少し躊躇ぎながらも後ろで1つに結んだ癖のある黒い髪を尻尾みたいに揺らすノアの体当たりと言ってもいい抱擁を受け止める。
「うん。裏で草むしりしてた。ね、俺ハンより先にラドの足音に気づいたんだよ。凄いでしょ!」
ほんの少しだけ遅れて飛び出して来たもう1つの影、足元で本物の黒い尻尾をブンブン振りながら戯れ付くハンにノアは大きな目を細めフフン、と得意気な顔をしながら言う。
ちょっと年はとったがそれでも優秀な番犬より耳も良いし足も早いってどうなってんだ、と心の中で驚きながらまるで兄弟みたいなノアとハンの頭を交互にわしゃわしゃと撫でる。
「凄いなノア。元気…にはしてたみたいだけど俺との約束も守れたか?」
「元気だったし約束通りケンカもしなかった!」
ノアは俺にしがみ付いたまま黄色がかった目を輝かせて見上げる。
「えらいぞ、よくやったなノア…ん?また背伸びたな。体は大丈夫か?」
ノアの頭の位置が前に来た時よりまた上に来ている。
「うん、伸びた!ちょっとイタイ時もあるけど大丈夫。もーすぐラドに追い付くから」
そう言うとノアは初めて見た時とは別人の様なあどけない笑顔を見せた。
テスがノアをこの家に連れて来た時は警戒心が強く攻撃的でまるで野良猫みたいだった。
周りはみんな敵だと思ってるみたいで頻繁に揉め事を起こし理由を聞いても言葉を上手く話せず難しい言葉は理解出来なかった。
ユークレスには国が運営する学校が点在していて最低限必要な読み書きや計算等は無償で誰でも学べる。
真面目に勉強をすれば軽食がタダで食べられるし貧しい家程学校に子供を通わせた。
飯に釣られて学校に行っていた子供の中にはもっと勉強したい、と思う子もいてそんな子は教師の推薦で試験に挑み合格すれば生活費の援助を受けて学校でもっと学べるし、更に優秀なら王公貴族も通う学園に行ける可能性もあった。
学校で一定以上の成績を修めれば証明書がもらえ働き口も増えて優遇されるし学園を卒業し国の機関で働けば給金の他に手厚い保障もある。
『民が豊かであれば国も自ずと豊かになる』
何代か前の国王はそう掲げ元々恵まれた土地にあるこの国の優秀な人材を掘り起こし更に豊かにしてきた。
それでも色んな理由から学校にすら通えなかった子供もいる。
ノアも恐らくその1人で元々住んでた所から追い出されたのか逃げ出したのかふらっと町に現れさ迷いながらあちこちで食べ物を奪っては逃げ回っていた。
だけどとうとう追い詰められて暴れていたノアをテスが捕まえここに連れて来た。
粗暴で小さく痩せこけていたノアはここに来て食事と睡眠をきちんと摂る様になって精神的にはまだまだ子供たけど随分成長した。
「そっか、でもあんま無理すんなよ」
俺はそう言ってまたノアの頭をくしゃくしゃと撫で回した。
「ラド、これ何が入ってるの?」
俺が背負ってる布袋に気が付いたノアはクンクンと鼻をひくつかせる。
「あぁ、これには…」
そう言いながら袋を下ろすと「あっ!チョコレートのお菓子だ!ラドが作ったの!?」
匂いだけで中身を言い当てたノアに俺はまた驚く。
チョコレートは高級品でノア達の口には入らない。
ただ商会で仕入れた物の中には少し傷がついたりして売り物にならない物もある。
売り物にはならなくても高級品だから諜報員は普段高級品に手が出せない下働きや王都から離れ嗜好品が手に入りにくい町や村で目星を付けた人物にこっそりと渡す。
そうすれば世間話がてら面白い話をしてくれたり何かと融通を効かせてくれるちょっとした配り物にもなった。
だけどそのギフトにもならない様な物もたまにはある。
俺はそんなのを少しずつ貯めておいて仕事に区切りがついた時にここにやってくる。
今回は細かく砕けてしまったチョコレートで子供達の為にお菓子を作ってきた。
確かに前にもチョコレートを持って来た事もあったけど随分前だし1度か2度だ。
袋に入ったままでもチョコレートだと判るノアは嗅覚も犬並みなのか。
「ラド、今日は泊まって行くの?」
俺の荷物を抱えながらノアは期待した目で見てくる。
「…あぁ、仕事も一段落したし泊まって行こうかな」
「やったー!ご飯食べたら一緒にゲームしようね。俺強くなったんだよ」
嬉しそうにはしゃぐ姿を見ながらこの末の弟みたいなノアに真っ当な仕事に就いて普通の暮らしをして欲しいと思いつつもそうはならないかもと複雑な気持ちを抱えたまま俺は懐かしい家に続く小道へ足を進めた。
「ラド!」
「ラド」
そして月日が流れノアが俺を呼ぶ声は会う度に少しずつ低くなり、それに比例するみたいに背は高くなり俺がノアを見上げるようになった頃、予感通りノアは商会で働く様になった。




