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怯えと我が儘

春の訪れを感じさせる様な暖かな日差しを浴びながら鍛練の後片付けをしていると副隊長から呼ばれ「王女殿下が外出されるそうだ。この後の警備は他と代わらせるからお前は供に付け」と告げられた。


『またアイツか。やるなぁ』

『どうやってあの鉄の王女に取り入ったんだ?』

『アイツ剣もロクに使えてねーのにな』

『まさか色仕掛けとか?』

『あぁ、鉄の王女は男に慣れてないだろうからちょっと優しくしたらコロッといくかもな』

『じゃあお前今度やってみろよ』

『ヤダよ、気に入られたらどうすんだよ』

『なぁ、それより聞いたか?王女が第一王子殿下を殴ったってハナシ』

『えっ、マジか?』

『マジマジ、俺のダチの衛兵が見たんだって』

『あ、俺も聞いた。牢獄でだろ?王子殿下が陛下を殺したと思ってたとしてもあり得ねーよな』

『うわー、可愛げの無い鉄の女で癇癪持ちとかサイアク』

『じゃあさ第一王子殿下が即位したら王女どーなんだろうな』

『王宮から追い出されんじゃねーの?』

『やっぱ近寄んねー方がいいよな、王女にもアイツにも』

『じゃなくてもアイツ暗いし人の目ぇ見て喋んねー奴だし近寄らねーけどな』


持ち場に戻ると口ばかり動かしている同じ隊の貴族の次男だか三男だかの挑発する様なわざとらしい嘲笑う声が聞こえてきて本当にこの男達は上流階級の出なんだろうか、と疑念を抱きつつ俺は黙々と手を動かした。

お前達の目を見ないのはその低俗な考えをこれ以上知りたくないだけだ、と心の中で毒づきながら。




「殿下、参りました」

片付けと身支度を終えた俺はリラの部屋に入り深く一礼をする。

机に向かいペンを走らせていたリラは顔を上げ少し目を細めてから「暫くそこで待ってて」とだけ言ってまた机に目を戻した。


リラは時折目を閉じ、眉間に皺を寄せて机を指でトントンと叩きながらも何かを書き終えると紙を丁寧に折りそっと封筒に入れランプの蓋を外した。

そしてスプーンに入った蝋をランプの炎でゆっくりと炙って溶かしてから封筒に垂らし凝った細工の施された印をぐっと押す。

暫くして封蝋が固まったのを確認するとふうっと息を吐き侍女に書簡を渡した。


第一王子殿下が解放され、俺がリラの護衛を離れてから一月が経とうとしていた。

殿下の即位式の日取りも異例の速さで固まりつつあって騎士団を始め王宮内は慌ただしさを増していた。


封筒を手にした侍女が部屋の外に出ると直ぐに外出するかと思っていたが「ここへ」とリラは俺を側に呼び寄せた。


「ライは私と王都に来た日の事を覚えてる?」


突然の質問の意図が判らず少し呆気に取られたがあの日の事を忘れるわけはない。

初めて目にした王都は人が溢れていたけど国王の葬儀を終えたはがりでどこもかしこも白く寒々しかった。

そして真っ白な王都と同じ位白い顔で立ち竦んでいたリラ。

もう大丈夫だと言いながらも不安に押し潰されそうな目をしていたリラをきっと俺は一生忘れない、いや忘れる事が出来ないだろう。


「覚えています」


まだそんなに月日が経ったわけじゃないのに遥か遠い記憶の様な情景を思い浮かべながら答える。


「あの日私に『何処に行って何をするか見届けたい』と言った事も?」


勿論だ。

あの時『リラの行く先を見届けたい』と自分の口からするりと滑り出た言葉で“あぁ、そうだったのか”だから俺はここに来たのか、と気が付いた。


「勿論です」

「そう。…今でもそう思ってる?」


「はい」


「まだ正式に決まった事では無いけど私は兄上の即位が無事に済んだら学園に戻ろうと思ってる。…その時はライに学園へ同行して欲しい」


リラはそこで一度言葉を止めて息を吸う。


「私はライを護衛としてとてでは無く同じ生徒として同行させたいと思ってる。但し学園に居る間は騎士の訓練にも重要な任務にも参加出来ない。だからこれは命令じゃなくて私からの“お願い”だと思って」


寮には使用人を置く事も出来るものの基本的に学園内では身分に関係無く皆同じ生徒として過ごすのが建前で王族でも校舎内には護衛や従者を連れて行く事は出来ない。

だから護衛を兼ねた従者を生徒として連れて行く事になる。


別段珍しい事でも無いのに俺を見上げるリラの目の奥には迷いが揺らめいていた。


「同行してもらえる?」


『はい』

そう言うべきなのに俺の口からはそのたった一言が出て来なかった。

何故だろう、と思う。

リラの行く先を見たいと思っている事に変わりはない。

王都に残って欲しいと言われたわけでもないのに騎士団にも入った。

なのに今、首を縦に振る事が出来ない。

その理由が自分でもわからなかった。


他人の考えてる事は読めるのに自分の考えはわからないのか、と呆れる。


リラをそっと見ると不安な顔で俺を見ていたが口を開く事なく答えを待ってくれていた。


いっそ命令なら否応なしに付いて行くのに、と理不尽な事を思いながら俺はふっ、と息を吐いて目を閉じる。

そして自分の中に“俺”の姿を探す。

濃い靄がかかっている俺の中を見渡すと深淵が見えた。

身を乗り出し底の見えない濁った水に頭からとぷんと潜ると深く暗い所に“俺”が居た。

冷たい水にゆらゆらと揺れている“俺”に手を伸ばし顔を覗き込むと“俺”の目には怯えが浮かんでいた。


『そうか、俺は怖いのか』


でも何がそんなに怖い?

また揶揄される事が?

騎士団から離れる事が?

違う。

失望されるのが怖いんだ。


リラは俺を買い被り過ぎている。


狩人としての腕と人の思ってる事が多少わかる事で何度か危険を避けられたのは確かだ。

でもそれは今までリラと過ごした時間が“非日常”だったからだ。

だから俺は“日常”を過ごしてリラに失望されるのが怖い。


俺はゆっくりと目を開けた。

自分の感情を覗いたのは初めてで全身にじんわりと嫌な汗をかいている。

他人の感情は嫌でもわかるのに自分の感情を知るのは大変なんだな、とぼんやり思いながら言葉を探す。


「…学園へ入るには多額の寄付をするか試験を通るかしかないと聞きましたが」


「そうだけどこれは私の我が儘だからそれは気にする事じゃない」

と言う事は寄付をして俺を学園に通わせるつもりか。


「…殿下、学園に通うのなら俺は試験を受けたいと思います」

俺がそう言うとリラは目を見開く。


「え、何?待って、試験って…試験に挑む子達は一年以上前から学校で必死に勉強をしてるのよ?」

わかっている。

試験での入学は狭き門だ。

そして学園の試験は約4ヶ月後。


「騎士の任務はどうするの?」

「勿論騎士としてきちんと働きます」


伯爵からリラからの少なくない褒美を渡され身の振り方を聞かれた俺はリラを近くで見届けるにはどうしたらいいのかを尋ねた。


「かなり辛く厳しいが騎士になるつもりはあるか」

そう言われ首を縦に振った。

辛くても厳しくても繋がる糸があるなら手繰り寄せたいと思った。


頷いた俺の為に伯爵は手を尽くしてくれた。

伯爵家に留まらせてくれた上に優秀な教師を付け騎士に必要な座学や実技を学ばせてくれ、時には自ら剣を取り指導をしてくれた。

リラを無事に連れて来た俺への手厚い厚意はありがたかった。

金はあっても俺だけでは優秀な教師を雇う事も出来なかっただろう。

だから試験を受ける為に騎士としての任務を放り出す事は出来ない。



「そんなの…」

無理。

そう思われても仕方ない。

毎日の任務に加え厳しい鍛練。

例え任務も鍛練も無くても試験に挑むのは無謀なのかもしれない。

だけど、だからこそ同行するのなら試験を通って学園に行きたかった。

そうじゃないと俺はリラの側に立つ事は出来ない。


「殿下は先程これは『お願い』だと、そして『私の我が儘だから』と仰いましたね?」

「…?うん」

「では試験を受ける事が俺の我が儘です」


「…我が儘…」

リラはぐっと顔を歪ませながら呟いた。


「では『お願い』では無く『命令』にしますか?」

俺がそう言うとリラは俯きながらもふるふると首を横に振る。


「ねぇ…ハグしてもいい?」

俯いたまま少し震える小さな声でリラが言った。

「…申し訳ありません。ハグとは…?」

「あー、ハグって言わないのか…」

そう言うとリラは顔を上げて椅子から立ち上がり近付いてきた。

そしてぽすりと俺の胸に額を付け両手を背中に回した。

突然の出来事に驚いたのと肩を掴んで引き剥がしていいものかと悩んだので両手が所在無さげに空を掻く。


「…殿下、その…鍛練後で十分に汗も流せてませんし離れて下さい」

何か言わなければと思ったが口から出たのはあまりにも間の抜けた言葉だった。


「ん、別に気にしない」

リラは離れるどころか頬を擦り寄せクンと匂いを嗅いだ。

こんな事ならもっとちゃんと汗を拭ってくれば良かったと思い『いや、違うだろ』と1人で突っ込む。

そして暫く空を掻いていた手をリラの頭にぽんと乗せる。

最初はそっと撫で、そして白に近い銀色の髪をサラリと指で掬う。

リラの髪は冷たくて柔らかくて今まで触れた何よりも心地良かった。

リラの髪を指で梳きながらまた言葉を探す。


「殿下。殿下は勘違いをされています」

王女とは知らず弱っている自分を助け王都まで連れて来た俺は一体リラの目にどう映っているんだろう。

俺はそんな期待をされる様な人間じゃないんだ、と声を高くして叫びたくなる。


「うん、そうかもしれない」

自分で言っておきながらリラの言葉が胸に刺さる。

「でも、今はこのまま勘違いさせてて」

回した腕に少しだけ力を込めながらリラが言う。


リラと俺のこの感情が勘違いであって欲しい、そう願いながら、でもそうじゃないと感じながら俺はリラの髪をゆっくりと撫で続けた。

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