太陽の人
私の母様は太陽みたいな人だった。
明るくて綺麗で自由で我が儘で周りを振り回しながら、でも人を惹き付け愛される人だった。
明け透けな母様は小さい頃から私と兄様に自分の話を聞かせるのが好きだった。
伯爵家の1人娘として生まれ婚約者が居たのに一回り以上も年上の父様と恋に落ちて結婚した事をまるで武勇伝を語るみたいに誇らし気でとても愉しそうに話して父様やお祖父様達に窘められていた。
「本当の事だし恥じる事なんか何一つ無いのに」
窘められてぷりぷりと怒りながらもいつも最後に
「リヒト、アリア、考える事も大事だけど考えすぎて怖がってばかりは駄目。色んな事に捕らわれて縛られないで自分の目と心を信じて後悔しないようにね」と笑いながら、でも真剣な目で私達に語りかけた。
私はそんな母様が大好きだった。
その母様が神の国へ渡ったのは私が9才の時だった。
流行り病であまりにも呆気なく母様が居なくなって我が家は灯りが全て消えてしまったみたいに暗く静まり返った。
家人達や私や兄様もとても辛くて悲しくて塞ぎ込んでたけど父様の落ち込み様は見ていられなかった。
「アリエッタは神の国に渡ったんだよ。向こうで楽しく暮らしているから悲しまなくていいんだよ」
父様は私達にはそう言って私達の前では気丈に振る舞っていたけど顔色は日を追う毎に悪くなって、何もかも忘れようとしてるみたいに騎士団の任務に没頭して徐々に家に帰らなくなっていた。
『父様まで居なくなったらどうしよう』と不安で苦しくて、でも私にはどうする事も出来なかった。
どれだけ明るく励ましても寂しいと泣いても父様は私から目を反らし「ごめんな」と困った顔で寂しそうに言うだけだった。
そして喪が明けて秋になると兄様は学園へと入学し父様はますます帰って来なくなくなり私は孤独に押し潰されそうだった。
兄様は入学を延期すると言ってくれたけど貴族の長子にとっての入学延期は外聞が良くないのは私にもわかっていたからつい『大丈夫だから』と強がってしまった。
家人達は優しく気遣ってくれるしきっと兄様達に様子を知らせてるだろうから心配をかけない様に無理に明るく振る舞ってお稽古事に打ち込みお茶会や催しに出来るだけ参加したけど寂しさを紛らわせる事は出来なかった。
父様は任務だと半月も帰らず、もう家に帰って来ないのかもしれないと思っていたある日父様はリラ様を連れて帰ってきた。
「殿下がどうしてもお前に会いたいと仰るのでな」
久しぶりに会った痩せて顔色の悪い父様はそう言ってまた少し困った顔で私に笑いかけた。
『リラ様が私に会いたい?なんで?』
私は父様の言葉に困惑するだけだった。
母様はリラ様を気に入っていて何かと構っていたけどリラ様は気紛れで自由な母様の相手を嫌がる風でもなく、でも喜ぶでもなくただ淡々とこなしているように見えた。
「母様はどうしていつもリラ様に構うんですか?」
母様にそう尋ねた事があった。
喜ばれてもないのにそんなに構う理由が解らなかったし母様が“鉄の王女”に必死に取り入ろうとしているなんて口さがない噂も囁かれていた。
「…そうねぇ、リラ様はあんまり喋らないし自分の意見も言わないけど気が弱い感じじゃないし、たまに見せる大人びて諦めたみたいな目が何か普通とは違う感じがして面白いからかな?」
『王族に対して面白いなんて言っていいの?』と自分で聞いておきながらハラハラしたのを今でも覚えている。
そんな私の心配を他所に母様は話を続けた。
「“鉄の王女”って言われてるのも当たらずとも遠からずだし。でもリラ様自身が鉄じゃなくて鉄の鎧を纏ってるって感じだからどうにかしてその鎧をひっぺがせないかなぁと思って色々してるけど中々手強いのよねぇ。大人では打算的に鎧とか仮面とか纏ってる人達は多いけどリラ様はそれとはちょっと違う感じだからその下の顔が見てみたいなぁ、と思って」
と悪戯好きな子供みたいな愉しそうな顔で笑う母様を見てこんな風に思われるリラ様に対してほんの少しの嫉妬と好奇心が心に湧いた。
「あ、アリアもしかして私がリラ様に取り入ろうとしてるって噂聞いたの?」
「え、あ…そんなつもりじゃ…」
「いいのよ。噂なんて言いたい人には言わせておけばいいの。そんなの気にするだけ時間の無駄だから。仲良くしたい、その人の事を知りたいと思ったらガンガン行かなきゃ。待ってたって何も始まらないでしょ?」
権力と上辺と噂ばかりの貴族社会なのに母様はそう言ってあっけらかんと明るく笑って私は自分が恥ずかしくなった。
“鉄の王女”の噂でリラ様を遠巻きにしてた私はそれからリラ様に会う度に出来るだけ積極的に話をする様になった。
だけど鎧を外すどころかあまり目も合わせてもくれないから気に入られているとは思っていてもいなかった。
なのになぜ?と疑問に思ったけどリラ様が来れば父様も帰って来るので素直に嬉しかった。
リラ様は特に私に会って嬉しそうには見えなかったけどそれからも我が家に来る回数は増えて最初はお茶の時間だけだったのが次第に夕食を共にする様になり、リラ様は硬い表情を崩す事はあんまりなかったけど少しずつだけど会話も増えていった。
その日は夕食後から雨脚が強くなって初めて我が家に泊まる事になった。
「アリアはこれからどうしたいの?」
夕食を終え自室のベッドの上でリラ様に問われた時は何の事だかわからなかった。
「…どう、とはどのような事でしょうか?」
「グラ…伯爵、アリアのお父様の事。もし伯爵が伯爵家から離れるならアリアは残る?一緒に行く?」
「……父様は出て行くのですか?」
婿養子の父様は兄様に家督を譲り伯爵家を出る、そんな噂は私の耳にも入ってきてたけど『私は何も聞いていない。そんなの根も葉も無いただの噂だ』と耳を塞ぎ誰にも問い質す事はしなかったー違う、怖くて出来なかった。
「もし、よ。でも…もしそうなったらどうしたい?」
「私にはわかりません。…父様に残れと言われれば残りますし、着いて来いと言われれば行くと思います」
俯いて自分の小さな手をじっと見つめながら答える。
私にはもうどうする事も出来ない。父様に私の言葉は届かないし決められた通りにするしかない。
「違う。アリアはどうしたいの?言われる侭になって本当にいいの?」
『捕らわれないで、縛られないで。自分の目と心を信じて』
懐かしい母様の声が聞こえてきた。
ハッと顔を上げても勿論母様は居なくてリラ様が真剣な目で私を見つめている。
私は目をギュッと瞑る。
「…父様が居ないと寂しい。一緒に居たい」
「この家を出る事になっても?不自由な生活になるかもしれなくても?」
私はコクンと頷く。
生まれ育った大好きなこの家と優しい家人達、でも何不自由ない暮らしが出来ても大好きな母様も父様も居ないならきっと私は幸せじゃない。
「…わかった。辛い事聞いてごめんね、さ、もう寝よう」
私より辛そうで少し泣きそうな顔をしながらそう言ってリラ様はベッドの中でいつまでも私の頭を撫でてくれた。
『あぁ、母様が見たかったのはこんなにリラ様だったのかな』の掌のぬくもりを感じながら私は眠りに落ちた。
夜中に降り続く雨の音に紛れて隣からリラ様がそっと抜け出し扉が開く気配を感じたけど眠気に勝てず気が付くと朝になっていて私の横にはすやすやと眠るリラ様が居てあれは夢だったんだろうか、と思っていた。




