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それぞれの道

幸せって何だろう。

そして幸せの終わりは何処なんだろう。

誰もが自分の、愛する人の幸せを願う。

初めはささやかな幸せを。

だけど多くの人は手に入れたささやかな幸せに慣れてしまいもっともっとと願う。

幸せになりたいと願う事は勿論良いし大切だけど時に欲に目が眩んで周りが見えなくなって何も聴こえなくなって呆気なく道を見失ってしまう。

そして道を踏み外した事にさえ気付かないまま手に入れた幸せさえも壊してしまう。



男は隣国の暗殺者で王宮内に手引きしたのは宰相(祖父)だった。

「第一王子を失脚させてやろう。そうすれば次の王は第二王子だ」

そんな甘言に惑わされ祖父は王殺しの手助けをした。

いや祖父は主君を殺める計画だとは知らなかった。

でも我が子を王座に、と切望する愛娘の願いを叶えようとするあまり付け込まれ曇った目では罠も嘘も見抜く事が出来なかった。



グランは眉間に深い皺を寄せながらも一言も口を挟む事無く私達の話に耳を傾けた。

テーブルの上には男が隠していた祖父のサインと血判が押されている証文が置いてある。

「グランは隣国やおじいさまの関わりを知っていたの?」

ほんの少しの驚きも示さないグランに本当は真実を知っていたのかと疑念が過る。

「いいえ。しかし第一王子殿下が罠に陥れられ、王宮内に主犯もしくは内通者がいるとは考えておりました」

そして静かに深い息を吐き

「殿下、真実を明らかにした場合どの様な事になるのかわかっていらっしゃいますか」

と苦悶の表情を浮かべながら私に問いかける。


「わかっています」

震える声を悟られない様に一言だけ発する。

王の死に手を貸したとなれば祖父は死罪、私達身内も罪に問われる事は間違いない。

今は息を潜めている第一王子派や寝返る者達は私達に容赦しないだろう。

追放か死罪か。

覚悟した筈なのに心が揺れて声と手の震えを止められなかった。

弟だけは守りたいけど私にどれだけの事が出来るだろうか。

何が本当に正しい事なのかなんて私にはわからない。

でもこのまま兄を見殺しにして生きて行く事は出来ない。

震える手をギュツと握り締める。

「殿下の御覚悟はわかりました。しかし真実を全て公表する事は承服致しかねます」

「…なぜ?」

「今、宰相殿や殿下方を反逆者として失っては国の存続は厳しいでしょう」

そう言ってグランは私の目を真っ直ぐに見る。


「恐らく隣国の狙いは2通りあると思われます。1つは宰相殿を唆し第一王子に罪を着せ宰相殿と第二王子を操りこの国を掌握する事。2つ目は宰相殿の罪を明らかにし、宰相殿や王妃様そして殿下方を失脚させる事。そして王宮内が揺らいでいる隙に攻め入る」

「そんな…」

「奴らは着々と戦の準備を進めているでしょう。だが我が国は前王を失い、宰相と王族が罪人となり主導者は若き王。兵や国民の不安は大きく内部では更に裏切る者も出るやもしれません。そんな状況で戦を仕掛けられれば勝算は低いでしょう」

「…どちらに転んでも隣国の思う壺だと言うの」

「はい。暗殺者が捕らえられたのも自白したのも奴らの思惑の可能性も考えられます」

あの男は捨て駒で罠だったのか。

ちらりとテスを見ると険しい表情で前を見つめ膝の上の手は血管が浮き出てぎりぎりと音が聞こえてきそうな程強く握り締められていた。

結局私達はいいように転がされていただけ。

「全部無駄だったんだ…」

涙が溢れそうになるのをぐっと堪える。


「いえ、無駄ではありません。殿下が男と証文を手中に納めまだ公にしていない事で今なら隣国と宰相殿の関わりは伏せる事が出来ます」

「…おじいさまの罪を隠蔽する?そんな事許されるの?兄上にはどう話すの?隣国はどうするの?」

疑問と懸念が考える間も無く口から飛び出す。

「私はこれが最善だと考えます。宰相殿には穏便に政権より退いていただきます。隣国には今は関わらない方が事が賢明です。まだ何か仕掛けてはくるでしょうが十分に警戒していれば防ぐ事は不可能ではありません。…第一王子殿下にはこの国の為に理解していただけると信じております」

これだけ辛酸を嘗めさせられたのに無かった事にするなんて兄は許せるんだろうか。

そんなのあまりに都合が良すぎるんじゃないか。


「…もし私が嫌だと言ったら?」

グランはじっと何もない一点を見つめる。

「その場合この話は聞かなかった事にせざるを得ません。殿下がその男をどうされようが構いませんが騎士団はこの件には一切協力出来ません」

私達が独断で男と祖父の罪を暴いても揉み消され潰される可能性はある。

「…兄上を見捨てると?」

「宰相殿の罪を公にし隣国と戦になる位なら宰相殿が操られる方がまだこの国を守れる可能性があります。殿下、どうか御決断下さい」

私は首を縦に振るしかなかった。


そして騎士団に男と証文を引き渡し、グランは祖父の元を訪れ捕らえた男が王の殺害に関わっている様だと仄めかすと祖父は自らの罪を告白した。

元々堅物だった祖父は自ら犯した罪に苛まれ追い詰められていた。

全ては独断で自分は極刑も構わないだからどうか、と身内の減刑を懇願しグランの示した取引に応じた。

数日後、王都の外れの一軒家に怪しい男が出入りすると情報を受けた騎士団が1人の男を捕らえ自白を元に王殺害の実行犯と断定し単独での犯行であり第一王子は無実、と公示され兄は釈放された。






すっきりと晴れた暖かな朝。

馬車に乗り込もうとする私の耳に慌ただしく駆ける馬の足音が届いた。

音の方に目を向けると初夏の日差しを浴びてきらきらと輝く鮮やかな黄金色が見えた。

私は兄が馬から降りるのを待ちゆっくりと頭を下げる。

「陛下、御多忙な中お見送りいただき痛み入ります」

「アルとグランがどうしても行けとしつこいから来ただけだ」

髪を少しだけ乱れさせ額に汗を滲ませた美しい王は素っ気なくそう言い放つ。

兄はつい先日戴冠式を終え若き新王として多忙を極めていた。

顔には疲労が滲んでいたけどその目は鋭く輝いている。

戴冠式で王冠を頂いた姿は重圧と視線に怯む事無く堂々とした佇まいで兄の王位継承に少なからず不満を持っていた者達さえもその風格に言葉を失った。


祖父は既に宰相の職を辞して南の領地で隠居、母も祖父の口から真相を聞くと精神のバランスを大きく崩し領地で療養する事になった。

アルには優秀な教師が付き触れる事無く過ごして来た現実を少しずつだけど学んでいた。

そして私は今日学園に復学する為に王都を出る。

昨夜は細やかな出立式を執り行いグランやアルとの別れは済ませたけど兄は来なかった。

忙しいのは間違いないけど本当は顔を合わせたくなかったからかもしれない。

全てを知りこの国の為に、と理解は出来ても納得出来る事じゃない。

なら今、私がすべきなのは学園に戻り少しでも学び何かを得る事だろう。

たった1年。

何も出来ず変わらないかもしれない。

それでも何も出来ないままここに留まるよりずっとマシに思えた。


「左様でございましたか。ご足労おかけし申し訳ございません。では行って参ります。陛下、どうか恙無く御過ごし下さいませ」

そう言って深く頭を下げる。

祖父の件が無かった事になっている以上表立って謝罪する事は出来ない。

祖父が母がした事は謝って済む事ではないけどそれでも謝りたかった。

自己満足だとわかっていても。


「お前に言われなくともわかってる。私は忙しいんだ早く行け…だが必ず帰って来い」

驚いて顔を上げると兄は既に踵を返していた。

私は呆然と兄の後ろ姿を見送り暖かく柔らかな日差しの中、少しだけ晴れやかな気持ちで王都を後にした。

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