覚悟
俺の名前はラド。
王都の中心部にある高級食材を扱う商会で働いている、表向きは。
この商会の裏の顔は第一王子の諜報部隊だ。
ここを拠点に俺達は王宮や貴族の館に出入りし、王国内を駆け回っている。
テス拾われて商会で働き始めて1年と少し。
ボスは商会の代表と部隊の頭をしながら俺みたいに真っ当な生活からはみ出した奴らを拾って面倒を見ていた。
3年程前居場所もカネも無かった俺は上質な服を着る温和そうなボスの財布をスろうとして捕まり兵の詰所じゃ無く町外れの一軒家に連れて行かれた。
そこには腕っぷしは強いけど口の利けない大男と数人の子供が暮らしてた。
連れて来られるのは生きる為に仕方なく犯罪に手を染めてる奴らが殆どだったけどたまに本当にヤバい奴もやって来た。
でもそんな奴はいつの間にか姿が見えなくなった。
別に監禁されている訳じゃなかったから出て行ったのかもしれない。
消えた奴を二度と見る事はなかったけど。
俺達はそこで日常生活に必要な事と集団生活を学んで順応していった奴から真っ当でそいつに合った仕事をボスに斡旋されて出て行った。
俺もそうやってまともな仕事に就くんだろうと思っていたのに何も無いまま2年が過ぎようとしていた。
そこで暮らすのは嫌じゃなかったけど後から来た奴が巣立って行く中、何で俺はダメなのかと焦りがあった。
そんな時久しぶりにボスが新入りを連れて来た。
俺はボロボロの野良猫みたいな新入りを風呂に入れ温かい食事と寝床を用意し一息入れようと居間に戻るとボスが居た。
いつもは少しだけ様子を見て帰るのに長い時間留まってるのは珍しかった。
「ラド、お疲れ様でした。新しいお茶を仕入れたんだけど飲みませんか」
そう言いながらお茶を淹れようとするボスを押し留め俺は二人分の茶を淹れて向かいに座る。
ボスは温和で笑顔だけど見えない威圧感がいつもぞわりと俺の肌を撫でる。
「ラドがここに居てくれるから最近は揉め事や問題が少なくて助かります」
まともに暮らした事がない奴らが集まればいざこざは日常茶飯事だった。
よっぽどの事になれば大男が手を出すが殆どは自分達で解決しなければいけない。
俺も最初はよく他の奴らと揉めたけどいつの間にか仲裁する側になっていた。
面倒だった仲裁も癖の強い奴らのあしらいも上手くはなったと思う。
「いや、俺はやれる事をやってるだけです」
褒められているのか試されているのかわからないまま答える。
カップを持つ手にじんわりと汗が滲む。
「ラドは私が怖いですか?」
ボスはいつもの笑顔で俺を見据える。
ビクッと手が震えカップを取り落としそうになった。
「…怖いです。何か…虎の前を彷徨く鼠になった気がします」
カップをテーブルに置き少しだけ考えて今さら取り繕っても仕方がないと正直に答える。
ボスは気紛れで小動物を囲っている上品な猛獣だ。
腹の足しにもならないから喰われないだけでその気になれば俺なんか一瞬で喰い千切られる。
でもそんな事を思いながらもボスが目の前に居るのは嫌じゃなかったむしろー。
「私が虎でラドが鼠、ね」
ボスが楽しそうに呟きふっと口元が緩むと俺の心臓が跳ねた。
「ねえラド。私に命を預けてみませんか?」
「はい」
何かを考えるより先に声が出ていた。
コンコン、とドアがノックされがベルが顔を覗かせる。
「ラド、今いいか?」
「…何かありましたか」
正直に言うと忙しい。
俺は商会と部隊の雑務をしている。
外に出る事は殆ど無く任務状況の把握、情報整理から貴族や王宮からの受注管理や納品の確認等。
王子からは『商会を棄てろ』と命令が来ているがまだ実行されておらず商会がある以上やらなければいけない事は多い。
「客人が聞きたい事があるらしいんだが俺はよくわからんしお前ちょっと行ってくれんか?」
ベルは厳つい顔を顰めて困った様に言った。
「は?客人って…俺がですか?ムリですよ。ボスを呼び戻します」
今商会に居る客人は王女だ。
「テスを今呼び戻すのが無理なのはお前もわかってるだろ?な、頼むって」
ボスは王子の命令に背き追っている男を拘束し郊外に監禁して自白に追い込んでいる。
男を殺さず自白させる事が今最も重要なのはわかっている。
だけど王宮はもとより貴族の館にも出入りした事の無い下っ端の俺に王女の対応をさせるなんて無謀もいいとこだ。
「いや、だから俺じゃムリですって。てか何で俺なんですか」
「何か出した飯について聞きたいらしい。お前ならわかるだろ?」
確かに滞在する王女に食事を出した。
材料は俺が全て店から吟味して持って来て商会の中で調理したし勿論毒味もした。
その食事について何か問題があるのなら責任は俺にある。
「…わかりました。取り敢えず話を聞いてみます」
こんな時に食事についての文句なんて王女サマは何を考えてるんだか、と盛大なため息を吐いた。
部屋に入ると見知らぬ男女が居た。
白に近い銀色の髪の少女が“白銀の姫”。
いや、何が起ころうと表情を変えない事から“鉄の王女”の通り名の方が有名か。
「ラドと申します。お出しした食事はおれ…私が全て手配をしましたが何かあり…ございましたか」
出来るだけ顔を見ない様にしてつっかえながら言うと頭を下げる。
ここで王女に機嫌を損ねられれば今後の計画に支障が出るかもしれない。
「ラド、頭を上げて下さい。何か思い違いをしている様ですが私は食材について聞きたかっただけです」
恐る恐る顔を上げると目の前に居るのは困惑の表情を浮かべたごく普通の少女だった。
表情を変えない“鉄の王女”じゃなかったのか?
困惑するのは俺の方だ。
「あ、これです」
王女はそう言うと嬉しそうに美しい箱の中に並べられている果物を手に取り匂いを嗅いだ。
食材なら持って来ると言ったのに自分で見たいと言われ急遽店を閉め俺達は店に下りた。
王女が持っているのは緑と黄色が混ざった片手に乗る位の柑橘だ。
酸味もあるが爽やかで珍しかったから果物の盛り合わせに加えた。
「この果物の名前は?何処で採れるんですか?」
「この果物は“シュウ”と言うそうです。カシから仕入れました」
ユークレスの北部にあるカシは寒さが厳しく土地は痩せ寂れた場所だ。
領主は高齢で子供がおらず貧しい土地を継ごうとする者もいないらしい。
「“シュウ”ですか。私は今まで見た事がありませんでしたが一般的な果物なんですか?」
「いえ、珍しい果物でカシの辺りでもごく一部でしか栽培されていないようです」
「…そうなんですね…」
あからさまに落胆した顔をする。
他に美味い果物なら沢山あるのにこれがそんなに気に入ったのか?
「お気に召したのでしたらいくらでもお持ち下さい」
王女はシュウを掌で弄びながら何かを考えていた。
「商会は珍しい食材も扱っているんですよね?ラドは詳しいんですか」
「一応管理をしていますので一通りの事はわかるかと思います」
「麦では無くて白く細長い小さな穀物を見た事はありますか?脱穀する前はこう茶色と言うか黄金色の殻に包まれていて…あーどう言ったら伝わるんだろ。説明が難し…あ、書けばいい?書くものを下さい」
王女はブツブツと早口で捲し立て渡した紙に何かを書き始めた。
お世辞にも上手いと言えない絵を見ると似たような物を前に見た様な気がした。
「今はありませんが以前見た気がします」
「…!本当に?」
「…帳簿を探せば何かわかるかと思いますが…」
俺がそう言うと王女はパッと顔を輝かせた。
果物や穀物一つでこんなに表情が変わる物なのか?
鉄の王女はそんなに食い意地が張ってるのか?
そう思いながらも表情には出さない様にしていると「おい、お前ら何やってんだ?」とルドが音も無く現れ呆れた顔をしながら近付いてきた。
「何で姫さんまでこんなトコにいんだよ。ちょっと位部屋で大人しく出来ねーのか?お前も飼い主ならちゃんと手綱引いてろよ」
ルドはズバズバと王女に文句を言い横に居る護衛らしき男に声をかける。
は?飼い主?何の話だ?
それに面識があるとは言え明け透けな物言いに俺はハラハラしたが「別に中ならいいでしょ」「俺は飼い主じゃない」とふたりは気にも止めていない様だった。
唖然としながらもルドが戻って来たって事は。
「ルド、もしかして…」
「ああ、落とせた」
男を殺さず吐かせたか。
思っていたよりずっと早い。
「そうか」
俺はほっと胸を撫で下ろす。
「だけどこっからが正念場だ。姫さん覚悟は出来てんだよな」
ルドはそう言って王女を見るとピリッと空気が張り詰めた。




