裏切りと希望
「おい、連れてきたぜ」
ルドはそう言いながらノックもせずにドアを開けるとドカドカと部屋に入ってきた。
ルドの後ろにいるのは平民の服を着ているが紛れもなくリラ王女だった。
そして同じく平民の服を着た焦げ茶色の髪をした男が1人。
目付きと身の熟しからするとそこそこの手練れの様だが平民の服装の為か目立つ武器は持っていない。
護衛はこの男1人だけ、他に宮殿を出た者はいないと監視の仲間からは報告を受けている。
護衛1人だけで来るとは余程言葉巧みにルドが説き伏せたのか危機意識が低いのか。
「これは殿下。このようなむさ苦しい所にお呼び立てし申し訳ございません」
私は笑顔を見せ座る様に促すと王女は「いえ」とだけ言うとソファに座りルドはソファの肘掛けにドカッと腰を掛け護衛の男は王女の斜め後ろに立った。
私は椅子から立ち上がると茶を淹れる為に背を向ける。
来客用の美しい茶器に看板商品の一つでもある薫りの良い茶を注ぎ掌の小瓶から液体を1滴垂らして王女の前に置く。
ここは王都の繁華街にある高級食材を取り扱う商会の一室。
私達は商会を拠点とし王宮や王都は勿論、命があれば王国の果てまでも赴き第一王子の目や手足となり動く。
私を頭に総勢30数名、非公式ではあるが誰もが主に忠誠を誓う王子直轄の精鋭部隊だ。
国や王家に仕えるわけではないので身分も名誉も無いがその分縛られる事なく主の為に動く事が出来る。
殆どは諜報活動だが命令とあらば自らの命を危険に曝す事も人を殺す事も厭わないしそれを苦に思った事は無かった。
今までは。
「確かテス、でしたよね」
向かいのソファに腰を下ろした私に王女が声をかける。
「左様でございます。殿下に名を覚えていただけ光栄です」
王女は私の出した茶をスッと横に避けると「テス、単刀直入に言います。兄の命を救う為に手を貸して欲しい」と言い私に深々と頭を下げた。
「それはどう言う事でしょうか?」
一切表情も声色も変えずに笑顔でそう言い目だけでルドを見ると決まりの悪そうな顔で目を逸らした。
裏切ったのか。
本当の理由は告げず王女を宮殿から連れ出す、それがルドに課した指示だった。
「ルドは裏切っていません」
まるで私の心の声が聞こえたように王女が無防備に頭を下げたまま口にする。
さてどうするか。
ルドが裏切ったかはさておきこの状況を見れば王女は主が自らの命を犠牲にしようとしている事を知っているのは明らかだった。
私は武闘派ではないが合図をすれば仲間が王女と護衛を力尽くで押さえ込むだろう。
例えルドが王女側に付いたとしても多少苦戦はするだろうが無理ではない。
だがそれはルドも恐らく王女もわかっている。
わかっていてやって来た。
有無を言わせず捕らえ刑が執行されるまで地下に閉じ込める。
それが私が選ばなければいけない道だとわかっているのに口から出たのは仲間を呼ぶ合図ではなかった。
「…取り敢えず話を聞きましょう。殿下、顔をお上げください」
私はため息を吐きながら答える。
相手が主の妹でこちらが有利な状況とはいえ普段なら絶対に話を聞く事はなかっただろう。
なのに聞くと言ってしまったのは鉄壁だと思っていた私の心にもあの命令で僅かな亀裂が入ってしまったからだろうか。
『いや、違う。話を聞くだけだ』心の中でそう言い訳をして自分に嫌気が差す。
「ありがとう」
王女は私の自己嫌悪には気付かず安堵の面持ちで頭を上げた。
「言って置きますが話を聞くだけです。そしてその前に私の様な平民に安易に頭を下げるのは感心しませんね。殿下にはその価値がお分かりではないのでしょうか?」
頭を下げる潔さは認めるが無闇に頭を下げてしまえば王家の権威を落とす事に為り兼ねない。
自分の背負う物の大きさと重みをわかっているのか、と笑顔で挑発し揺さぶりをかける。
王女の表情は変わらなかったが、後ろに立つ男はぴくりと眉を上げ不穏な気配を醸し出した。
「…安易に頭を下げたつもりはありません。王女としての立場も行動の重さもわかっているつもりです。それでも頭を下げる事で兄を救えるのなら私は地に額を着けても構いません」
少しだけ間があったが挑発と揺さぶりに動揺する事無く真っ直ぐ答える王女には何か企みがある様にも思い付きで行動を起こしている様にも見えなかった。
私は王女と言葉を交わすのは二度目だが商会の代表として王宮に出入りする様になった頃から王女を目にする機会はあった。
常に淡々としていて愛想は無かったが“鉄の王女”と噂される程無表情ではなかった。
冷たい髪色と王子達に比べると地味な顔立ちだからかと少し不憫に思ったがある時王女の目を見て私は背筋が寒くなった。
昔、詐欺師として過ごしていた頃仲間の1人が下手を打ち捕らえられた。
騙した相手が勘づき、そのまま姿を消せばいいものの金を惜しんで引き際を違え相手を殺した。
余罪もあり極刑を免れなかった仲間は刑場で泣き叫び赦しを請うたが勿論助けが来る事は無く首に縄を括り付けられた時やっと全てを悟り、そして全てを諦めた目は虚無そのものだった。
ざわめく群衆も青く澄んだ空も輝く太陽も彼の目には何も映っていなかった。
そして王女の目にあの時と同じ虚無を見た。
全てを悟り受け入れながらも諦めた目だと思った。
煌びやかな王宮で何不自由無く暮らしている子供の目とは思えなかった。
「で、“手を貸す”とはどのような?」
「爬虫類の男を捕らえ父の死の真相を公にする事です」
「…その結果がどうなろうと?」
「はい」
待ち受ける結末がわかっていても、か。
「失礼ですが王子を逃がそうとは思わないのですか?私達は国外へのルートも持っています」
余計な事を言っている自覚はあったが聞かずにはいられなかった。
王女は少し迷い首を横に振る。
「…反対です。今の弟に王としてこの国を守れるとは思えません」
と苦し気に呟いた。
第二王子は温和で誰にも分け隔てなく接する天使の様だと褒め称えられていたが、只単に厚かましく人の心に疎い子供だった。
事ある毎に主にも無邪気に纏わり付き、外面は完璧な王妃はその場では兄弟を笑顔で見守りながらもその後に主やセレ様に陰湿な嫌がらせを繰り返した。
王妃の庇護の元にいるとしても宮殿の殆どの人間が知っているその事実に気付かず、知ろうともしない王子に王としての力量があるとは思えなかった。
我が主は冷静で優秀だが繊細で臆病な人だ。
優秀さの陰では努力を惜しまず厳しい現実を見て耐えていた。
冷淡に見えて人情に厚く時に甘いと感じる事もあったが私はいずれこの国を治めるのは我が主だと信じていた。
「殿下は王座に就こうと思わないのですか?」
愚問だと思いながらも口を開く。
「私が?まさか。継承権の執行を求めたのは時間稼ぎと敵を撹乱させる為です。私は平凡でどう考えても王の器なんて持ち合わせていません」
心底驚いた表情をしたかと思えばぎゅっと眉を寄せた訝しげな顔で私を見る。
フッと口から息が漏れる。
「…何か?」
「失礼。あまりにも以前…いや、噂とは違っていたのでつい」
『鉄の王女』の目まぐるしく変わる表情に驚きを通り越して不意に口元が緩んだ。
「うげっ」
ルドが蛙が潰された様な声を出してピンと張り詰め凍り付きそうだった雰囲気がガラリと崩れた。
「…ルドまで何?」
王女はルドをじろりと睨む。
「だって!テスが笑ってたんだぜ!!」
「は?テスが笑顔なのはいつもでしょう?」
「ちげーって、いつもの張り付けたみてーな愛想笑いじゃなくてホントに笑うのレアなんだってば!!」
「ルド。口を慎め」
喜んでるのか気味悪がってるのかわからない顔で叫んでいたルドを嗜めるが王女はさして気にしていない様だった。
「よくわからないけどここに乗り込む時死にそうな顔してたあんたが楽しそうで何よりだわ」
と言いながら王女は苦笑いする。
そしてこちらに向き直り「改めてテス、私に力を貸して欲しい」と手を差し出した。
話を聞くだけ、そう思っていた筈なのに気が付けば私は王女の手を取っていた。
いつペースに嵌まってしまったのだろうかと内心不服に思いながらも主を裏切る後ろめたさよりほんの僅かな希望を見付けたそんな高揚した気持ちが心を占めた。




