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不穏

時は少し遡り大雨の翌朝、王宮の外れの一角に位置する簡素だが頑丈な建物へ1人の男が足を踏み入れようとしていた。

手に銀の蓋付きのトレイを持つ若い衛兵だ。

建物の入り口に立つ顔馴染みの兵達に会釈をして中へ入り長い廊下を歩いていると数人の兵と擦れ違う。

その中の1人の中年兵がふと足を止めて「おい」と若い兵を呼び止める。

「今日お前が当番か?昨日夜勤だっただろ?」

若い兵はピタリと足を止め一呼吸置いてからゆっくりと振り返る。

「あーバレました?実は昨日()()で負けちゃって。当番代わったんですよ」

と、苦笑いを浮かべながら片手でカードを切る仕草をする。

「お前なぁ、勤務中は自粛しろよな」

中年兵は眉を寄せる。

「わかってますって。ちゃんと休憩中ですから。あ、でも隊長には内緒にしてて下さいね」

そう小声で言って片手で拝む仕草をする。

「しょーがねぇな。今度一杯奢れよ」

中年兵はそう言いながら片手を挙げて歩き出した。

「勿論です。恩に着ます」

若い兵は中年兵の後ろ姿に礼を言い廊下の角を曲がって姿が見えなくなったのを確認してからまた歩き出す。


頑丈な扉の前に顔色も人相も悪い兵がやる気のなさそうな顔で佇んでいた。

「お疲れ様です」

若い兵は姿勢を正し兵の前にトレイを差し出す。

兵はトレイの蓋を持ち上げチラリと中を見る。

パンが2切れに冷えたスープ。少し乾いたスクランブルエッグと彩りの少ないサラダに果物。

いつもと同じ朝食だ。

「入れ」

兵は腰に下げていた鍵を使い解錠するとガチャリと音を立てて重い扉が開いた。


そこそこ広いが簡素で窓には鉄格子の嵌まっている日当たりの悪い薄暗い部屋の中にランプの灯りで本を読む男がいた。

扉が開き二人の兵が入って来るのを目線だけを上げて見るとまた本に目を落とした。

「食事の時間だ」

人相の悪い兵が威圧感な態度で言い若い兵がテーブルにトレイをぞんざいに置く。

「……」

本を読む男は返事もせず今度は目線すら上げなかった。

人相の悪い兵はチッと舌打ちをし「王子様は礼の1つも言えないのかね」と聞こえよがしに言うが当の本人はぴくりとも動かない。

眉ひとつ動かさない顔を見て更に人相が悪くなった兵に若い兵が「もうすぐ絞首台に登る奴に礼なんか期待しても無駄ですよ」と冷たく言い放ち「それよりちょっと珍しい煙草(ヤツ)が手に入ったんですよ。鍵さえ閉めとけば別に見張らなくてもいいでしょ?一服しませんか?」と懐の煙草をチラリと見せる。

煙草を目にした兵は相好を崩し「鍵閉めとけば問題ないよな」と本を読む男から途端に興味を失くしガシャンと乱暴な音を立てながら扉を閉め部屋を出て行った。


兵達が戻って来ないのを確認し本を読んでいた男、この国の第一王子で今は父親である国王を殺した弑逆の罪で捕らえられているセイ・サフィ・ユークレスは本を閉じて朝食の入ったトレイの蓋を開ける。

いつもと同じ変わらない朝食だ。

だがパンを裏返して目を凝らすと薄い切れ込みが見え裂くと小さく折り畳まれた紙が出てきた。

素早く広げ数字の羅列に目を走らせると紙をグシャリと握り潰し拳を振り上げた。

そのまま拳をテーブルに叩きつけて喚き散らしたい衝動を何とか堪えるが「クソッ…!」と王子に似つかわしくない悪態が口から零れ落ち部屋の中に消えた。

それから振り上げた拳をゆっくりと下ろし震える手を開いてグシャグシャになった紙をランプの火に近付ける。

ジジッと音を立て僅かな灰を残して紙が燃え尽きるのを怒りを露にした瞳でじっと見つめた。

どうせキツイ煙草を吸った人相の悪い兵は気付かないだろうと思いながらも念のため鉄格子の嵌まる窓を開けてほんの少し漂う焦げ臭さを部屋の外に逃がす。

窓から入る冷たい外の空気を浴びて冷静になるとテーブルに戻り不自然に裂いたパンを冷えきって味のしないスープに浸して黙々と口に運びながらこの局面を乗り越える為にはどうすべきなのか考えを巡らせる。

食事を半分程残して立ち上がると本棚から1冊の本を抜き出してパラパラと捲り挟まっていた薄い紙を取り出す。

そして紙に数字を書き込むと小さく折り畳み掌の中に隠してテーブルに戻り何事も無かったかの様に読みかけの本を開く。

暫くするとまた大きな音を立てながらドアが乱暴に開かれキツイ煙草の匂いを纏った二人が嫌みを口にしながら近付いて来た。

セイは本から目を離さずにトレイを下げに近寄った若い兵のポケットにするりと掌の紙を滑り込ませると若い兵は微かに頷き煙草の匂いを残して部屋を後にした。





「で?そろそろ用件聞くけど?」

私は薬箱を仕舞いパタンと扉を閉めてから振り向き、笑い過ぎて開いた傷に顔を顰めるルドを見る。

「こいつに聞かせてもいいのか?」

とライを横目で見ながら言う。

「聞かせない方がいい話なの?」

ルドはう~ん、と少し悩み「ま、いっか」と話始める。

「一昨日の夜とある屋敷に入る男がいた」

ルドは陽気な表情をフッと消すとそう言った。

一昨日と言えばあの大雨の日だ。

「誰の屋敷かは今は言えねぇ。ただ男はあの日王宮でセイが見た奴に似ている」

父が殺されたあの日、王宮で兄が父に会う前に擦れ違った男。

身形は貴族の従者の様だったが擦れ違い様に一瞬見えた目がまるで爬虫類の様だった、そして微かに血の匂いがしたと牢で兄から聞いた。

多くの人間が出入りする王宮だがセキュリティは万全を期している。

厳重な警備は勿論出入りする者は貴族から出入りの商人の荷物運びの小間使いまで全て衛兵による厳しいチェックが行われている。

なのにその爬虫類の男が出入りした形跡は無く兄以外誰もその男を見た者がいない為兄の発言は虚言として葬られた。

爬虫類の男は王宮の厳しい警備の隙をついて侵入したのか或いは誰かに匿われる様に虚偽の申請で入ったのか。

どちらにしろ内部に手引きした者がいるのは間違いなかった。

「だから…」

ルドが言葉を切る。

「だから?」

「姫さんには俺と来てもらう」

ガタッとライが椅子から立ち上がるのを横目で見ながら私は冷静に答える。

「何の為に?」

私が王座に就く可能性は殆どゼロに等しい。

そんな私を囮にしてその男を誘き寄せる事は出来るんだろうか。

私に出来るのはせいぜい場を引っ掻き回す道化師(ピエロ)になる事だけだった。

でもその役も終えた今、打つ手が無い私はここでじっと傍観する事しか出来ないのに。

兄には何か策があるのかと考える。

「…知らねー。俺はただ姫さんを連れて来いとだけしか命令されてねーから」

そう言ってルドは肩を竦める。

「嘘だ」

ルドの顔を今にも殴りそうな形相で睨み付けていたライが口を開く。

「え?」

「は?」

「アンタは殿下を何の為に連れて行くのか知ってる」

「知らねーって言ってんだろ。勝手な事ほざくな」

ルドは気色ばみライを()め付ける。

「ルド、私を囮にする為に連れてくの?」

「だから知らねーって」

「違う」

ライが即答する。

私はライの言葉を信じた。

今まで何度もライの直感に救われ、私の心も見抜かれた。

でも囮にする為じゃなければ何で私を連れて行こうとする?

なぜ理由を隠す?

私は平凡な頭を必死に回転させる。

「お前らいい加減にしろよ!俺は無理矢理連れて行っても構わねーんだからな」

何を焦っているのかルドは立ち上がり私に近付こうとするのをライが殺気を放って遮る。

理由は言うな。でも絶対に私を連れて来い。例え無理矢理にでも。それが命令?もしそうならそこまでして私を連れて行く理由はー。

「兄さんは国王殺しとして死ぬつもりなの?」

ルドの目がピクッと動いた。

当りだ。

私との約束を破り絞首台に登る。

それを知った私が余計な事をしないように監禁するつもりだった。

勿論刑が執行されれば解放するつもりだろうが一体何の為に。

いや、答えはわかってる。

爬虫類の男は()()()()()()()()のか。

最悪な答えだけどきっと私の予想は外れてはいないだろう。


「ルド、あんたは本当にそれでいいの?」

私はルドの目を見て静かに問う。

「…いいワケあるかッ!!けどセイがそう決めたんだ、俺にはどうする事も出来ねーんだよ!」

今にも泣きそうな目でルドが本音をぶちまける。

(あるじ)名前(セイ)呼ばわりする辺りこっちも一体どんな関係なのか気になる所だけど今は深く聞いている場合じゃない。

でも一般的な主君と家臣ではないのははっきりしている。

「私だって絶対に嫌。ねぇルド、主が道を誤った時に間違ってるって諫めるのも家臣の務めじゃない?」

私が優しく諭すとルドは泣きそうな顔を更に歪めた。


因みにセイが燃やした紙の灰はトイレに流しました。部屋にトイレはあるけど扉はありません。本文に書くか悩んで結局書かなかったので。

ここにも書かなくてよかったかな…。

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