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雨と温もりと

コンコンとドアをノックする音で微睡みから目が覚める。

「失礼致します。お茶をお持ち致しました」

部屋に入ってきた侍女は机にだらしなく突っ伏す私を見て少しぎょっとした顔をしながらも見ぬ振りをして黙々と二人分のティーセットをテーブルに並べていく。

私が机から重い頭を引き剥がしてふらふらとテーブルに着くと透明なポットに入った緑色のボール状の茶葉にたっぷりとお湯を注いだ。

固く締まった茶葉がゆっくりと解けてふわっと薄いオレンジ色の花が開く。

私は半分寝惚けたままポットの中で花が咲くのをぼんやりと眺める。

十分花が開ききったところでこぽこぽと音を立てながら注がれたお茶から少し甘くて爽やかな薫りが漂ってきた。

お茶の準備が整うと侍女は部屋を後にし、護衛と監視と人質を兼ねたライが向かいに腰を下ろす。


逃げ道がないとわかった私は開き直って食事やお茶もライと一緒がいいと駄々を捏ねた。

最初は難色を示した家臣達もこれまで波風立てない様に大人しくしていた私が頑として譲らないのに呆れ、私の自室限定として結局黙認する事になった。


こんな寒くて憂鬱な日には本当はお茶じゃなくてアルコールがいいんだけどなぁ。

簡単なツマミと人肌にあっためたお燗があれば…と酒飲みみたいな事を考えながらお茶を喉に流し込みつつそっとライを見る。

相変わらず無口で無表情だけど黒を基調とした騎士の制服が良く似合っている。

長くぼさぼさだった焦げ茶色の髪はすっきりと整えられ、少し細くつり目がちな黒い瞳がはっきりと見える。

普段はあんまり目を合わせてくれないけどたまにこの真っ黒な目で真っ直ぐ見られると射竦められたみたいになって『もし私が森を駆ける獲物だったらきっとライの弓に易々と射貫かれてしまうんだろうな』と考えてしまう。

優秀な狩人はみんなこんな目をしているのかライだけなのか。

それに普段は殆ど喋らないし話し方もぶっきらぼうだけど意外に几帳面だ。

住んでいた家や持ち物などは古かったけどきちんと整頓され良く手入れしてあった。

さっきも私が無造作に伏せた本に栞を挟んで置き直してたし。

そんなの騎士の仕事じゃないのに。

まぁ私の食事やお茶に付き合うのも騎士の仕事じゃないけども。

まだ寝惚けている頭でそんな事をつらつらと考えていたらいつの間にかじっとライの顔を見てしまっていた。

無言でお茶を飲んでいたライも私の不躾な視線に耐えかねて「何か」とカップに目を落としたまま問いかける。


「ああ、えっと…ライも雨が嫌いなの?」

じろじろと観察してしまった気まずさから何か言わなきゃと焦り声を出す。


ライはちょっとだけ不思議そうに私を見た後窓に目を向ける。

相変わらず雨は叩きつける様に降り止みそうにない。

咄嗟に出た言葉だけど旅をしてる時も今日も雨の日はライの周りの空気が少しだけピリピリしている気がしてたのは本当だ。


「嫌いではありません。ただ…苦手です」

カップをコトリとソーサーに置いてライが言葉を選びながら答える。

「苦手?何で?」

「…雨で音や匂い気配が消されるので」

暫く考えてライがそう言った。

「そうなんだ…そんなの考えた事なかった」

人一倍、いや何倍も気配に敏感だからこそ、いつも以上に気配を感じ取ろうと神経を尖らせるからピリピリしている様に感じたのか。


「なので雨の日は大人しくして頂けると護衛としては助かります」

「はい、大人しくします」

苦手な事を知られるのは嫌だろうに誤魔化さずに正直に言ってくれるところも好きだなぁ、と思いながら答える。


「殿下()雨が嫌いなんですね」

「嫌い。雨が降ると頭も重くなるし息も苦しいし」

ライの顔がちょっとだけ曇る。

「薬は?」

「飲んでるけどあんまり効かない」

元々私の頭痛と息苦しさは神経性の物だから王家の薬師が出した薬でも気休め程度でしかなかった。

「!」

私は良い事を思い付いてライを手招きしてポンポンとソファーの隣を叩き座る様に催促する。

そんな私を見て眉間に皺を寄せたけど諦めたのか溜息を吐いて隣に座る。

「“手当て”って知ってる?」

「…傷に薬を塗る事なら知ってますが」

怪訝そうな顔をして答える。

「それもそうだけど、本当に手を当てるだけでも痛みって和らぐらしから私の額に手を当てて“いたいのいたいのとんでいけ”って言ってくれない?」

「…は?」

ライは更に眉間に深い皺を寄せてまるで珍獣でも見る様な目で私を見るけど別に構わなかった。

一度開き直ったなら羞恥心より欲望の方が強い。

頭に浮かぶ『職権濫用』『パワハラ』の文字は見ない振りをする。

「…これ、酒でも入ってましたか?」

とライはポットを開けて匂いを嗅ぐ。

「お酒は入ってないし、酔ってもない。ライだって飲んでたでしょ!」

納得いかない顔をしながらも匂いを嗅いでいたポットに蓋をしてテーブルに戻す。

「…本当にそれで痛みが和らぐんですか?」

疑いの眼差しでじっと私を見る。

期待を込めてコクコクと頷くとライはさっきより盛大なため息を吐いた。

「分かりました。でも手を当てるだけです。変な呪文は言いません」

台詞はこの際しょうがない。

姿勢を正し手を膝に乗せて“さあどうぞ!”と言わんばかりに目を瞑る。

スッと空気が動く気配がして私の前髪を掻き分けてライの手がそっと額に触れる。

最初は触れるか触れないか位、でも少しずつ額に手が押し当てられる。

使い込まれた大きな掌はごつごつと筋張っていて硬い皮膚の感触が少しくすぐったい。

でも段々と馴染んできてライの暖かい体温がじんわりと体の中に染み込んでくるみたいだった。

痛みと息苦しさが薄れて響いていた雨の音が遠くなる。


ライの温もりを感じながらこんな風に過ごせるのもきっと後少しだろうな、と思った。

もう手は尽くしたし今はこれ以上勝手な行動をするつもりはないけどもうすぐ何かが動き出す、そんな気がした。

そして終わりが近いからこそこの時間を大切にしたいと思った。

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