雨と想い
叩き付ける様に降り注ぐ雨音が静かな部屋に響き渡る。
昼過ぎから降り出した雨は夜になっても一向に止む気配がない。
前世から雨は苦手だった。
頭はズキズキ痛むし湿度のせいか息苦しくなる。
記憶だけじゃなくてなんでこんな体質まで引き摺るなんて。
私は読んでいた本を開いたまま机に突っ伏す。
そして突っ伏したままちらりと目線だけを上に向ける。
「お茶を用意します」
側に立っていたライは私と目が合うと無表情のままそう言って開いたままの本に栞を挟んでからドアを開けてベルをチリリン、チリリンと軽やかな音を立てて鳴らす。
ライの声とベルの音が痛む頭に心地良く響いて机に伏せたまま目を閉じた。
王位継承宣言から数日、議会からは王位継承について考慮する、と書面で知らせがあったけどその後は音沙汰がない。
王女とは言え後ろ楯も無い13才の子供の発言だ。
一蹴されなかっただけマシな対応かな、と思う。
王妃からは何度か呼び出しがかかり、宰相からも使者が来たけど体調不良を理由に断って私は自室に籠っている。
いや、ほぼ軟禁されていると言っても過言ではないと思う。
「殿下、本日よりこの者がお側で御身をお守り致します」
宣言の翌々日グランはそう言ってライを連れてきた。
「ライと申します」
相変わらず無表情なライは再会を喜んでいるのか嫌がっているのかさっぱりわからない顔で一礼し名前だけを告げた。
「は…?」
とても一国の王女とは思えない声が口から漏れた。
騎士が護衛に就くのはわかる。
でもなんでライが?
私が王宮に戻った後、私財からそれ相応の褒美をライに渡し身の振り方の手助けをして欲しいとグランに言伝てた。
ライの事は信頼していたし出来るなら側に居てもらいたかったけど難しいのは分かっていた。
私の宮殿で雇う事も出来たけど宮仕えの経験もないライをこのタイミングで無理に起用すればライの印象も悪いし家臣達の反発を買うのは避けられない。
だから褒美を持って去るならそれで仕方ないと思った。
でもライは王都に残り騎士団への入団を志願した。
ユークレスでは身分に関係なく素質と実力があれば誰でも騎士になれる可能性はある。
登り詰めれば爵位を授かる事も出来るから民は勿論貴族の次男や三男など家督を継げない者達など騎士を目指す者は多かった。
でも実際に試験を通り、厳しい訓練に耐えて騎士になれるのはほんの一握りだった。
ライには素質も実力もあると思う。
でも無口で人付き合いも苦手なライが組織に属する事を選ぶとは思わなかったから試験に合格し見習いになったとグランから聞いた時は嬉しさと不安があった。
その数日後、王宮内で慣れない暮らしと訓練に疲弊してるのか俯きがちに歩くライを見かけた。
大勢の騎士達の中、探してもいないのにライの姿が目に飛び込んできて俯いた顔を見た途端胸が切なく苦しくなって今すぐ駆け出して抱き締めたい衝動に駆られた。
ライの周りに誰もいなければきっと衝動を止める事が出来なかったと思う。
今駆け寄ればきっとライの立場も努力も無駄にしてしまう、そう思って耐えながらライが行き過ぎるのを見送った。
あの時これが人を好きになるって事なんだと知った。
初めての恋だった。
前世の人生で彼氏がいた事があった。
勿論好意はあったけど本当に誰かを好きになった事は一度もなかった。
会えば楽しい、でも1人の方が落ち着いたし楽だった。
だから会えなくても寂しさを感じる事はなかったし、別れを告げられてもほんの少しの虚しさを感じるだけだった。
私はきっと何かが欠けていて一生誰も好きになる事はないんだ、そう思っていた。
リラとして生まれてからもその思いは変わらなかった。
なんの力も持たない無愛想な鉄の王女でも王女は王女だ。
父は自らの経験からか子供達に婚約者を定めていなかったから王家と繋がりを持ちたい者達が茶会や行事毎に挨拶に来たし学園でも接触を図る者もいた。
無類の美形や話術に富んだ者、一芸に秀でた者など幼い頃から沢山の人を見たけど誰にも心を動かされる事は無かった。
なのに、いま、こんな時に誰かを好きになるなんて。
あの日から極力ライに会わない様に気を付けていたのにー。
そんな事を考える私を余所にグランは話を続けそして最後に「因みに殿下が何か無茶をされた場合は護衛の責任ともなりますので重々お気をつけ下さい」と付け加えた。
私がまた勝手な事をすればライに責任が及ぶと。
ライは護衛兼人質なのか。
助けを求めてちらりと家令を見ると「殿下の身を慮っての事ですから」そう言って目を反らす。
周りの家臣や侍女達も気まずそうに目を伏せた。
『私は王女であなた達の主人なのよ』と目で訴えても何の効果もない。
やっぱり私には何の力も無いんだ。
しかもグランにライが私の人質になり得ると知られていたのも悔しい。
私だってついこの間気付いたのに。
盛大なため息を吐く私には構わずグランは「では私は職務がございますので」と言うと私達を置いてさっさと行ってしまった。
勿論私を心配しての事だとは思うけど私が相談しなかった事を拗ねているのも明らかだった。
ユークレス一の剣士としても、騎士団長としても優秀なのに時々こんな風に子供みたいに拗ねるのは昔から変わらない。
亡くなった妻のアリエッタや娘のアリアから『子供みたいなんだから』と言われていたのを思い出した。
嫌だと言いたくても相手は例え子供の様に拗ねていても騎士団の長でライの上司だ。
外堀を埋められた私に逃げ道はなかった。




