決意
私は真っ白なドレスに身を包んで馬車から降り立ち神殿を見上げる。
王都に戻った日、遠くから眺める事しか出来なかった神殿の中へ神官に導かれながら足を踏み入れる。
グランの尽力で私は伯爵家に匿われてから数日で王宮へ帰る事が出来た。
宮殿に着くと懐かしい顔、見知った顔が出迎えてくれた。
でも元々多くない従者や使用人達は信頼出来る最低限の人数を残して暇を取らせたので宮殿は静かだった。
今まではずっと側にアリアが居てくれたし、ライに出会ってからはライが隣に居てくれた。
前世から自分は1人が好きで1人でも生きていけると思ってた。
出来るだけ他人と関わらずに静かに暮らしたいと願っていた。
なのにこうして静かな自室に1人でいると寂しく思えた。
「少しだけ状況が落ち着いたからって感傷的になってるのかな」
誰も居ないからとだらしなくソファーにもたれ掛かって呟く。
ぼんやりしていると足音が近付き侍女がグランからの書類を手にやって来た。
私は届いたばかりの書類に目を通して深いため息を吐いた。
翌日、私は王妃に会う為後宮へと足を運んだ。
母と弟のアルは無事だったが元々神経質だった母は父の死後、第一王子派がアルや自分をも害しに来るのでは、と怯えてアルを側から離さず後宮から出ようとしなかった。
私との面会もごく短時間でと条件付きだった。
「母上、ただいま戻りました。国王陛下の御渡りにつきましては心より哀悼の意を申し上げます」
私は母に深々と頭を下げる。
「無事で何よりです。陛下への悼辞は受け取りました。疲れているでしょう、下がって休みなさい」
母は私の方を見て心配する素振りはするけど目を合わせようとはしなかった。
実の親子だけど私と母は良好な関係とは言えなかった。
母は王子が欲しかったのに産まれたのは姫だった。
しかも前世の記憶と元来の性格で可愛げの無い私を母は好ましく思わなかったし、私はプライドが高く兄の母や兄に辛くあたる神経質な母を可哀想な人としか思えなかった。
その分母は第二王子をまるで宝物の様に扱った。
「アル、ただいま」
母の隣に立つアルに声をかけるとパアッと顔を輝かせて駆け寄ってきた。
「姉上、姉上。おかえりなさい」
涙を浮かべた宝石の様な緑色の瞳で私の顔を見つめてからドレスに顔を埋める。
産まれてからずっと甘やかされ優しい言葉だけを聞き、美しい物だけをその目に映してきたアル。
傲慢で我が儘になっても仕方のない環境なのにアルは優しい子に育った。
誰にでもそして裏表のない優しさに周りは皆天使の様だと褒め称え、母は更にアルを溺愛し依存した。
優しいアルは父親の死にどれ程ショックを受けているだろう、と心配したけど私のドレスから顔を上げたアルは顔色は優れないけど思っていたより元気そうでホッとした。
私は絹の様な手触りの赤みがかった金色の髪をそっと撫でる。
「アル!側を離れてはなりません!戻りなさい!!」
母が顔を青くしてヒステリックに叫ぶ。
「母上が心配しています。側に戻ってあげなさい」
私はアルの目線まで身を屈めて声をかけると少しだけ不満そうな顔をしたけど直ぐに笑顔になった。
「はい、姉上。これからは僕が母上も姉上もお守りします」
と袖で涙を拭うと母の側に戻って行った。
アルは私が思っているよりずっと強い子なのかもしれない。
私は深く息を吸い込み姿勢を正してから真っ直ぐ母の目を見る。
「母上、私はこれからこの国と皆が平和に暮らせるよう力を尽くす所存です。どうかご理解を賜りますようお願い申し上げます」
私の言葉に何か含みを感じ取ったのか疑わしそうな顔を向ける母へもう一度深く頭を下げてからアルを見る。
「アル。これから辛い事もあるでしょう。でもあなたなら乗り越えられると私は信じています。そしてこれからも母上を支えて下さいね」
私がそう言うとアルはキョトンとした顔をしたけど、私の真剣な顔を見て真顔になり深く頷いた。
挨拶を済ませた私は後宮を後にし、そのまま神殿へと足を運んだ。
神殿内のひんやりとした空気に身が引き締まる。
この神殿には誰でも参拝する事の出来る表の間と王族と一部の神官のみが入れる奥の間がある。
奥の間は歴代の王族の墓所でもあり、墓所の更に奥には神の元へ続く道があるとされている。
神話では遥か昔、まだ人が穢れを知らず穏やかで神に近かった頃この地には神の元へと続く道があり人々は神の国へ、神は人の国へと自由に往き来していたと言う。
だが人は欲望と憎しみを覚えてしまった。
ある日人が神の国を穢し、神々は道を閉ざした。
人々は嘆き、その場所に神殿を建て神々に祈りを捧げながらまた道が開かれる日を待ち望んだ。
けれど人は欲望と憎しみを捨てる事が出来ず、神の元へ渡れるのは全てから解放された死後の魂のみとなったー。
そんな神話を思い出しながら奥へと進む。
奥の間は広いが特に華美な装飾があるわけでもない質素な部屋だ。
ひとりになりたい、と神官を退けて私は祭壇の前で奥に眠る父に語りかける。
兄の様に努力家でも優秀でもなく、弟の様に優しくも可愛げもなく平凡で劣等感にまみれた私は有能な国王の父と真っ直ぐ向き合う事が出来なかった。
もっと沢山話せば良かった。
今更後悔が胸の中で渦巻く。
前の人生で死はあまりにも突然に訪れる事を知っていた筈なのに。
平和なユークレスでも同じだとどうして思わなかったんだろうか。
随分と長い間父に語りかけそして奥を見る。
本当にこの奥に神の元へ続く道があるのなら、道が閉じていなければその先にいる父に会う事は出来るんだろうか。
父なら私がしようとしている事が間違ってるのか正しい事なのか教えてくれるんだろうか?
フッと苦笑いが漏れる。
今更弱気になってどうする。
私は平凡だけど自分が進むべきを自分で見つけて道を歩もうと決めたのに。
「父上、行って参ります」
そう呟いて祭壇に一礼すると足を一歩踏み出した。




